目が覚めるまでに
あたたかい食卓。
今日の献立は
お母さんが好きな麻婆豆腐と、お兄ちゃんの好きなわかめと玉ねぎの味噌汁、お父さんの好きな海苔の佃煮に、私の好きなトマト。
「あ、お兄ちゃんそのトマトとらないで!」
「あ?別にいいだろ!この前お前が嫌いな肉の脂身食べてやったんだから!」
「肉の脂身はお兄ちゃんの好物じゃん!アンフェアだよアンフェア!不平等ー!」
「うっせぇうっせぇ!」
「ちょっと二人ともいい加減にしなさい!」
「あ!父さんが俺のトマト取りやがった」
「お兄ちゃんのじゃないですー私のトマトですー!」
「今はお父さんのトマトだぞ」
「三人とも、トマトごときでそんな争わなくてもいいじゃないの…」
「トマト『ごとき』って何よ『ごとき』って!」
「…(先にお風呂入っちゃお)」
「…。」
「(よし)」
「ん?おい俺が風呂先だぞ」
「私のほうが早かった」
「いーやそんなことないね」
「はあ?大体お兄ちゃんはいつも先にお風呂入ってんじゃん!」
「近所迷惑だぞー」
「あーうっせぇうっせぇ。じゃあ先入れば?
ホント、いつまでも子供でちゅねー」
「キモ何そのしゃべり方!子供なのはお兄ちゃんもでしょ!」
「俺は精神年齢が上なんですー」
「そんなに入りたくないなら私が先に入るわよ」
「「母さんは黙ってて!」」
「黙ってて?」
「「あ」」
「口の聞き方が違うんじゃないかしら?」
「「…すみません」」
お兄ちゃんはムカつくしうっさいし子供っぽいけど優しかったし
お母さんは厳しいけどご飯はすごく美味しかったし、何かやり遂げられた時にはすごく褒めてくれたし
お父さんは物静かだけど結構お茶目だったな。
反抗期になってからちょっと避けてたけど、
話すと面白くて楽しかった。
楽しかったんだ
すごく
すごく
楽しかった
ねえ、酷いよみんな
みんなして私のこと置いてっちゃって。
お母さんとお父さんは私とお兄ちゃんを庇うみたいに死んじゃって。
何とか生き残ったお兄ちゃんは
あんなにバカにしてた私のところへ来て死んじゃうし。
「馬鹿にしないの?」
って聞いたら
「んなわけあるかあ!」
って怒って、
痛くて私が泣いていたら
「大丈夫大丈夫」
ってニカッと笑いながらそう言って。
一番瀕死なのは
お兄ちゃんだったのにね。
「おいお前!俺のゲームどこやった?!」
「はー?あんたのゲームなんて私知らないんですけど!決めつけないでもらえます?」
「クソ、あともうちょいでクリアなのに」
「…」
「まじでどこいったんだ、」
「…」
「くっそ見つかんねえ
しゃーねぇしスマホゲームでもするか」
「…お兄ちゃん?あなたもうそろそろ定期
テストよね?」
「げ、」
「げ、って何よ。ゲームを取ったのはお母さんです。定期テスト前はゲームしない約束でしょう?」
「…」
「お兄ちゃんざまあ(笑)」
「くっそうぜぇ…」
「そのゲーム俺がやってもいいか?」
「んなわけねえだろクソオヤジ!」
「いやぁ丁度気になってたゲームなもんで」
「ぜってぇ触んなよ!触ったらぶちこ…」
「あー、お兄ちゃんがぶち殺すって言ったー」
「言ってねえよ!」
「言いかけたんだから同罪でしょ!」
分かってる
分かってるんだよ
これが夢だってこと
この『いつも通り』が
もう二度と叶わないんだってこと
でも
でも
あと少しだけ
少しだけでいい
この空間にいさせてください神様。
この夢から目が覚めるまでの
短い時間で構わないから。
2024/8/4(日)
お題「目が覚めるまで」
