落ち葉の道
ざかざかと色とりどりの鮮やかな落ち葉の道を歩く君を見る。わざわざ葉っぱを足で蹴り上げる姿は子供っぽくて君らしいと思う。嬉しそうに何度も行ったり来たりして息を荒げて踊る姿だって愛らしい。
「くしゅん!」
僕がくしゃみをすると君はぴたりと動きを止めてこちらを心配そうな顔で見た後、小走りで近づいてくる。
大丈夫? と言いたげな表情と小首を傾げる顔が可愛くてその頭をわしゃわしゃと両手で撫でる。それが好きなのを知っているから。
「帰ろうか」
そう言えば君はクルクルと回ってからおすわりをして「ワン!」と一声声をあげる。リードを縮めて僕たちは帰路につくのだ。
君が隠した鍵
初めて失恋をした。
それに気がついたのはLINEのメッセージが未読のまま数日経った頃だった。相手は流行りのマッチングアプリで出会った男性で一目惚れだったのだと思う。そもそも初めて会うのだから性格も何も分からなかったが、今考えれば性格もとても良かった。
それはきっと彼本来の良さと女性に対する接し方を努力してきた結果なのだと思う。
話は変わるが私には自信がない。
好かれると思っていなかった、好かれるはずがないと思っていたのに今回初めて好かれたいと思ってしまったのだ。
そんな欲を抱いてしまうなんて私はなんて愚かなんだろう。そして、脳内に鏡を見てみろお前は醜いぞという言葉が響き渡る。そうだった、それなのに君が鍵を開けてその鍵を隠してしまった。
だから私は失恋したままこの思いを抱いて生きていくのしかないのだろう。
遠く…
私は橋の欄干に座っていた。
下に落ちればまっさかさま、一発であの世行きだ。ブラブラと足を揺らし空を見上げる。雲ひとつ無い青空でとても綺麗だった。
「えいっ」
ドン、と掛け声と共に背中を押され私は真っ逆さまに落ちていった。一体全体何がと振り返るとそこには黒い蝙蝠羽を生やした少女が一緒に落ちてきていた。
「はあ?!」
意味がわからない、そこは橋の上でニヤリと笑ってたりするシーンだろうが。だなんて余裕のある考えを浮かべていた。
「あのー……」
「なんですか」
「あ、ちゃんと見えてました? はじめまして悪魔です」
「突き落としましたよね?」
「うぐっすみませんあんなところに居たので魂いらないのかと思ってー」
悪魔と呼ぼうか。この悪魔は魂欲しさに私を突き落としてきたらしい。悪魔ってそういうものだったか?
「魂欲しいんですか?」
「えっいいんですか?!」
「いいですよ、でも死ぬ前にあなたの名前教えて下さい」
私の答えにるんるんウキウキだった悪魔は頭にハテナを浮かべてから「いいですよ」と言い唇を開く。
「悪魔番号9653418号所属ミーティアです」
「そうですか」
そこで私は背中に力を入れバサ、と純白の羽を出現させ空を飛んだ。悪魔を見下ろしこう言い放ったのだ。
「ミーティアさん直接の危害を加えての魂を得ることは禁止されています。捕縛させてもらいます」
「え、え?」
「えいっ」
パチンと指を鳴らすとミーティアは天使の輪で拘束され、そのまま落ちていくのでビュンと飛んでいき私はミーティアを抱き抱える。
「きゃあっ」
「静かにして下さい動かないで」
「はいぃ」
「天界で裁かれることになると思いますが禁固刑は免れませんよ」
「……それもいいかも」
「は?」
妙な発言にミーティアを見下ろせば頬を赤くしてこちらを見ていた。それがどういう意味を抱くのか私にはよくわからず首を傾げると天界へと飛んでいくのだった。
明日に向かって歩く、でも
明日なんて存在しなかった。
どうやら地球はもう終わりらしい。大地は枯れ果て緑は消え砂だらけになり、海水は蒸発し、魚たちは死に絶えた。雨は降らず気温は五十度を超え防護服を着なければ外を歩くことはできなくなってしまった。
それでも希望はあるのだろうか。
いつ死ぬかもわからないこの世界で僕は明日に向かって歩けるのだろうか。
ああ、美しかった緑が恋しい。透明な海が恋しい。冷たい雨粒が恋しいのだ。
幸せとは
幸せとは何だったのだろうか。
そんなことを考えたことはこれまで一度もなかった。
ずるりと血塗れの足を引き摺りながらそんなことを気紛れに考えた。
温かな寝床があること?
食うことに困らないこと?
愛する人が居ること?
