どうにかして貴方との思い出を遺せないだろうか。
そう思ったのは、少し前からの事だ。
もう、貴方に冷めてしまったんだ
それで、貴方の元から消えようって思った
でも、貴方と私の思い出を覚えていて欲しい
……なんて我儘な考えが働いたせいだ。私はこんなことを考えてしまった
……形に残るもの、身につけられるもの…
なんてずっと考えてても埒が明かない。
久しぶりに一人でどこか行ってみるか
ショッピングモールに着いた
電車ですぐのとこにあるから意外と人がいる。
まぁ、特に何か買うわけでは無いから適当にぶらぶら歩いていた
するととあるものが眼中に止まり、私は足を止めた
「香水…?」
それは
『忘れられない思い出を香水に』
というのがコンセプトの香水らしい。
イマイチよく分からないが、取り敢えず種類を見てみることにした
「…これ、」
意味の無い言葉が私の口から出る
それは淡いピンク色、橙、青に近い紫のグラデーションでヴィーナスベルトというらしい
…私の元々あった恋心に似ている、そして私の思い出の片隅にこれがあった気がする。
私はそれを手に取りレジに向かう
かなりの高値だったがしょうがない。
ラッピングペーパーやリボン、メッセージカードを買いに行く為、
暫くそのショッピングモール内を彷徨いていた。
そして私はメッセージを書き終え、すやすや眠っている彼の近くに音を出さないようにして置いた
まだやることがある。
まぁやることと言っても。
海へ向かった。すぐ近くにあり、何時でも遊びに行ける
私はその綺麗な海に飛び込んだ。
泳げないし、浮き輪も持ってきていない
私はここで死ぬんだ。
もう、貴方という生き甲斐を失ってしまったから。
私はもう生きていても意味はないんだ
でも……貴方には忘れて欲しくない。
貴方との思い出、貴方と過ごした時間、貴方に見せた表情……
そして私を……
嗚呼、今際の際でもこんな我儘なんだな。私は
息もできない、苦しい。
私はもうこの世にはいなくなるけれど、それでも貴方には
私の思い出が詰まった香水で、私のことを思い出してくれたらいいな、なんて。
――ごめんね…貴方……
そう私は思いながら海の底へと沈んでいった。
「あー、38.2度…かなりの高熱だね、大丈夫?」
成人してから初めて風邪をひいた。額に冷えピタを貼ってぐたぁ、とベッドに寝転んでいる。
彼がずっと看病してくれている。心配そうな顔をしつつも彼は私に話しかける。
「同棲始めてから初めてじゃない?風邪ひくの」
「うん…うつしたくないからさ」
「そっかぁ、気遣ってくれてたんだね」
「ちょっと喉見せてみて、場合によってさ喉の薬も持ってくるから」
そんな痛くもないけれど、私は彼に従って口を大きく開けて喉を見せる
「んー、そんな赤くもないね。痛くなーい?」
「うん、咳と頭痛くらいだから大丈夫だよ」
「そっかぁ、わかった。薬とってくるね」
と言って彼は部屋から出ていこうとした時
私は無意識のうちに彼の服をギュッと掴んでいた
「どうしたの、海暗?」
「い、行かないで…」
そう言った時、少しだけ視界がぼやけるのが分かった
「でも、薬取りに行かなきゃ。俺はどこにも行かない、だから大丈夫。ね?」
「大丈夫、なんて。そんな言葉はいらないの。私はただ…貴方に隣にいて欲しい。
私、そう言って貴方がどこか行ってしまわないか、とても、心配なの…」
「…海暗。」
「何…?」
「俺は、海暗を裏切らない。だから心配しなくていい。安心して」
視界がぼやけるのが分かった。
「……分かった。でも、早く戻ってきてね。」
「もちろん。んじゃ、ちょっと待っててね」
ガチャ、とドアを閉める音が聞こえた
さっきの言葉、彼に放った言葉はいらないっていう言葉を思い出してふと呟く。
「…子供の時の名残かな...あの時のは」
私は昔のことを思い出した
ー海暗。一人で大丈夫よね?お母さん、仕事行くけど一人でいれる?
