海喑

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深夜、珍しく彼が寝ている時
私は目を覚ます。
寝静まって誰にも見られないこの時、
私は決まってすることがある
音を立てずに洗面所に向かう
ここで音を立てると心配されるし、起こしかねない。
洗面所の鏡の前につくと、ガチャリ、とドアの鍵を閉める
そして鏡に映る私と向かい合う
鏡に映る私は10年ほど前の、彼と会って1年も経っていない時の私のようだった
その私に問う
「私はずっとこのままでいいのかなぁ、貴方と同じ気持ちで今までずっと生きてきたけれど、
分からないの。これを彼が望んでいるのか。というか、こんな長い年月私といて、嫌だって思ってるのかもしれない。そう思ってるのなら私は、もう……」
言いかけている時だったー、貴方は、昔の私は、泣きながらこう言った
「ねぇ、本当に彼はそんなに薄情なの?違うでしょ?!彼は私を、愛してくれているのかは知らないけれど、とても大事にしてくれていると思うよ、だって、だってさ!私の事、私達のこと信じてくれてるんだよ?アンタもさ、彼を信じてるんでしょ?だからあの時からアンタは、アンタはさあの時からずっと彼を愛して、ずっと傍にいるって決心したんでしょ?そうじゃないの?」
頬に水が滴る感覚がした。そして私は開かないと思えるほど重くなった口を開いて呟くように言う
「えぇ、私はそう決心しているわ。彼の役に立ちたいって言う気持ちも勿論あるけど、それ以上に
彼には救われたから。精神的にやられてる時だって優しく接してくれたし、絵とか見せると上手いって褒めてくれるし、それで私は
この人が大好きだ、って思ってその時からそう決心していたわ。私が間違っていたわね。ありがとう、貴方は優しいのね、彼が言うのもわかるわ。貴方はそのままでいいのかもしれないわ、健気で可愛いわ。……自分で言うのもなんだけどねぇ…」
頭を撫でてあげたかったけど、鏡越しだからそれが出来なくて笑うことしか出来なかった
でもこの言葉を聞いた貴方は嬉しそうにはにかんだその顔にどこか親近感が湧いた
まぁ昔の私なのだから当たり前だけど。そして貴方は思いついたような顔でこう告げる
「あ、もう寝ないと明日やばい!」と焦りながら鏡から消えていった。
そして残ったのは目を少し腫らした私だった。
私はその顔を見ながら、
「昔の自分に救われるなんて、初めてね」なんて言いながら笑っていた。
そろそろベッドに戻ろうかなって思ってドアの鍵を開けて、洗面所から出る。その時見えた鏡の私は
幸せそうな顔をしていた。

8/26/2023, 1:08:12 AM