馬鹿らしい。全部全部俺は失ってきた。
温かな寝床があっても心は満たされなかった。
食べるものがあっても隣には誰も居なかった。
愛する人はいつだって誰かのものだった。
「げほっ」
ヒューヒューと細い息を吐きながら、咥内に溜まった血を吐き捨てる。
こんなことを考えてしまうのは死期が近づいているからか。
一瞬鎌をもった死神が背後に居ることを想像してしまって思わず笑ってしまった。
そもそもこんなことになってしまったのは、自分のせいだった。金に困りコンビニを襲った後に車に撥ねられたのだ。罰が当たるとはよく言うがまさにその通りだった。
人様に顔向けできる生き方はしてこなかったがそれはないだろうと思ってしまう。撥ねた人物は自分のことを追ってきたがこちとらコンビニ強盗犯だ。万が一にでも病院に連れて行かれては困ってしまうと逃げ出しその人物をまいてきた。
路地裏に入り、ズルズルとその場に座り込む。
「いよいよ俺もお陀仏か」
背後に居た死神はきっと目の前に立ち、その鎌を持ち上げているだろう。
赦されるならば次の人生はもっとまともに生きてみたいと思う。
「それはいい心がけですわ」
この場に不似合いの少女の声に重くなっていた瞼をゆっくりとあける。
目の前にはツインテールの毛先を巻いた少女が身の丈の倍はある鎌を持って立っていた。
「は?」
「まあ、汚い言葉。でもそれも鍛え甲斐があるというものです」
「まってくれ、俺はもう」
「立ってごらんなさい」
立てる訳がないだろう。車に撥ねられて足は折れてるはずだぞ。と思うが、少女はにこりと笑うだけだった。仕方ないと、言われるがままに足に力を入れると、動くのだ。身体が。そういえば腹も痛くない。
「後ろをごらんなさい」
「へ……」
言われるがまま振り返るとそこには、血だまりの上に座り込んだままの俺が居た。
「俺!?」
「被験者1098号さん、あなたはこれから私の下で働いてもらいます」
「は!?」
ちょっと待ってくれ、何もかもついていけない。被験者ってなんだ、この子どもの下で働くってなんだ。情報が多すぎてついていけない。
「あなたは死の直前、今までの罪を悔いそれが赦されました。まあ被験者として適合したのも理由の一つですが」
「その被験者ってのは何なんだ」
「上司には敬語と言いたいところですがいいでしょう」
そこで少女はこほんと息を吐く。
「おめでとうございます! あなたは罪人更生プログラムに選ばれました!」
「はあ?」
「現世で罪を犯した人で地獄は溢れかえっているんですの。あなたのような小物……失礼、死後の直前に悔い改めその罪が赦されるものだった場合のみこのプログラムに選ばれプログラム終了後には来世への切符を得ることができるんですの」
「なんだかよく分からんが、要するに俺の罪は赦されて生きる権利を得たんだな?」
「……正確には更生するチャンスですわ」
「チャンス?」
そういえば更生プログラムと言っていたなと俺は思い起こす。
「必要なポイントを得られない限り更生したとみなされません。わたくしはそのサポートする獄卒です」
「ポイント制って……」
「権利が与えられただけありがたく思うことですわ」
「そりゃそ、う、え?」
少女の正論に頷いた所で視界が左右に分かれていく。
「あ、れ?」
そこで俺の意識はプツリと途切れたのだった。
「ちょっと! また横取りですか!」
マナーがなっていませんわ、と少女は少女の倍の身長がある青年に向かって怒りの声を上げる。
「本人に贖罪の意識があり更生プログラムが発動されたのならその魂は清らかなものになっている」
「あなたたち天使がそうやって横取りしていくから、清らかな魂になる前に現世にいってしまって私たちの仕事が減らないのですよ!」
「彼の魂は十分転生に値する魂だった、半分であれば今天界にある魂と混ぜ込んでも問題ない。それを回収して何が悪い」
「彼は閻魔様に言われて決まった被検体で……もしもし? 今、ちょっと。え? 次の魂の適合者がみつかった? わかりました」
少女はふわりと空に浮かぶと青年を見下ろしながら、べ、と舌を出した。
「今度は横取りしないで下さいませ!」
ぴゅんと飛んで行った少女を見送りながら青年は真っ二つにした男の魂を持って天界へ帰るのだった。
ぼくはいつからか前世の記憶というのがある。
コンビニ強盗をして車に轢かれて(自業自得だと思う)死んだと思ったらツインテールの女の子に救われる、というやつだ。でも本当に救われたのはそのあとで、男の人に「きみには善き人生を歩ませてあげよう」と言ったのだった。その男の人の背中には真っ白の羽根があって、そこまであった心の黒いものがなくなっていったのだった。「善き人生を送りなさい」と言ったそのひとの声で記憶は途切れている。
ぼくは善き人生を歩むよう努力した。勉強も人間関係も、それでもだめだった。
血に濡れた包丁を床に落としぐしゃりと表情を歪める。きっかけは些細な言葉だった。母親が「あんたは結婚もせずに勝手して」という言葉だった。そしてそのまま、刺してしまったのだ。何度も、何度も、何度も。
「助けて、天使様……」
「おめでとうございます! あなたは罪人更生プログラムに選ばれました!」
パンパカパーンと音を出し飛び出してきたのは記憶の最初にある少女だった。