【信号】
夕方、森にキノコをとりにきた。しばらくキノコを探し、粗方集まったところで帰ろうとすると、森の奥から聞いたことのない言語のアナウンスが聞こえてきた。
気になって近づいてみると、金属製の壊れた乗り物のようなものがあった。その乗り物からはアンテナのようなものが伸びており、先端で黄色い光が点滅している。
……まさか、宇宙船?
このアンテナの光は、事故が起きたことを外部に知らせる信号でも送っているのだろうか。
アナウンスは「ロース」なのか「ソオルス」なのか「エンオウ」なのか、少なくとも日本語ではない単語を繰り返していた。音質が悪く、ノイズも混じっている。乗り物が壊れているということはなんらかの衝撃があったはずだから、アナウンスの聞こえにも影響が出たのかもしれない。
それにしても。乗り物らしきものは車でも飛行機でもないようだ。金色とも銀色ともつかない金属のような素材でできている。階段のように凹凸のある独特のシルエットが特徴的だ。ところどころにヒビが入ったり割れたりしていて、乗り物の頂点からは細く煙が上がっている。
俺はキノコの入った籠を投げ出し、乗り物を調べることにした。金属の不思議な色に惹かれ、右手で乗り物の表面に触れると、ジュオッ! という音が短く響いた。
「……え?」
気がつけば自分の右手がなくなっていた。残った手首からは、わずかに黒い炭のようなものがボロボロと地面に崩れ落ちていく。
「ひ、いぃぃ!?」
今さらながら熱さと痛みを感じて悲鳴を上げる。するとその声に驚いたのか、乗り物の中からゾンビのような見た目をした得体の知れない生物が這い出てきた。
「く、来るな!」
痛みや驚き、恐怖心から怒鳴るが、ゾンビは想像以上のスピードで俺の元へとやってきた。
俺は森で迷ったときのためにと持っていたホイッスルを吹いたが、そんなに早く誰かが助けに来られるわけもなく。ゾンビは当たり前のように俺を食らった。
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俺は任務のため、ザン号に乗ってタキュー星に向かっていたが、その途中で隕石にぶつかってしまい、見知らぬ星に不時着した。
幸い俺に怪我はなかったものの、ザン号は落下の衝撃のせいで使い物にならなくなってしまった。
ザン号の機能を修理し、なんとか救援信号を出してみたが、自分の故郷であるドンプランズ星からの応答がないため、ちゃんと届いているかも分からない。仕方がないので、周囲にも信号を出した。もし同じ星の仲間も任務に来ているなら、これに気がついて助けてくれるかもしれない。だが、音質が最悪なので、うまく伝わるかどうかは怪しいところだ。
それからだいぶ時間が経ったが、応答も救援も一向にやってこない。ザン号についている機能で調べたところ、ここは地球という星のようだった。落ちたところが「森」と呼ばれる場所なのが悪かったのか、ろくな生命体が通りかからない。見かけたのは「獣」「虫」「鳥」など、会話も困難な生き物だけだった。
ドンプランズ星から持ってきた非常食も、すでに食べ尽くしてしまっている。かと言って、このザン号から自分が呼吸できるかも分からない地球に降り立っていいのだろうか。地球の空気は、俺にとっては猛毒になるかもしれない。計りしれない重力に押し潰される危険性もある。肌が焼け爛れる可能性も……心配と不安は尽きなかったが、体力と空腹の限界も感じていた。
そこに、ようやく通りかかったのだ。
頭の悪そうな、しかし背ばかりは高く、食べ応えのありそうな生き物が。
その生き物は、ザン号の前で大きな声を上げていた。そうでなければ、俺はそいつの存在には気が付かなかっただろう。
俺は地球への不安を忘れてザン号から飛び出すと、生き物に夢中で齧り付いた。なにかを言っているようだったが、言葉はひとつも分からなかった。
食べ尽くしてしまってから、ザン号の修理の手伝いや地球についての情報を教えてもらうなど、なにか協力を願うべきだったと思った。
まあ、ドンプランズ星人の俺たちは、なによりも食べることに執着しているのだから仕方あるまい。
