蝉がこれでもか、という程大合唱をしている。
太陽がこれでもか、という程に俺の体を焦がしている。
--チリン……
かぼそく、それは鳴った。
「昔の人は、この音で涼をとっていたのよー」
母親の実家、そこはボロ家でエアコンはない。
都会のようなアスファルトもないが、暑いことにはかわりない。
軒下で大の字になり横たわっている俺。
暑い、暑すぎる。
--チリン……
微かな風に身を揺られ、風鈴はまた鳴る。
「涼しい音よねー」
母方の祖母がうちわを仰ぎながら言う。
いやいや、音だけで涼しくなる訳がない。
「エアコン……つけないの……?」
「風鈴があるじゃない。機械ばかりに頼っちゃダメよー」
昔の人は風鈴の音で涼しくなった、本当か?
暑すぎて息苦しく、汗を滴しながら脱力する俺。
--チリン……
風鈴は、そんな俺の気持ちも知らず、僅かな風の声を通訳していた。
【風鈴の音】
窓から夏の強い日差しが差し込んでいた。
カリカリと文字を書く音が教室に響いている。
本日は期末テスト。
このテストがあれば、晴れて夏休み、となるのだ。
だが俺は、そのみんなのペンを走らす音を聞きながら、その窓の外を眺めていた。
自分はペンをもたず、ただぼんやりと道路を眺めていた。
全く解けない。
全く分からない。
こんなの習ったか?、と言いたい程に知らない問題ですねぇ。
真っ白な答案用紙を見ていると、みんなのペンを走らす音だけでも、焦りがやばい。
心だけ、逃避行させてください。
ただぼんやりと、俺は外を見ていた。
かげろうが立ち上っていた。
【心だけ、逃避行】
冒険、と聞くと、行ったことのない所へ行ったり、仲間を集めて旅をしたり、なんてことを思い浮かべると思う。
でも……
「本当に大丈夫?」
隣にいた友達が恐る恐る私に聞いてきた。
目の前には赤黒く湯気をあげた何かがある。
「私にあわせなくていいんだよ? 激辛初めてなんでしょ?」
「大丈夫!!」
私はレンゲを手に取った。
「それに、ただの辛いんじゃなくて、痺れる激辛だよ?」
「いいの! これも冒険だから!」
私は赤黒い激辛と呼ばれるメニューを口にした。
新たなことに挑戦する、それもまた、冒険だよね?
【冒険】
子どもの泣き声で目が覚めた。
またか、と、俺は布団に潜り込む。
毎朝毎朝、耳をつんざくような、この世の終わりのような、甲高い声が響いてくる。
うるさいを通り越して、恐怖さえ感じるほどだ。えーんえーん、ではなく、ギャーキャーだ。
いつもこれが三十分程近く続くが、毎朝いったい何をしているのだろう?
隣の一軒家から聞こえてくるのは確実で、カーテンの隙間から俺はその方向をみた。
そして、目を疑う光景をみた。
母親と思われる女性が、フライパンを子どもの腕に押し当てているのが、リビングと思われる窓から見えたのだ。
きっと熱々なのだろう、子どもの腕の皮が赤くめくりあがっていた。
「え、ちょ、なにやってんの!?」
俺は眠気眼をこすりながら、検索をかける。
『虐待 連絡』
迷いはなかった。すぐに記載されている連絡先に震えながら電話をする。
早く助けなければ、届いて……!
【届いて……】
田舎から新幹線を乗り継ぎたどり着いた東京は、とてもキラキラしていて、凄いの一言しか出てこなかった。
建物は高くて、一つの建物に何個もお店が入っている。田舎だったら、高い建物でも4階くらいまでで、たくさんのお店は入っていない。
夜になっても明るいままの東京。田舎だったら、自動販売機と数少ない外灯くらいで、一人で歩くは怖いくらい。
電車は十分以内に一回位来る。田舎なら一時間に一本、貨物電車通過の方がよく見るくらいだ。
すごいな、都会はすごいな。
あの日の景色は、新鮮でドキドキで。
都会に越して早10年。
あの日の気持ちはどこへやら。
高いだけの建物。眠らない治安の悪い場所。こんなに本数があっても圧ししそうな通勤ラッシュ。
あの日の景色と変わらないのに、私の気持ちは随分変わってしまっていた。
【あの日の景色】