※「嵐が来ようとも」
を先に読むことをお勧めします。
学校からの帰り道
雨が降っていたのを覚えてる
かなり強い雨で
まるで嵐のようだった
学校に置いてあった折り畳み傘をさして
長靴をはいてくれば良かったな
って後悔しながら歩いて
前からきた車の光で目が眩んで
マンホールで足滑らせて
水たまりにしりもちついちゃって
泥水に手をついて立ち上がろうとしたら
水溜まりの内側から
ぐぅっと強い力で引っ張られた。
体勢を崩して
背中も濡れた道路にダイブして
じぃわぁっ
て服に水が染み込む感覚が
ちょっとだけ楽しかった
もう一度立ち上がろうとしたら
今度は何事もなかったようにすんなり立てて
歩きだそうとしたけれど
さっき引っ張られたことを思い出して
ころばないように気を付けながら
水溜まりを覗き込んだら
わたしがいたんだ
水溜まりを通して丁度上下反対で
鏡に見ているようだった
嵐に巻き込まれたのかな
彼女の後ろに映っていた壁は水を吸い込んで腐っていて
照明はチカチカと点滅していて
窓は大きく揺れていた
まるで家のなかにも嵐が吹き荒れたみたいに
こっちを見つめる彼女の目に
ビックリする程光がなくて
その子の体から
今にも何かが吹き出しそうだったから
無意味だろうなあと思いつつも
水溜まりのそばにしゃがんで
彼女を助けたい一心で手を水溜まりに突っ込んだ
そしたら
向こうの世界の足元にも
手が現れた
は?!って思ったけど
昨日手の無駄毛を剃ろうとして間違えて切っちゃったところに絆創膏が貼ってあったから
多分
というか絶対私の手で間違いない
繋がった!
と感動している間、
向こうのわたしは
焦点の合わない目で
私の手を見つめていた
そしてふと私の後ろに目をやり、
その光の無い目を大きく見開いた
『あらし』
そう聞こえた気がした
私は手を差し伸べるように
掌を彼女に見せた
彼女はしばらく私の手を見つめて
意を決したように
そっと私の手に触れた
その途端
向こうの世界で起きたであろう嵐がぴたりと止んで、向こうの世界の家がガラガラと崩れ始めた
『たすけて』
声が響いた
今だと思って
彼女の手を半ば強引に掴んで
水溜まりから引き上げるように引っ張った
そしたら彼女の体が乗り出すように水溜まりから出て来て、私の上に覆い被さった
彼女の瞳が
心底驚いたように揺れていた
しばらくの間
お互い思考停止状態で見つめあっていた
そしたらなんだか急におかしくなって
私は吹き出した
そして
まだ困惑している彼女に声をかけた
「ねえ、大丈夫だった?」
彼女はしばらく黙ってから
「いまは」
と呟いた
「そっか!」
私は笑いながら彼女の手を引っ張った。
「そういえば家壊れちゃってたね、
もし良ければだけど、私の家来る?」
「うん、!」
彼女は顔を少しだけ上げて頷いた
彼女の暗い瞳を見てふと思った。
彼女はきっと
今まで晴れというものを見たことがない
明日、もし晴れなら
一緒に日の光を浴びよう
そう心のなかで決めて彼女のほうを振り向いた
「私嵐っていうの。よろしくね!」
一緒に狭い折り畳み傘に入りながら
そう言った
彼女が少しだけ、
微笑んだ気がした。
2024/8/2(金)
お題「明日、もし晴れたら」
優秀ですね
すごぉい
優しっ
完璧じゃん
天才
頭良くて運動できて性格も良いとか
尊敬するわ
「あはは、そんなことないよ」
だって
先生だとか
友だちだとかが求めている人
それを演じれば良いだけでしょ?