……分かった。お母さん、お仕事頑張ってね。
ありがとう、海暗。あと、ごめんね
一緒にいてあげられなくて。風邪治ったら一緒にどこか行こうか。
うん、約束。
それじゃあ行ってくるね。何かあったら言ってね。
うん、行ってらっしゃい。
「…海暗?寝ちゃってた?」
「あ、戻ってたんだ。言ってくれればよかったのに。」
「うん、薬飲んでもらおうと思って起こそうと思ったけど、魘されてたから。
…昔のこと思い出したの?」
「そうなんだ。今日みたいな風邪ひいた時に、誰も一緒にいてくれなかった。
そりゃあ、仕事とかあるから仕方ないけどさ。だけど一人は辛かったな。
だからさっき貴方にあんな事言っちゃった。ごめんね。」
そう言うと彼はギュッと私を抱きしめる。
「それを先に言ってくれれば良かったのに、海暗は一人で抱え込もうとしすぎだよ。」
「そう、かな?えへへ、ごめん」
「謝んなくていいよ。寧ろ謝るのはこっちの方だよ。早く気づけばよかった。」
「……ううん、大丈夫。あ、体温もっかい測ってみる?
熱引いてる気がするんだ。」
「そうする?はい、体温計」
私は昔の事を思い出した時から熱が下がっている気がしていて早速測ってみることにした
結果、36,5度。まさかこんな早く治るとは。
「風邪ってこんなすぐ治るもんなんだね…」
「そうだね、でも今日は寝てな?」
「そうする、でもそうすると色々任せちゃうね」
「困ったときはお互い様だよ。気にしないで」
「そう?なら頼る」
「分かった。おやすみ。」
私はそう言われて静かに眠りについた。
貴方は頬に手をやり、こっちを寝るまでずっと見ていてくれた
それにとても私は安心した。
………昔から私はこうやって欲しかったんだ。
大丈夫、とかいう励ましの言葉より。
治った後の約束より。
こうやって一緒にいて欲しかったんだ。
そう思いながら私は貴方とずっと一緒にいる夢を見ていた。
2人で一緒に買い物に行った。
私達はよく絵を描くから画材を買いに行ったり、化粧水とかも買いに行った。
手を繋いで店内を歩いている時、とあるコーナーが目に入った
それを見てた私はこう呟いた
「日記帳…?」
その声に反応したのか、彼はそのコーナーで止まって日記帳を見ることにした
「へぇこんな種類あるんだぁ、これ可愛いね」
と言って淡いピンク色の日記帳を手に取って私に見せる
「これ、海暗にピッタリだと思うなぁ。」
なんて満面の笑みで言うから私は手で顔を覆いつつ
「あ、ありがと…」と聞こえるか聞こえないかのギリギリラインの声で言う
そして私はコーナーに再び目を向ける。
あ、これは君に似合いそうだ。
黒と白を基調とした表紙だけど、金色の星の装飾が派手にならない程度に散らばっている。
それがどこか君に似合っていて私は顔を上げて言う
「これ、貴方にぴったりじゃない?どうかな?」
そういうと嬉そうにこちらを見つめて、
「いいね、ありがと。」と言う。
喜んでくれるのが嬉しくて、私は顔を紅く染める
それをすぐに察知した君はバッグからスマホを取り出して連写する。
「海暗、めっちゃ可愛い」
恥ずかしいからやめて、可愛い可愛い言ってくれるのは嬉しいけど。
私はスマホを持つ手を掴んで恥ずかしくなりつつも言う
「…恥ずかしいからさ、今はもういい?後でまた撮りたければ撮って…いいよ?」
これを承諾したのかスマホを直ぐにしまって、会計に行く。
家に帰ると早速私は今日の事を書く。
うーんと唸ってたり、思い出し笑いをしている所を撮られていたが、まぁさっき許してしまったから
しょうがないか。
今日からこれは、君に選んでもらった、私だけの日記帳だ。
深夜、珍しく彼が寝ている時
私は目を覚ます。
寝静まって誰にも見られないこの時、
私は決まってすることがある
音を立てずに洗面所に向かう
ここで音を立てると心配されるし、起こしかねない。
洗面所の鏡の前につくと、ガチャリ、とドアの鍵を閉める
そして鏡に映る私と向かい合う
鏡に映る私は10年ほど前の、彼と会って1年も経っていない時の私のようだった
その私に問う
「私はずっとこのままでいいのかなぁ、貴方と同じ気持ちで今までずっと生きてきたけれど、
分からないの。これを彼が望んでいるのか。というか、こんな長い年月私といて、嫌だって思ってるのかもしれない。そう思ってるのなら私は、もう……」