腹を満たした俺は、ザン号の中に戻った。地球に対する危険性は薄れたが、まだ安心はできない。もう少し調べてみなければ……。
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救援信号の光は、森の奥でなおも点滅している。
誰とも分からない人骨と、キノコの入った籠の近くで。
【言い出せなかった「」】
私がしたことは許されないこと
倒れるあの人
握ったナイフ
滴る赤い血
今から三年前
極力思い出さないようにしている記憶
隠した凶器はいまだに見つかっていない
そのおかげで私は捕えられることもない
あの人は見知らぬ強盗に襲われたことになっている
あのまま目覚めることもなく骨になったから
否定もできなかった
「心当たりはありますか」
警察はあの人の同僚だった私にも聞いた
ここで話してしまえば楽になると思った
秘密を抱え続けて生きるのは辛いと知っていた
迷っていると警察の人は
「あなたを疑っているわけではないんです。
でも、一応全員にお話を伺うことになっているので」と微笑んだ
疑われていないというのが本当なのだとすれば
自分から私がやりましたなんて言う必要はない
分からないなら分からないままでいてほしい
秘密を抱えていても、私さえ忘れてしまえば
それはきっと私とは無関係のことになる
「」
「ああ、あまり緊張しないでください」
優しく言われて、焦った心が落ち着いてくる
言い出せなかった「」
秘めたままにすることを選んだ「」
あんな、いなくなって当然の人
みんなにもはじめからいなかったように扱われればいい
誰のせいでもいいじゃないか
みんなも、私も忘れてしまえばいい
三年が経った今
私は平穏な日々を送っている
あの人がいなくなって
仕事でのストレスを感じることはほとんどない
あの人のように不快な言動をする人はいないし
一年前には大事な恋人もできた
最近、プロポーズを受けて幸せの絶頂にいる
けれど
恋人と二人でゆったりと朝食をとっていると
チャイムが鳴った
「はーい」
明るい声でインターホンに出る
警察
「」
「どうした?」
言葉を失う私に、恋人が心配そうに話しかけるが
私は混乱するばかりでなにも言えない
私は忘れていた
全部忘れていた
三年のあいだ
あの人の存在を頭の中からも追い出して
はじめからいなかったことにして
私がしたことも
ただの夢だったのだと思うことにして
なにも見ないようにしていた
だから
きっとこれも
夢だ
悪夢だ
ただの悪夢だ
早く覚めて
覚めてよ
覚めて――
チャイムの音が鳴る
見かねた恋人が応えてドアを開ける
覚めない、覚めない
思い出す、思い出す
あの日の記憶が蘇り
ナイフを握った感触も
あの人が最期に私を睨んだ瞳も
全部戻ってくる
【secret love】
一度目に会ったのは
友達に連れられた夜の食事会
友達の友達の友達
それが彼だった
けれど前から知っていたみたいに
すんなりと話せて
意外なくらい趣味が合って
考えを理解してくれて
二度目に会ったとき
みんなには内緒だった
こっそりと連絡を取り合い
会う約束をして
当日を迎えた
昼間のカフェで見る彼は
明るくて爽やかで
穏やかさと安心感があった
ただコーヒーを飲んで話すだけでも
大事な時間に思えた
三度目に会った日
私は彼を好きになった
映画を観に行って
簡単な買い物をしただけ
彼の感動屋なところと
優しいところに触れて
私は彼にすっかり心を掴まれてしまった
一番の友達にも他のみんなにも
彼とのことは話さなかった
彼も私とのことを誰にも言わなかった
みんなとは仲がいいからこそ知られたくないことがあったし
長い付き合いの中で汚い部分も知っていた
なにより彼が
「会っていることは二人だけの秘密にしよう」と
悪戯っぽい笑顔で言ったことに
私はときめきながら頷いてしまっていた
それから私たちは恋人同士になったけれど
二人で会っていることはずっと秘密にしていた
健全で清らかな付き合いのまま
誰に話すこともなく温かい時間を過ごす
二人だけの秘密を持っていることが
私たちの愛を盛り上がらせた
でも、ある日その時間は唐突に終わりを告げた