いちど演じてしまったら
もうひきかえせなくなるけどね
学校に行く前に鏡を見る。
鏡の中のわたしは
いつもお面をつけている。
笑っているお面
悲しんでいるお面
凛々しいお面
怒っているお面
無邪気なお面
明るいお面
優しいお面
先生の前では大抵
笑っているお面をつけていて
友だちの前では
優しいお面か
明るいお面
家では
こどもらしい
無邪気なお面か
笑っているお面をつけている
「自分らしくして良いんだよ」
そう言われても分からない
ジブンラシク
そう言われる度に
言葉が頭の中を上滑りする
先生が求めている理想像
友だちが求めている理想像
親が求めている理想像
それが本当の自分とかけはなれていた時
どうすれば良いのか
私には分からない
理想像を演じることは簡単だった
だって
何を求められているかが分かるから
自分らしくいることは何よりも難しかった
だって
自分が求める理想像へ矯正しようとしてくるくせ
「自分らしく」しないと怒られるから
先生の前で演じた
友だちの前では演じなかった
『良い子ぶりっこ』
先生の前で演じた
友だちの前で演じた
親の前では演じなかった
『あなた、家と学校で随分様子が違うじゃない』
先生の前で演じた
友だちの前で演じた
親の前で演じた
『優秀ですね』
『自慢の子供よ』
『優しいっ』
『完璧じゃん』
『さすが俺の子供だな』
『頭良くて運動できて性格も良いとか
尊敬するわ』
全員の前で演じることが
一番正解だった
ある時
「ねえ、もっと自分らしくしたら?」
親がそう言った
自分がはめているお面に
ピシ
とヒビが入る
「ずっと笑っていたら疲れるでしょ?」
つかれる?
わたしはつかれてない
「学校では優等生
友だちの前では優しい
親の前では無邪気
なんだか、出来すぎてる気がするの」
できすぎてる?
それがほんとうのわたしだよ
「もっと自分らしくしていいのよ」
お面がぼろぼろと剥がれ落ち始める
『うん。そうするよ、お母さん。』
私ではない何かがそう答える。
鏡の前に立つ
鏡に映るわたしの姿
手には粉々に割れたお面を持っている
私は泣いていた
「ただいまー」
お父さんの声がする
『おかえりー』
そう返すわたしの声は
泣いているとは思えないほど
明るかった
あれ
おかしいな
もう一度鏡を見る
鏡の中の
お面をはめていないわたしは
お面と全く同じ表情で
わらっていた
それを見た途端
私は激しい嫌悪感に襲われた
でも
鏡の中のわたしは
ずっと
わらっている
「気持ち悪い」
思わず呟く
そう言ったときでさえ
わたしは演じ続けていた
わたしは一人でいたい
一人でいたらきっと
演じるひつようがなくなるから
2024/8/1(木)
お題「だから、一人でいたい」
私の瞳は澄んでいた。
清らかで、それでいて無邪気な瞳だった。
私の瞳は、色んなものを有りの儘の姿で映した。
善を善として、悪を悪として映し出した。
私の心と体は、瞳に映ったもの全てに感動を覚えた。
蜘蛛の巣にかかった雫を美しいと感じ、
冬にしか無い白い息に楽しさを感じ、
雨に打たれる蛙と共に天の恵みを肌で感じた。
そんな清らかな川で過ごしていた私は、突然誰かに腕を掴まれ、大きな河に放り投げられた。
流れの速い、少し濁った河だった。
水底にある石が河の流れにのって踊り狂っていた。
尖った石が私の体を突き刺した。
痛い、痛いよ、
近くをゆうゆうと游いでいた子が振り返り、
痛さに顔をしかめ泣いている私を見た。
気味の悪い笑みを浮かべていた。
そこへ泳ぎの上手な子が一人やってきた。
その子はたくさんのことを教えてくれた。
流れに身を任せるんだよ
曲がるときはこっち側に寄るといいよ
石の数はそこまで多くないから落ち着いて
泳ぐんだ
わあ、できた!できたよ!
ようやくその河で泳ぐ術を身に付けたとき、
みんなはもっと遠くにいた。
みんな最初に出会った子に同じか笑みを浮かべていた。
その「みんな」の中には、あの泳ぎを教えてくれた子もいた。
さーっと顔から血の気が引いた。
追い付かなきゃ
追い付かなきゃ
追い付かなきゃ
追い付かなきゃ
追い付かなきゃ
あれ
どうしよう足が動かない
手も動かない
なんでもっと動いてよ
動いてよ!
