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【言い出せなかった「」】

私がしたことは許されないこと
倒れるあの人
握ったナイフ
滴る赤い血
今から三年前
極力思い出さないようにしている記憶

隠した凶器はいまだに見つかっていない
そのおかげで私は捕えられることもない
あの人は見知らぬ強盗に襲われたことになっている
あのまま目覚めることもなく骨になったから
否定もできなかった

「心当たりはありますか」
警察はあの人の同僚だった私にも聞いた
ここで話してしまえば楽になると思った
秘密を抱え続けて生きるのは辛いと知っていた
迷っていると警察の人は
「あなたを疑っているわけではないんです。
でも、一応全員にお話を伺うことになっているので」と微笑んだ

疑われていないというのが本当なのだとすれば
自分から私がやりましたなんて言う必要はない
分からないなら分からないままでいてほしい
秘密を抱えていても、私さえ忘れてしまえば
それはきっと私とは無関係のことになる

「」
「ああ、あまり緊張しないでください」

優しく言われて、焦った心が落ち着いてくる
言い出せなかった「」
秘めたままにすることを選んだ「」
あんな、いなくなって当然の人
みんなにもはじめからいなかったように扱われればいい
誰のせいでもいいじゃないか
みんなも、私も忘れてしまえばいい

三年が経った今
私は平穏な日々を送っている
あの人がいなくなって
仕事でのストレスを感じることはほとんどない
あの人のように不快な言動をする人はいないし
一年前には大事な恋人もできた
最近、プロポーズを受けて幸せの絶頂にいる

けれど
恋人と二人でゆったりと朝食をとっていると
チャイムが鳴った
「はーい」
明るい声でインターホンに出る

警察

「」
「どうした?」

言葉を失う私に、恋人が心配そうに話しかけるが
私は混乱するばかりでなにも言えない

私は忘れていた
全部忘れていた
三年のあいだ
あの人の存在を頭の中からも追い出して
はじめからいなかったことにして
私がしたことも
ただの夢だったのだと思うことにして
なにも見ないようにしていた
だから
きっとこれも
夢だ
悪夢だ
ただの悪夢だ
早く覚めて
覚めてよ
覚めて――

チャイムの音が鳴る
見かねた恋人が応えてドアを開ける
覚めない、覚めない
思い出す、思い出す
あの日の記憶が蘇り
ナイフを握った感触も
あの人が最期に私を睨んだ瞳も
全部戻ってくる

9/4/2025, 1:06:34 PM