【君と飛び立つ】
この否定ばかりで非難ばかりの
透けた箱の中から
手を握り合って逃げよう
差し伸べられる手はなく
信じられるのは二人だけ
無感動で無情な
世界の向こう側へ逃げよう
辿り着いた高い塔
心無い言葉の数々を思い出しながら
やっと二人きりになれるねと微笑む
返ってきた笑みに歪みを感じながらも
それでも僕は約束通り
君と飛び立つ
「ごめんなさい」
今の今まで一度も離れなかった手が
その瞬間に離れた
涙声が遠ざかってく
恐怖、痛み、暗闇、それから
永遠の孤独が訪れた
【きっと忘れない】
通り雨 置き忘れた傘 君に捧ぐ言葉
つまらない意地を捨てた 雨上がり
気持ちは迷路のように 複雑で 曲がり角ばかり
いつだって うまく届きはしない
不器用な 僕の気持ちは 君に辿り着かないまま
行き違いばかり 手遅ればかり
僕の 本当の気持ちが届かなかったとしても
君のことは これからもずっと きっと忘れない
【足音】
振り向かないの
あなたが声をかけてくれるまでは
もう近づいてくる足音だけで
あなたと分かるようになったの
だけど振り向いて目が合ってしまったら
あなたはそこで立ち止まってしまうかもしれないから
どうか私の名前を呼んで
軽く肩に触れて
コツコツと軽やかな足音を聞きながら
あなたが辿り着くのをじっと待つの
慌て出す胸の音より
足音が大きく聞こえ出す
それでもまだ
振り向かないわ
【終わらない夏】
ど田舎に住む俺は
友達の輪に入れず
夏休みも一人セミを捕まえていた
俺の友達はカブトムシやセミ、魚などの生き物だけで
そんな日々がずっと続いていくと思っていた
けれどそこに君が現れた
真っ白なワンピースにクリーム色の帽子
どう見ても都会から来たという出立ちだった
大きな瞳に吸い込まれそうで
長い髪と色素の薄さが目を惹いた
初対面の女の子と仲良くする術も知らない俺に
君は微笑んで話しかけてきた
虫が好きなの? みんなと遊ばないの?
俺がムッとして黙っているのにも構わず
君は本物のセミって初めて見た、なんて言って笑う
セミは俺の手の中でジィジィ鳴いていた
俺が嫌がらせのつもりでセミを君の目の前に突き出すと
わっと驚いて体を引いたが
すぐにこわごわとセミを観察しだす
それから
おもしろいね、セミの足ってこんなふうになってるんだ
羽が透き通ってるね
なんて言ってきた
俺はなんだか、ようやく趣味が合う人に会えた気がして
でもやっぱり気恥ずかしくて
セミにおしっこかけられるぞ、と言うと
君はまた飛び退いて
服が汚れちゃうのは困るなあ
と苦笑いした
あの夏は
君と出会えた夏だった
少しずつ仲良くなり
虫の話をたくさんした
森の中で追いかけっこをした
母さんに切ってもらったスイカを一緒に食べた
風鈴の音を聞きながらかき氷を頬張った
二人だけの内緒話をした
気づけば、俺の友達は生き物だけじゃなくなっていた
あるとき、大人たちから離れ
満天の星を二人で眺めていたら
君がぽつりと
明後日、家に帰らなきゃいけないの、と伝えてきた
一瞬、空気がピシリと固まったような気がしたけれど
俺は、そうなんだ、と短く答えた
下手くそな、なんでもないふり
少し前と同じに戻るだけのはずなのに
どうしてか悲しかった
なかなか言えなくてごめんと謝る君の言葉に
黙ったまま首を横に振る
怒っているわけではなかった
寂しいばかりで、うまく頭が働いていなかった
また来年の夏休みに会おう、と言って
君はいつもの笑顔を俺に向けた
俺は以前、母さんが観ていたドラマで
しばらく離れ離れになる恋人同士が
また会いましょうと言って抱き合っていた場面を思い出して
君がかわいい顔なのも余計に意識して
薄々気づいていた、君が俺の中で友達じゃなくなっていることも認めるしかなくなって
俺は、ただ俯き
うん、とだけ言って空を見上げた
田舎の星は苦しいくらいに綺麗に見えて
俺たちがバラバラになるのなんてまるで興味ないみたいに
勝手にきらきら、きらきら輝いていた
君も夜空を見上げて
お星さまが綺麗だね、と呟く
うん、と答えながら
流れ星が流れてこないかな
流れてきたら願い事をするのにな
と思っていたけれど
いつまでも流れ星は流れてこなかった
まだ遊び足りなかった
一緒にやりたいことがいっぱいあった
教えていない田舎の遊びもいろいろとあるし
焼きとうもろこしやラムネ、アイスキャンディーなどの夏らしい食べ物も制覇していなかった
大人たちが海に連れて行ってくれると言っていたのに
急な仕事のせいで行けないまま
君が帰るときが近づいていた
それで、君が帰る日の前日
海に行ってしまったのだ
非力で、知識もなくて、体力もなければ判断力もない
幼すぎる俺たちが
たった二人で
何度探したって見つからない
何度悔やんだって戻れない
俺の内面はあの夏からなにも変わらず
君を忘れることもできなかった
時間は確かに流れているが、俺の心を平気で置き去りにしていく
きっとこのまま追いつくことはない
俺はまだ、あの夏にいる
海に連れて行かれた君は
毎晩、俺が眠ると現れる
またねと言って都会に帰っていく日もあれば
どうして助けてくれなかったのと怒鳴る日もあり
あのころと同じ微笑みをただただ向けている日もあった
俺がごめん、と謝ると
そのたびに君が許してくれて
そこからまた、あの夏がはじまるのだ
楽しいだけ、嬉しいだけ
君が隣にいるから、なにをしていても笑えてしまう
強い日差しさえも心地よい
うるさいほどに鳴くセミが懐かしい
君のワンピース姿が変わらず眩しい
ああ、永遠に続けばいいんだ
この夏に閉じ込めてくれればいいんだ
泣いてばかりなのは俺だけじゃないはずだ
君だって冷たくて寒くて寂しいだろうから
なあ、まだまだ遊び足りないだろう?
今夜も
終わらない夏を、君と
【遠くの空へ】
聞こえる
たっぷりと水を含ませた絵筆で
アクアブルーの絵の具を塗り広げたみたいな
澄み切った青空の向こう
死んでいった人たちの想いが
耳ではなく心に聞こえてくる
死人に口なしと言うから
想像でしかないと言われればそれまでだけれど
確かに聞こえる
生きている私たちに託したかった想いが届いている
ちゃんと聞こえたよ
遠くの空へと声を張り上げ
大きく手を振った
緩やかに白い雲が流れていく
平和で退屈な時がゆっくりと進む
多くの人が今を幸せだとは知らぬまま
当たり前のように青空の下を歩く