自転車に乗って
どこまでもどこまでも進んでいけると思っていた。
しかし押し寄せる歳にはかなわないのだ。
目の前に広がる長い上り坂を見て諦めの境地で自転車を下りる。ヒィヒィと息を切らしながら自転車を押し坂を上る。
もうちょっと、あと少し。
足にはだんだんと疲労が溜まってきている。
あと少し、だ!
ぐん、と一歩を踏み出し坂の頂上に立つ。
目の前に広がるのは絶景だった。
広がる街並み、森林、飛び交う鳥たち。そして綺麗な青空。
これが見られるから自転車の旅はやめられないのだ。
心の健康
心の健康が大事とはよく言ったものだ。
ベッドの上、掛け布団にくるまりながらそんなことを考える。
夜だというのに電気はつかず真っ暗闇のままだ。時折、カーテン越しに道路を走る車の光が差し込んでくる。
「どうしてこうなっちゃったかなぁ」
何度も考えたことだ。
それでも答えは出ないし誰も与えてくれない。自分で見つけるしかないのだろう。
それか、答えなんか見つけずに前に進むしか方法はないのかもしれない。
でも、だ。でも、なのだ。
それが出来ればこんな風にはなっていないし、こんなことを考えていないかもしれない。
外を車が走る。親子の楽しそうな声が聞こえる。
全部、全部煩わしい。
でもそれが普通なのだ。おかしいのは自分でおかしくないのはあちらなのだ。ああ、くそ。本当に嫌になる。
「明日はもう少しいい日にしたいな」
ポツリと呟きながら効き始めた睡眠薬に誘われて眠りにつくのだった。
目が覚めるまでに
愛だと思った。
掛け布団の上で眠る猫を見ながら朝を迎えた。
愛しい存在であるこの子はいつか私より先に死んでしまう。
それまで健康で、いろんなことを遊ばせてあげられるだろうか。
もうすでに病気のこの子には何を与えてあげられるのだろうか。
そんな傲慢なことを考えてしまう。
二匹でくっついて眠る猫たちを見ながらそんなことを考えるのだった。
梅雨
雨の音に誘われて、窓ガラスから外を見上げる。
ザアザアと降り続ける雨は止む兆しもなく空は分厚い雲で覆われていた。
「雨、止みそうもないね」
と、ハンギングに吊るしたエアプランツに話しかける。
勿論言葉が返ってくる訳では無いのだが、唯一の同居人だ。この雨の状況を共有できる存在は彼ないし彼女しか居ないのだ。
「雨は嫌いじゃないけど早く止んでほしいなあ」
ハンギングがキィと揺れたのでそうだね、と言葉が返ってきた気がした。だ、なんて。馬鹿らしいな。
「あー……買い物行こうかな」
雨降る中私は買い物に出かけるのだった。もちろん同居人のエアプランツにいってきますの挨拶を忘れずに、だ。
透明な水
ぽたりぽたりと滴り落ちたのは赤い色をした血だった。
頭を鉄パイプで殴られたのが原因らしい。
「いってぇな……」
鉄パイプで殴りかかってきた相手を睨めつければ、何故か、件の人物は涙を流していた。
「お、俺、そんなつもりじゃ、なくて」
じゃあどういうつもりなんだと思わないわけがない。
「ご、ごめんなさい」
痛むよね、どうしようと泣きながら呟き続ける。
「こんなのすぐ止まる」
「そ、そうなの?」
「それより俺はあんたに殴られるようなことした覚えはないんだが?」
「それは、その……」
「誰かに言われたんだろ?」
「どうして」
わかるの、と言いながら流しっぱなしだった涙を手で拭う、
どうしてもこうしても最近こういった気弱そうな輩が襲いかかってくるのが多いのだ。締め上げて理由を聞けば命令されてやっていると。いい加減鬱陶しいのでそそろ犯人を見つけ出したいと思っていたのだ。
「誰に言われてやったんだ?」
「それは……」
「俺が守ってやるよだから教えろ」
そう言えば暫く唇をもごつかせた後、主犯の名前を言った。
主犯は隣の高校を牛耳っている男でなぜか俺のことを目の敵にしている奴だった。
「じゃあ、乗り込むか」
がしりと涙が止まった男の肩を掴みそう言うと怯えた表情で「え」と言う。
「俺相手に鉄パイプで殴りかかれるんだったら十分戦力になる」
「ええ」
「それにお前に殴られた借りを返してもらってないからな」
「うっ」
そうして二人でたまり場に乗り込むのだった。