喜村

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7/12/2025, 10:32:39 AM

 蝉がこれでもか、という程大合唱をしている。
 太陽がこれでもか、という程に俺の体を焦がしている。

--チリン……

 かぼそく、それは鳴った。

「昔の人は、この音で涼をとっていたのよー」

 母親の実家、そこはボロ家でエアコンはない。
 都会のようなアスファルトもないが、暑いことにはかわりない。
 軒下で大の字になり横たわっている俺。
 暑い、暑すぎる。

--チリン……

 微かな風に身を揺られ、風鈴はまた鳴る。

「涼しい音よねー」

 母方の祖母がうちわを仰ぎながら言う。
 いやいや、音だけで涼しくなる訳がない。

「エアコン……つけないの……?」
「風鈴があるじゃない。機械ばかりに頼っちゃダメよー」

 昔の人は風鈴の音で涼しくなった、本当か?
 暑すぎて息苦しく、汗を滴しながら脱力する俺。

--チリン……

 風鈴は、そんな俺の気持ちも知らず、僅かな風の声を通訳していた。

【風鈴の音】

7/12/2025, 1:25:44 AM

 窓から夏の強い日差しが差し込んでいた。
カリカリと文字を書く音が教室に響いている。
 本日は期末テスト。
このテストがあれば、晴れて夏休み、となるのだ。
 だが俺は、そのみんなのペンを走らす音を聞きながら、その窓の外を眺めていた。
自分はペンをもたず、ただぼんやりと道路を眺めていた。

 全く解けない。
 全く分からない。
 こんなの習ったか?、と言いたい程に知らない問題ですねぇ。
 真っ白な答案用紙を見ていると、みんなのペンを走らす音だけでも、焦りがやばい。

 心だけ、逃避行させてください。
 ただぼんやりと、俺は外を見ていた。
 かげろうが立ち上っていた。


【心だけ、逃避行】

7/10/2025, 11:42:19 AM

 冒険、と聞くと、行ったことのない所へ行ったり、仲間を集めて旅をしたり、なんてことを思い浮かべると思う。
 でも……

「本当に大丈夫?」

 隣にいた友達が恐る恐る私に聞いてきた。
 目の前には赤黒く湯気をあげた何かがある。

「私にあわせなくていいんだよ? 激辛初めてなんでしょ?」
「大丈夫!!」

 私はレンゲを手に取った。

「それに、ただの辛いんじゃなくて、痺れる激辛だよ?」
「いいの! これも冒険だから!」

 私は赤黒い激辛と呼ばれるメニューを口にした。
 新たなことに挑戦する、それもまた、冒険だよね?


【冒険】

7/9/2025, 10:29:53 AM

 子どもの泣き声で目が覚めた。
またか、と、俺は布団に潜り込む。

 毎朝毎朝、耳をつんざくような、この世の終わりのような、甲高い声が響いてくる。
 うるさいを通り越して、恐怖さえ感じるほどだ。えーんえーん、ではなく、ギャーキャーだ。
 いつもこれが三十分程近く続くが、毎朝いったい何をしているのだろう?
 隣の一軒家から聞こえてくるのは確実で、カーテンの隙間から俺はその方向をみた。

 そして、目を疑う光景をみた。

 母親と思われる女性が、フライパンを子どもの腕に押し当てているのが、リビングと思われる窓から見えたのだ。
きっと熱々なのだろう、子どもの腕の皮が赤くめくりあがっていた。

「え、ちょ、なにやってんの!?」

 俺は眠気眼をこすりながら、検索をかける。
『虐待 連絡』
 迷いはなかった。すぐに記載されている連絡先に震えながら電話をする。

 早く助けなければ、届いて……!

【届いて……】

7/8/2025, 10:14:28 AM

 田舎から新幹線を乗り継ぎたどり着いた東京は、とてもキラキラしていて、凄いの一言しか出てこなかった。

 建物は高くて、一つの建物に何個もお店が入っている。田舎だったら、高い建物でも4階くらいまでで、たくさんのお店は入っていない。
 夜になっても明るいままの東京。田舎だったら、自動販売機と数少ない外灯くらいで、一人で歩くは怖いくらい。
 電車は十分以内に一回位来る。田舎なら一時間に一本、貨物電車通過の方がよく見るくらいだ。
 すごいな、都会はすごいな。

 あの日の景色は、新鮮でドキドキで。

 都会に越して早10年。
あの日の気持ちはどこへやら。
 高いだけの建物。眠らない治安の悪い場所。こんなに本数があっても圧ししそうな通勤ラッシュ。
 あの日の景色と変わらないのに、私の気持ちは随分変わってしまっていた。



【あの日の景色】

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