私の瞳は澄んでいた。
清らかで、それでいて無邪気な瞳だった。
私の瞳は、色んなものを有りの儘の姿で映した。
善を善として、悪を悪として映し出した。
私の心と体は、瞳に映ったもの全てに感動を覚えた。
蜘蛛の巣にかかった雫を美しいと感じ、
冬にしか無い白い息に楽しさを感じ、
雨に打たれる蛙と共に天の恵みを肌で感じた。
そんな清らかな川で過ごしていた私は、突然誰かに腕を掴まれ、大きな河に放り投げられた。
流れの速い、少し濁った河だった。
水底にある石が河の流れにのって踊り狂っていた。
尖った石が私の体を突き刺した。
痛い、痛いよ、
近くをゆうゆうと游いでいた子が振り返り、
痛さに顔をしかめ泣いている私を見た。
気味の悪い笑みを浮かべていた。
そこへ泳ぎの上手な子が一人やってきた。
その子はたくさんのことを教えてくれた。
流れに身を任せるんだよ
曲がるときはこっち側に寄るといいよ
石の数はそこまで多くないから落ち着いて
泳ぐんだ
わあ、できた!できたよ!
ようやくその河で泳ぐ術を身に付けたとき、
みんなはもっと遠くにいた。
みんな最初に出会った子に同じか笑みを浮かべていた。
その「みんな」の中には、あの泳ぎを教えてくれた子もいた。
さーっと顔から血の気が引いた。
追い付かなきゃ
追い付かなきゃ
追い付かなきゃ
追い付かなきゃ
追い付かなきゃ
あれ
どうしよう足が動かない
手も動かない
なんでもっと動いてよ
動いてよ!
あーあ
なんで私は泣いてるんだろう
私の涙は誰にも気づいてもらえないのに。
河の流れが涙すら流してしまうから。
苦しいよ
そこで突然
私はより大きな河へ放り込まれた。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も
出来たと思ったときには
みんなはもっと出来ていて
私を見て笑っている
みんなに追い付かないといけないのに
足が動かなくて手が動かなくて
辛いときに流す涙に限って誰にも気づいてもらえなくて
それの繰り返し。
みんなずっと笑っている。
最初は優しい笑みを浮かべ
最後は気味の悪い笑みを浮かべて去っていく。
なんだ
偽善者ばっかりじゃないか
「手伝おうか?」
「あはは、大丈夫だよ」
そんな汚れた手をさしのべてこないでくれ
「もっと人を信じたら?」
どの口が言うんだ
信じさせてくれないのはそっちだろ
あーあ
もう疲れたな
大きな大きな海の真ん中で考えた。
もうこれ以上大きな水たまりに突然放り込まれることはないだろうけれど
もう限界だなあ
人魚姫のように泡になって消えてしまいたい
そう思って全身の力を抜いた。
笑ってしまうほど簡単に、
体は海の水面にぽっかりと浮かんだ。
海に浮かぶと目前に澄んだ青い空があった。
『気持ちの悪い空だな』
そう思った。
「はは」と乾いた笑いがこぼれる。
ああ
いつだったっけ
私の瞳が濁り始めたのは
瞳を閉じると、
今まで瞳をおおっていた水の膜が雫となって目の縁からこぼれ落ち、海に流されていった。
あの頃と同じように。
私はもう二度と
この瞳を開けることはないだろう。
こんなに濁ってしまった瞳では
美しいものすら
ドブネズミ色に染まって見えるから。
2024/7/31(水)
お題「澄んだ瞳」
7/31/2024, 12:57:47 AM