【ふたり】
僕は産まれたときからふたりだった
遊んでいても喧嘩しても
ずっとふたりだった
大人に近づくにつれて
ひとりになりたいと思う日が増えていった
だけどそばにいる君は
僕と同じ顔で笑うばかり
一緒に使っている体を揺すって
嬉しそうに笑っている
ちゃんと考えられるのは僕だけだったから
苦しいのも僕だけだったのだ
あるとき
僕たちはあと一年しか生きられないと告げられた
このまま成長すると
二人で使っているこの体が持たないらしい
だけど無理に切り離そうとすれば
必要な骨や臓器まで傷つくため
なにもできないとのことだった
それからというもの
僕は泣いてばかりだった
まだまだやってみたいことがたくさんあった
ひとりになったらやりたいこともいっぱい考えていた
けれど全部叶う前に
僕は君と死んでしまうんだ
辛くて悔しくて仕方なかった
君はやっぱりなにも分かっておらず
僕に優しい笑顔を向けるばかりだった
変わらない笑顔になんだか安心したけれど
それも束の間のことで
僕は君とふたりで地獄に堕ちるような気持ちになっていた
やがて体がうまく動かなくなり
僕は君と寝てばかりの日々を送るようになった
両親や親戚、友人
見舞いにくるみんなに情けない姿を見られた
僕は日に日に自分のことをなにもできなくなっていった
確かな終わりが近づいているのを感じていた
そんな中
笑わなくなった君の笑顔を恋しく思った
僕以上に寝てばかりの君は
安らかな顔をしている
こんなときでさえなんの悩みもなく
こんなときでさえ苦しみを背負うのは僕なんだ
だけど
きっと君は僕のように
ファンタジー小説を楽しみながら読んだり
ニュース番組を観てこの国の将来について考えたり
両親にどんな親孝行ができるか悩んだりできなかっただろう
こんなに一緒にいたのに
いつもふたりだったのに
抱えるものは違っていた
君には
苦しみさえ感じられないという
苦しみがあったのかもしれない
そして
ついにこの世に別れを告げるときが来た
けれど僕の心は穏やかだった
僕たちが横になるベッドの周りをみんなが囲んでいる
みんなは泣いているけれど
僕は怖くも悲しくもなかった
人はみんな死ぬときはひとりだと言うけれど
僕たちはひとりじゃないから
これからもずっとふたりだから
【心の中の風景は】
覗き込めば鏡のように
私の想いを映し出す
そこに見えるは虹のかかる青空
心の中の風景は
自分のものとは思えないほど美しく
澄み切っている
それはきっと
あなたに出会えたから
【夏草】
夏草生い茂る空き地
そこに転がる野球ボール
いつからそこにいたんだ、と
頭の中で語りかけながら拾い上げる
雨が降る日もあれば
泥に塗れた日もあり
強い日差しに晒された日もあっただろう
真っ白だったはずのボールは汚れて汚れて
誰に持ち帰られることもなくここにあった
それを守るようにして生えている夏草は
きっと優しい傘になったり
泥除けになったり
日陰を作ってくれたりした日もあっただろう
日が落ち始めている
物悲しげに蝉が鳴いている
夏が終わろうとしている
僕は握ったボールをなんとはなしに投げた
汚れたボールが一瞬
橙色の日に照らされて輝いた気がした
【ここにある】
君が物心ついたころからずっと探している宝は
どんなことをしても消えない絆
何度も裏切られて失望した君は
その宝を追い求めてきた
僕は何も言わずその姿を一番近くで見ていた
君はたびたび愚痴を聞かせてくれた
分かり合える人に出会うのって難しいね、と
困ったように笑いながら
僕は黙ったまま頷いて
また宝を探しに行く君の背中を見送った
ある日、校舎の裏で泣いている君を見つけた
以前、君が仲のいい友達と
お揃いで買ったというストラップが
なぜだか二つとも君の手の中にあった
片方のストラップは無惨にも千切れていた
僕はなにも言わずに君の隣に座った
君はまたひとつ、
ずっと仲のいい友達だったのに、どうしていつもこうなっちゃうんだろうね
と呟いて、両手に顔を埋めた
僕はやっぱり何も言えなくて、ただそこに座っているだけだった
また一人になっちゃった、と
涙声で言うのが聞こえて
僕はそれは違うと言いたかったけれど
異性ということもあって素直に言えなかった
だけど僕は知っている
君が探していたものは
ここにある
【素足のままで】
自分が産まれるよりずっと前から、外に出るときは靴を履くのが当たり前のことになっているけど、人間はもともと素足のまま過ごしていたはずだ。
リビングで靴下を脱ぎ、裸足で玄関に行って、ゆっくりとした足取りで外に出てみる。
玄関先のコンクリートの床が案外温かい。少し日陰になっているとはいえ夏だし、温かいのも当たり前だが、裸足にならなければ意識しなかったことだろう。
庭に回って土の上を歩いてみれば、足の裏から心地よい温かさが伝わってきた。
この時代に靴も履かず、素足で大地を踏みしめていると、なんだか昔の人になった気分だ。昔の人たちにとっては、この温かさも珍しいものではなかったのだと思うと不思議な気分になる。ご先祖さまのことを考えつつ、時間を忘れて土遊びをした。
しばらく子どものころ以来の土遊びを楽しんだあと、庭から家の前に戻った。家の前の歩道はアスファルトで出来ている。歩いてみると、やや熱くてゴツゴツとしていて、ときどき細かな石を踏んでしまうたびに痛かった。
なにげなく向かいの家の方の道を見遣れば、飲みかけのペットボトルや割れた栄養ドリンクの瓶が落ちていた。
自分が小学生のころは、こんなにゴミなんて落ちていなかった気がする。悲しいような虚しいような、ほの暗い気持ちになった。うんと昔の人は、ペットボトルや瓶もなく不便だっただろう。だが、このようなゴミを見て気分が落ちるような経験もなかったはずだ。
生活が便利になるのはいいことだが、それに比例して人々が失ってしまったものや、忘れてしまったものもたくさんあるのではないかと思った。
今は素足だから、ガラスの破片なんかを直接踏んだら怪我をしてしまいそうだ。素足のままあまり遠くまで歩いていくのはよくないかもしれない。一旦帰るとするか。
素足のままでほんの少し歩いただけだったが、帰ってきて足の裏を見たら真っ黒だった。普段は靴が守ってくれているから綺麗なままでいられるんだなと思った。雑巾でひとしきり拭き取ったあと、風呂に直行した。強さの五段階調節ができるシャワーに、泡のまま出てくるボディソープ。昔と比べると便利すぎるアイテムを使って足を洗った。
素足のままで、この時代のこの世界を歩いてみたら。
今を生きる人々が忘れていたものに、ちょっとだけ触れられた気がした。