エアコンの音と、君のいびきと、息づかい。
眠れない深夜、私はずっとそれを聴いている。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、君はもう夢の中で、私はずっと眠れない。
好きになりそうで苦しい。隣で寝ているのにどうしてこんなに孤独なんだろう。
君は私のことを「かわいい」って言ってくれる。
眠れなくてベッドを離れたら、爆睡しているのに「大丈夫?」って起きて声を掛けてくれる。
でも、それは君なら誰にでも言える言葉だって、もう知ってる。
年齢も、立場も、性格も、全部ちぐはぐで、
私は君の人生の脇道に咲いた、名前のない花みたいなものなんだと思う。
たぶん、君の人生に私は出てこない。
この関係は、身体だけで繋がっている。
心なんて、どこにも繋がっていないのかもしれない。
目を閉じても、君の存在を感じてしまって眠れない。
薄暗い部屋の片隅で、微かにこぼれた涙が、頬を伝って落ちていく。
叶わない。
叶うわけがないって、わかってる。
でも、今だけは。
この儚い夜の中だけは、君だけのメロディに溺れていたい。
虚しいなんて、言えないよ。
だって、君がそこにいるから。
それだけで嬉しいから。
私はふしだらな女。
でもあなたに出会ってからは、誰彼構わず寝てないの。
いつも同じ部屋で、身体を重ねて。
あなたは私を抱く時だけ、情を含んだ目で見つめる。
部屋を出れば、冷淡で、理性的。
私のことなど眼中にないのがわかるから、
身体を重ねる時だけ私を必要とするあなたに、
微かな好意を持っている。
交わりだけの愛。
「愛のない行為なんて、虚しいだけ」
あなたはそう言ってくれた。
ふしだらな女は嫌いなはずのに、抱く時に情は抱けるなんて罪な人。でも、誠実な人。
あなたの情が全て私に向かなくとも、
私は今日もあなたを迎える。
どこまで堕ちても離れない糸がある。
私は何度も糸を切ったはずなのに、気づいたらまた繋がって、新しい結び目を作る。
それは小さな結び目。
またすぐに解けそうで、儚い。
それは頑丈な結び目。
道具を使っても切れないくらい、芯がある。
堕ちた先で自分から糸を解いて、地上に返したはずなのに。
美しい、糸が、何本も。
地上からふわりと降りてきて、
私の身体にそっと触れる。
私が怯えると、
糸はそっと距離を置く。
むやみに触れない糸の優しさに
気づいたけれど、私は何もできない。
堕ちても離れない糸の美しさは、堕ちたものにしかわからない。その沢山の美しい糸を掴み、結び、地上に戻れた暁には。
私が離れない糸を…
もう忘れてしまったよ。
思ってたより忘れるのは早かった。
君と歩いた道ってどんな道だったっけ。
なんか、あたたかくて、やさしくて、つつまれた感じだったのは覚えてる。
今の僕はね、そもそも道を歩いてないよ。
ふらふらと足元覚束なく、あてもなく。
道を歩くのを避けて、後ろに下がっていく。
どの道も歩くのを恐れている。
少しだけ道を歩んでみても、すぐ落とし穴に落ちてしまうことがわかっているから。
君と歩いた道、途中で手を放したのはどっちだったかな。多分僕からかな。まあ、そんなことどうでもいいけど、手を放さなかったら、変わってたかなお互い。
でも今はね、もう忘れていいんだって思えるよ。
君は僕を怖がっていたからさ、
瞳の奥に怪物をみたんでしょ?
僕は忘れたことにするから、
君は君のまっすぐな道をがむしゃらに進んでね。
禁断の扉を開いてしまった。
前までの僕なら、絶対に手を出さなかった。
君の好奇心に惹かれて、僕は扉に手をかけた。
そしたらすぐに中に引き摺り込まれて、どんどん深くまで落ちてって、気づいたら君と2人、欲望の底にいた。
「どうしようね、2人だけになっちゃったね」
無邪気に笑ってそう言う君は、何も気づいてない。
君のおかげで僕は、沢山のものを手放した。
ここまで僕を連れて来ておいて、さよなら、なんてあり得ないよな?
今度は僕が、君を救い出すよ。
欲望の底から、さあ行こう。