二人で歩いているとき、たまたま友達に出会して
あとから彼の素行の悪さを知らされたのだ
はじめは信じられなかったが
彼のSNSや他の友達とのメッセージのやりとりを見て凍りついた
SNSには彼のプロフィール
まだ二十五歳と若いが既婚者で子供が二人
年齢は二十三歳で私と同じ歳だと嘘をつかれていたし
家庭を持っていて奥さんと子供までいるなんて
思わず眩暈がした
メッセージのスクリーンショットには
私をそろそろ落とせそうだとか
どうやってホテルに連れ込むか一緒に考えてくれだとか
男友達とやりとりしている様子が残されていた
私との会話や行動も逐一報告されていた
それから彼のSNSの鍵アカウントの投稿
親しい友達数人とだけ繋がっているようだが
その中の一人があまりに酷い内容だからと私の友達に共有したらしい
今までの投稿を見たところ
彼は体の関係を持つのにも慎重に時間をかけて
女という獲物を狩ることをゲームのように楽しんでいる人だと分かった
恵まれた容姿や知性を活かし
いかに相手を自分の虜にさせるかという遊びにハマっており
私以外にも複数の女性を同時にもてあそんでいた
相手の女性を大切にしている素振りを見せ
一度だけ事に及んだら目標達成
女性に興味をなくして一方的に連絡を断つ
相手が困惑しようが妊娠していようが関係ない
おまけに盗撮をして画像や動画の共有や販売までしていた
証拠を見てもすぐには信じられなかったが
投稿内容や載っている画像などは
どれもが投稿したのが彼だと示していた
私と彼にしか分からないはずの会話内容
彼にしか撮れないはずのアングルの写真
彼にしか知りえない情報
そしてそれらを許可もなく晒した挙句
仲間うちで笑いものにし、暴言を吐く
女性を物のように扱う彼は
私の知っている彼ではなかった
私は彼の何を見ていたんだろう
私の側で、本当の彼は何を考えていたんだろう
翌日、電話で別れを告げると
彼は驚き、慌てているようだった
どうして? 俺、なにかした?
なにかあったなら言ってほしいな
まだ善人を演じている彼に
すべてを知ったことを伝えると
あー、つまんねえ
と低い声が返ってきた
お前とヤれるか賭けてたのによ
大損だわ
聞きたくない、聞きたくない
彼との秘密の温かい時間が粉々に砕けていく
私は電話を叩き切って
しばらく泣きながら吐いた
私が二人だけの秘密に酔った罰なんだろうか
見抜けなかった私が悪いんだろうか
こんなに傷付いたのは自業自得なんだろうか
優しかった彼は幻だったんだろうか
どうしてこんな想いをしなくてはならないんだろう
信じた愛はぜんぶ偽りで
信じていたのは私だけだった
【ページをめくる】
本よりも電子書籍を読む機会が増えて、紙のページをめくることも少なくなった。
だけど、電子書籍を読むアプリにもページをめくるような機能がついているものがある。
めくるときの効果音までついていたりもする。
学生のころは、よく昼休みに教室で一人、本を読んでいた。
静かな教室で自分が本のページをめくる音だけが聞こえるのが好きだった。
そしていつしか、その仕草も音も気にならないくらい本の世界に没頭していたっけ。
電子書籍でも、それは同じだ。
ページをめくって読み進めるうち、私はいつのまにか本の世界に入り込んでいる。
次の展開が気になる、早く読みたい、と思うがままにページをめくっていて、指でページをめくる動きが無意識のものになっている。
本はデジタルになったけれど、読んでいるときのワクワク感や本の世界に魅了される感覚は昔と変わらない。
私は今日も、本の続きを読むためにページをめくる。
【夏の忘れ物を探しに】
ここは10年前に来たときと変わっていないね
あの日と同じ海にあの日と同じ夕焼け
懐かしすぎて涙が流れる
僕にはここに忘れたものがある
君に伝えるべきだった想いだ
あの日僕はそれを海に捨てて
君の前から姿を消した
それを今日ようやく
あの日と同じ海から探して
やっとのことで拾い上げて
君に伝えるよ
あるべきものをあるべきところへ
本当の気持ちを本当に伝えたい人へ
君の微笑みが
僕をあの日の夏に送り返す
少年のころに戻ったように
僕はまた君を愛す