あーあ
なんで私は泣いてるんだろう
私の涙は誰にも気づいてもらえないのに。
河の流れが涙すら流してしまうから。
苦しいよ
そこで突然
私はより大きな河へ放り込まれた。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も
出来たと思ったときには
みんなはもっと出来ていて
私を見て笑っている
みんなに追い付かないといけないのに
足が動かなくて手が動かなくて
辛いときに流す涙に限って誰にも気づいてもらえなくて
それの繰り返し。
みんなずっと笑っている。
最初は優しい笑みを浮かべ
最後は気味の悪い笑みを浮かべて去っていく。
なんだ
偽善者ばっかりじゃないか
「手伝おうか?」
「あはは、大丈夫だよ」
そんな汚れた手をさしのべてこないでくれ
「もっと人を信じたら?」
どの口が言うんだ
信じさせてくれないのはそっちだろ
あーあ
もう疲れたな
大きな大きな海の真ん中で考えた。
もうこれ以上大きな水たまりに突然放り込まれることはないだろうけれど
もう限界だなあ
人魚姫のように泡になって消えてしまいたい
そう思って全身の力を抜いた。
笑ってしまうほど簡単に、
体は海の水面にぽっかりと浮かんだ。
海に浮かぶと目前に澄んだ青い空があった。
『気持ちの悪い空だな』
そう思った。
「はは」と乾いた笑いがこぼれる。
ああ
いつだったっけ
私の瞳が濁り始めたのは
瞳を閉じると、
今まで瞳をおおっていた水の膜が雫となって目の縁からこぼれ落ち、海に流されていった。
あの頃と同じように。
私はもう二度と
この瞳を開けることはないだろう。
こんなに濁ってしまった瞳では
美しいものすら
ドブネズミ色に染まって見えるから。
2024/7/31(水)
お題「澄んだ瞳」
まただ、と思った。
他人の喧嘩が始まった。
同じ家に閉じ込められて、その余裕のない大きな態度で家を窮屈にしている他人たち。
自分で自分をこの家に閉じ込めて、
相手も閉じ込めて。
私は今日も、二人の他人にこの家に閉じ込められている。
怒鳴り声が窓を震わせる。
泣き声が地面を揺らす。
瞬きが多くなる度に照明が点滅する。
片方が土下座したところから家が腐敗し始める。片方が金切り声をあげると家が水浸しになる。
片方が泣き崩れると、その涙で我が家だけの洪水が起きる。
息が詰まるなあ。
息ができないなあ。
一瞬水面に光が映った。
ついさっきまで家を壊そうとしていた二人が、
笑顔で笑い合っていた。
足が届かないと思った水の底は
いつの間にか水面に近づいていて、
私は立ち上がった。
さっきまで腐敗しようとしていた家は
元通りになっていた。
足元の周りの水は消えていた。
私の立っているところだけ、水が残っていた。
その水面を覗き込んだ。
溺れている自分が見えた。
底の見えない暗闇に溺れてもがいているわたしの姿。
その姿がくしゃりと歪む。
私は自分の足で溺れるわたしを踏みつけた。
水は私の中に吸い込まれていった。
窓は光を浴びて輝いている。
地面は暖かい茶色になっている。
照明は私たちを上から照らしていた。
それを繰り返していくうちに
私の足元に残る水の量はどんどん多くなっていった。
なんとか全部吸い込んで、笑い合っている他人たちのもとへ踏み出す。
そしたらね、
「おえっ」
口から、何から、身体中から水が吹き出す。
私の体は水浸しになった。
底の見えない黒く濁った水が溢れだす。
わたしはその水に呑み込まれた。
必死に上に手を伸ばす。
その手を何かに踏みつけられた。
その足にわたしは吸い込まれていく。
そして笑い合っている他人たちのもとへ、
わたしを踏んだ足で踏み出した。
ほら
嵐が来ようとも、私の家は変わらない。
ずっと閉じ込められたまま。
いつか本物の嵐がやってきて、
この家を壊してくれないかな。
この偽物の嵐のあとの静けさは
助けを求める声すら呑み込んでしまうから。
いつか本物の嵐がやってきて
家を壊したあと
この助けを求める声が
静けさの中
響き渡りますように
2024/7/30(火)
お題「嵐が来ようとも」