幸せとは
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新年
明けましておめでとうございます。
新しい年が始まりましたね。皆さんはどんなお正月をお過ごしでしょうか?私はここぞとばかりにダラダラとしております。もう直ぐ学校が始まるのでそろそろ切り替えようと思っています。皆様もダラダラとし過ぎるのにお気をつけてお過ごしくださいませ。それでは
今年はどうでしたか?よければ最後まで読んでね!
今年もこれで終わりかと思うとなんだか呆気ない気がする。しかし、短かったわけではない。色々あった。楽しかったし、苦しくもあった。まぁ、ある意味充実していた一年であった。この時期に休みでこんなにダラダラとできるのは今年が最後。来年は仕事をしているであろう。私がこれから働くのは年中無休の24時間営業の介護の仕事である。その為この時期は仕事に駆り出されていることであろう。なんせ私は独り身だからな!
ま、そんなことは置いといて、皆さんはどんな一年だっただろうか。私のように、色々な思いをしただろうか?何にせよ、今年はもう終わる。来年のことでも考えようではないか。今これを読んでいるあなたは、どんな年にしたいか決まっているか?私は何事もなく安全に過ごしたい。普通の日常を送りたいと思っている。
それでは、来年は、これを見ているあなたにとって幸多き年であることを願っている。
最後にお願いがある。来年の1月の介護福祉士の国家試験を受験する予定なのだが、よければ合格を祈ってほしい。直接じゃなくても誰かが、あなたがそっと応援してくれているといると思えるだけで力が湧くのだ。
それでは、良いお年を…!
心の旅路
このお題を見てふと考えた。(というよりは空想した、と言うのが正しいだろう)
私は頭があまりよろしくない為、心の旅、というい部分に注目して考えた。
もし、心がじぶんで動けたりしたらどうなるのだろう。
心も旅に行くのか?何かを探し求めてなのか、文字通り、自分(心)を癒す為に『心を癒す旅』に行くのだろうか。
元来、『旅路』とは言葉の通り、旅の道という意味で、よく聞くのは『旅路を辿る』だ。これは人生や成長の過程、経験の道のり、という感じの意味を成しているらしい。
こういう言葉を聞くと、厨二心が疼いてしまう。笑
なんてことはさておき、本来の話に戻ろう、心が自らの意思で旅をするならわたしはどんなところに行き、どんなことを考え、どんな楽しみ方をするのか…。など、非常に興味がある。
心が旅に行ってしまったら、その間の私達(人間側)はどうなってしまうのだろうか、心がいない、つまり心が空っぽの状態な為、そういう痛みは感じられないのか、それとも旅行に行っているはずの心のほうに行ってしまうのか。
でも、そうしたら心が旅行に行った意味がなくなってしまう。そうか、その場にいるよりは多少なりとも痛みが軽減されるのかもしれない。
もしくは落ち着くのが分かるのかもしれない
心というものは生きる上でとても重要だと思う。だからこそ、心には休息が必要なのだ。我々も休息できなければ、死んでしまう。だから、このように動いて自分から休息に行ってくれれば、じつに楽だ。しかし、難儀なもので、そんなことはできない。
私は自分の心に話しかけてみた。
「君だってたまには自分で…いや、一人でどこかに行ってみたいよなぁ?」
当たり前に返事はない。しかし、私には分かる。きっと、そうだ。と頷いていることだろうだって、わたしの心なのだから。
心も自分の意思を持ってしまったらどんなカオスな世界になることやら。そんなバカなことはない、と思っているが今日も私はこのようなくだらない空想に耽るのであった。
長々としてしまいました…。読んでくれた人に多大なる感謝を!!!!
凍てつく鏡
私は時々見る夢がある。何にもない静かな場所、私と鏡、それ以外はないもない。音すらもない。私はその鏡の前にずっと経っている。そう、本当に立っているだけ。たまに違う動きをする時がある。鏡をひと撫でする、ただそれだけ。なぜこの夢を見るのかよくわからないし、正直言って気味が悪い。夢を見てしまうぐらい浅い眠りの時は必ず見るので正直言って参ってしまっている。精神科を受診しようかと思っているほどだ。
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