靴紐
「ありゃ?」
突然、足がグンと突っかかり、体が前のめりに倒れていく。
咄嗟に手が出ればよかったのだが、あいにく私は反射神経ゼロ。
結果、地面と熱烈なキスを交わすことになった。
周りの人が「大丈夫?」と言いたげな顔で心配そうにチラチラ見てくるけど、恥ずかしさで顔が真っ赤。
ガバッと起き上がり、パッパと服の汚れを払って、早足でその場を去った。
──そして学校。
いつものローファーにしとけばよかったな…… でも、この靴じゃないと……
「なぁ、転んだんだって?」
ニヤニヤ笑いながら声をかけてきたのは、幼なじみの彼。
からかうような口調にムッとしながらも、心臓はドキドキ。
「……うるさいなぁ」
そう言って足元を見る。彼の靴紐と私の靴紐は、実はお揃い。
誰にも、彼にも言ってない、小さな秘密。
今日も、生きている。
なぜ、生きているのか。
なぜ、明日が来るのか。
なぜ、夢というものがあるのか。
なぜ? なぜ?
答えのない問いは世界にあふれている。
私はそれを追い求めるほど利口でもなければ、やる気もない。つまり、ただの面倒くさがり。
だからこんな私は、問いを抱えたまま今日を生きる。
いつか 私だけの、私の問いの答えに自然とたどり着いてその問いを手放せるように。
――答えは、まだ。
センチメンタル・ジャーニー
この響を聞けば、誰しもあの曲を思い起こすに違いない。
私もまた、そのひとりである。
書く気だけは人並みにあったのだが、さて、となると困ってしまい、とりあえず意味を調べてみた。
この語の由来をひもといてみれば、「感傷的な旅」という意味に行き当たる。旅先の風景や出来事を通じ、己の心境の移ろいに触れる旅。あるいは、失恋の傷を癒すために人が出かける孤独な旅路。それが本義らしい。
松田伊代が歌った「センチメンタル・ジャーニー」においては、十六歳の少女が背伸びをし、未知なる世界に憧れを抱く姿が描かれている。そこには感傷だけではなく、畏れと好奇心、冒険と夢想が入り混じる。まさに青春そのものの光と影である。
私も一度は、そのようなセンチメンタル・ジャーニーなる旅に身を委ねてみたい。
己と対話するための旅か。それとも、まだ見ぬ己を探しに行く旅なのか。考えれば考えるほど曖昧である。
もっとも私の場合、荷造りの時点で『やっぱりやめよう』となる可能性が高い。
いずれにせよ、「旅」という言葉は、ただ耳にしただけで胸の奥を騒がせる、不思議な力を持っているのだ。
壮大な旅への憧憬は常に胸にある。だが、性分というものは厄介で、気づけば空言のまま今日まで生きてきた。
それでも、夢想すること自体が、私にとっての小さなセンチメンタル・ジャーニーなのかもしれぬ。
私の書いたのを文豪風にChatGPTに書いてもらってみました。
皆さんの作品を読んでて常々思うのは、やっぱり日本語っていいなって。難しいけど、そこにたくさんの思い、儚さ、賢さ、趣……色々詰まってるなって。読んでて色々感じれるから日本人で良かったなって思います。- ̗̀ ( ˶'ᵕ'˶) ̖́-
君と見上げる月…🌙
君と別れてからずっと後悔している。
ベランダから眺める月は綺麗で、隣を見てため息を着く。
寂しいな、こんな綺麗なのに一緒に楽しめる君がいないや。そう苦笑いをこぼす。静かな夜に自分の苦笑いの声が哀れだった。
ふと思った。電話、してみようか。出て、くれるだろうか。着拒されるだろうか。迷惑だと怒られるだろうか。…未練がましいと思われるだろうか。
色んな考えが頭をよぎって電話がかけられない。
もしかしたら、二人で月を見て、笑って、泣いて、なんて些細なことを思い出してくれて、楽しくおしゃべりができるかもしれない。
そんな馬鹿みたいな考えが浮かんで、電話をかけた。
しばらくの機械音の後、『…なに?。』と不機嫌そうな声が聞こえた。
「あ、え、えっと、あの、こ、こんばんは。」
本当に出て貰えるとは思わず、しどろもどろになる。
『…はぁ、何か用?』
「え、えと、あの、」
出て貰えない想定だったので、上手く言葉が出ず、焦ってさらに言葉が出ない。
『なんの用もないなら切るよ。遊びでかけたりしてこないでよ。』
電話の向こう側からはイライラして刺々しい声が聞こえる。 このままじゃ、切られる…! そう思い思わず言ってしまった。
「ま、待って!!」
かなり大きめの声を出してしまい、自分でもびっくりしてしまった。
『うるさいんだけど! 何?! 嫌がらせなの?』
電話の向こう側から怒鳴られる。
「ご、ごめん……。」
見られていないが土下座しながら謝ると、しばらくの沈黙の時間が続いた。しかし、向こうから、ため息が聞こえた。
『……はぁ。何?なんかあったの?』
なにかあったから電話をして慰めてもらおうとしていると察したのか、聞いてきた。
「いや、あの……」
君と復縁したい。
なんて、到底言えそうになく口ごもってしまう。
さらに察してくれたのか、先に話をし始めてくれた。
『付き合ってた時さ、二人でベランダ出て話しながら月、みたよね。』
愛おしむような、懐かしむような、そんな声色で思い出話に花を咲かせようとしてくれる。
だが、僕は
「(あぁ、君にとって僕はもう懐かしい思い出の一部でしかないのか。)」
そう、思った。
それで、なんだか、悲しいと言うより、落ち着いてきた。
『でさ、あんたがさ〜……って聞いてる?』
「うん、聞いてる。ありがとう、落ち着いてきたよ。」
『あっそ。で、なに?』
「もう大丈夫。最後に一言だけいいかな。」
もう自分の声色に迷いはなかった。
電話の向こうから声はしない。僕の言葉を待ってくれているようだ。
「月が綺麗ですね。」
『……え。』
「それだけ。ありがと、じゃあね。」
そう言って切った。
やり切った。 心残りはない……といえば嘘になるが、スッキリした気分だ。やっぱり怖くて直接的には言えなかった。君は知ってるかな。
ふと、スマホを見るとLINEが来ていた。
君からだった。
心臓が ドクン、と音を立てる。
『月はずっと綺麗でしたよ。』
「え。」
スマホを持ったまま時が止まる。もう1件通知が来る。
『あの場所で待ってる。』
きっと僕たちが出会ったあの場所だ。
僕は走り出していた。
フィルター
人は誰しもなにかにフィルターをかけている。
良くも悪くもフィルターをかけてしまう。色眼鏡、バイアス、先入観…たくさんの言葉がある。
恋は盲目、という言葉もフィルターがかかってしまっているせいだと思われる。
恋してしまうと相手に猪突猛進、いい所しか見えない、そういうフィルターがかかっている。…たぶん。
かくいう私もそのフィルターにかかっていた。
今思えば恐ろしくて鳥肌が立つため話すのはよしておこう。
ただ、ひとつ言えるのはこの盲目フィルターはとても恐ろしいものだと言うことだ。
フィルターをかけている本人、かけている時は分からないが、取れた時が恐ろしい。思い出すと恥ず死だ。
フィルターは心の防御つまり、シールドである。
人間は守るためにフィルターをかける。
あまりフィルターをかけすぎると何もかも見えなくなってしまうため、皆様には十分注意して欲しいと思う。
自分でも何を言ってるかわかならなくなってきたためここまでにしておこうと思う。