言いかけている時だったー、貴方は、昔の私は、泣きながらこう言った
「ねぇ、本当に彼はそんなに薄情なの?違うでしょ?!彼は私を、愛してくれているのかは知らないけれど、とても大事にしてくれていると思うよ、だって、だってさ!私の事、私達のこと信じてくれてるんだよ?アンタもさ、彼を信じてるんでしょ?だからあの時からアンタは、アンタはさあの時からずっと彼を愛して、ずっと傍にいるって決心したんでしょ?そうじゃないの?」
頬に水が滴る感覚がした。そして私は開かないと思えるほど重くなった口を開いて呟くように言う
「えぇ、私はそう決心しているわ。彼の役に立ちたいって言う気持ちも勿論あるけど、それ以上に
彼には救われたから。精神的にやられてる時だって優しく接してくれたし、絵とか見せると上手いって褒めてくれるし、それで私は
この人が大好きだ、って思ってその時からそう決心していたわ。私が間違っていたわね。ありがとう、貴方は優しいのね、彼が言うのもわかるわ。貴方はそのままでいいのかもしれないわ、健気で可愛いわ。……自分で言うのもなんだけどねぇ…」
頭を撫でてあげたかったけど、鏡越しだからそれが出来なくて笑うことしか出来なかった
でもこの言葉を聞いた貴方は嬉しそうにはにかんだその顔にどこか親近感が湧いた
まぁ昔の私なのだから当たり前だけど。そして貴方は思いついたような顔でこう告げる
「あ、もう寝ないと明日やばい!」と焦りながら鏡から消えていった。
そして残ったのは目を少し腫らした私だった。
私はその顔を見ながら、
「昔の自分に救われるなんて、初めてね」なんて言いながら笑っていた。
そろそろベッドに戻ろうかなって思ってドアの鍵を開けて、洗面所から出る。その時見えた鏡の私は
幸せそうな顔をしていた。
最近のことだが、彼女がやるせない表情を見せる時がちょくちょくある。
理由を聞いても「やるせないって思ったことないんだけどな、そうだったんだね。ごめん」
と謝られる。俺は謝って欲しい訳じゃない、理由を聞きたいだけなんだ
彼女は自分を偽る癖を持っている、それは以前言っていた、はずだ。
最近それは減ってきてはいるものの、このことに関してはあまり減っていない
どうしたら理由を言ってくれるのか、俺はそんなことを考えていた
ある日、徹夜でずっと作業していると尋常じゃない程の眠気が襲ってきた
ソファーに座っている彼女の隣に腰掛けて話そうと思った瞬間に瞼がとても重くなって
寝てしまった。
それからどのくらい時間が経っただろうか、俺は目を覚ます
起き上がろうかと思ったが、なにか彼女が喋っているのが耳に入ったからそのまま寝たフリをして聞くことにした。
「あのね、最近貴方もう気づいてると思うけど、私ずっとやるせない、切ない気持ちでいっぱいなんだ。貴方との生活に不満があるわけじゃないの。寧ろとても楽しいよ
だけどさ、いつかこの関係も崩れちゃうのかなって。昔から私達喧嘩はしないと言ってるけど
どこかでトラブルが起きるかもしれない、そしたら貴方は私を幻滅するかもしれない。
こんなことをずっと考えてるから私はやるせない表情、気持ちになってたのかもしれない。
貴方はどうなんだろう。こんな被害者妄想をずっと話してる自分を偽る虚言癖との関係をずっと保ってくれるのかな、」
少し切なそうな声で話す。最後の方は涙ぐみながら話していた。
「俺はそうするつもりだ」
あぁ、声出しちゃった、
「……起きてたんだね、おはよう。よく寝れた?」
「うん、ていうか運んできてくれたんだね、ありがと」
「ううん、全然。あんなとこで寝たら疲れ取れないでしょ、
…さっきの話なんだけど、本当にそうしてくれるの?」
「うん、何年も一緒に話したりしてるんだよ?ならここまできて関係崩す訳にはいかないでしょ
そもそも崩そうと思うことは無かったし」
と言うと彼女は泣いてしまった
「そうだよね、ありがとう、ホント……」
笑いながら涙を零し俺に礼を言う
「どういたしまして、どう?本音聞いて少しは気持ち晴れた?」
「うん!!」
「ならよかったよ、あ、手伝って欲しいとこがあるんだ……」
「いいよ全然、見せて見せて〜、」
彼女のやるせない気持ちが晴れてよかった
君はやっぱりその明るくも子供っぽい笑顔が一番似合ってるよ。