私は、とにかく、しにたがりだった。
生きていても、楽しいことはない。
息をするにも、身体のどこかの機能は永遠に働き続けているし。存在するにも、何かしらの税金を払い続けなければならない。
今月も家賃が払えないや。
身体もあちこち痛いけど病院もいけないや。
疲れたよ、もういっそ、逝って楽になりたい。
こんな生き地獄から解放されたい。
未練はないし、やり直すこともしなくていい。
今流行りの、異世界転生とかリープものとかじゃなくて、本当に消えたい。
そう思って、勤め先の高層ビルの窓から飛び降りた。飛び降りて、途中から意識がなくなった。
なのに、私は目が醒めた。
あれ? 私、しんだんじゃないの?
あたりは薄暗く、何やら液体に満たされていた。目の前には太めの紐が見てとれた。
一度深呼吸をしようとするが、息をしている感覚はない。でも、口はパクパク動かせる。
ここは、どこ?
もしや、と、私は嫌な言葉が脳裏をよぎる。
--輪廻転生
人は、何度も生死を繰り返し、生まれ変わるという意味。
つまり、一度人として生まれてしまったら、永遠に人として生まれかわるという意味……?
頭が割れるように痛い。心臓も痛い。
私の次の地獄が始まった。
「おめでとう、女の子ですよ!」
私の地獄は、永遠に。
【永遠に】
人からの目を気にしないで、恨みや妬みが一切ない、争いのない、愛に満ちた世界--それが私の理想郷だった。
しかし、やはり理想は理想な訳で。
私は、空を見上げていた。
秋の雨は、この前降った雨よりも冷たかった。
それなのに、身体の下の液体は、生暖かくて。
痛いなぁ……。
動きの悪い身体をなんとか腕一本だけ動かし、痛い左脇腹を触ってみる。
その手を自分の視界に入る所まで持ってきた。
赤い、鮮血。
「なんだ、まだ生きてるの?」
雨の音か耳なりかわからない中、そんな女の声が聞こえた。
狭くなる視界の中に、見知った女--私の妻が映る。
「あなたとの生活は疲れたの。綺麗事ばっかりで。別れてもくれないし。だから……」
妻の手には、包丁があった。
その切っ先は、赤く濡れている。
私の理想郷は、綺麗事を並べただけのものだったのだろうか。
私は、鉛のように重い腕をおろす。
妻は、両手で包丁を構え、仰向けの私の上にまたがった。
「しんで」
愛する妻のその声を後に、私の意識はなくなった。
【理想郷】
大きな家を持ち、ほしいものは何でも手に入れられる。
衣食住に関しては、何も不自由がない俺に、決定的に欠けていることは、感情だ。
今一番欲しいものは、感情だ。
何を買っても、観ても、喜びもせず、楽しめもせず、感動もしない。
何をされても、傷つかれても、怒りもせず、悲しみもせず、妬みもしない。
へー、他の人はこれが嬉しいんだ、とか、こんなことで怒ったりするんだ、とか。
俺には感情がなく、周りの人もきっと俺のことをロボットだと思っているだろう。
感情なんていらないと言う人もいるけれど、ないはないで、共感さえできないものなのだ。
金や物じゃなくて、感性豊かな感情をどうして神様は与えてくれなかったのだろう。
恨みはしないが、俺は神様に愛想が尽きた。
今一番欲しい感情が、もう貰えないなら、いっそ、終わりにしよう、と。
【今一番欲しいもの】
※【幸せとは】の続き←1月のお題
私は、老人に拾われた。
雨が止んで、さんさんと降り注ぐ太陽の下、干からびた何かに私はなりかけていた。
そんな時に、老人に拾われた。助けられた。
飼い主に捨てられ、カラスとの戦いで痛み分けとなり、雨が体をうちつけ、今に至る。
老人は、私の顔をふいてやる。目やにがついていたが、それを綺麗にふきとってくれた。
体にもたくさんのノミやらがついていたが、薬か何かでふきとってくれた。
この人は、いい人だな、と、私は思った。
いや、油断してはいけない。いつまた捨てられるかもわからないからだ。
私は体を震わせて警戒した。
「よし、じゃあ、名前を決めましょうかねぇ」
老人は、おもむろに余り紙とペンをだす。
「チビ? いや、でも大きくなるかもしれないわよねぇ。 クロ? んー、見たまんまってのも面白くないわねぇ」
名前の候補を出しては、斜線をひいて消す。
そして、あぁ!、と、老人は思い出したかのように言う。
「雨の日に出会ったから、アメ!」
どうやら、私の名前が決まったらしい。
私の名前は、アメ。今日、アメ、という名前をもらった。
雨の日に出会ったが、窓からは暑いくらいに太陽の陽射しが差し込んでいた。
【私の名前】
隣の席のイノウエさんは、授業中にいつも廊下を見つめている。
俺も気になって、イノウエさんが見ている方面を見るものの、特に何もないしもちろん誰もいない。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
俺は、気になりすぎてとうとう隣の席のイノウエさんに声をかける。
「あの、イノウエさん、ちょっといいかな?」
ポニーテールのイノウエさんは、不思議そうに俺を見る。
「いつも授業中にイノウエさん廊下みてるけど、何かあるの?」
イノウエさんは、一瞬、なんのことかと悩んでいたが、思い出したかのように、あぁ!、と言う。
「この学校の七不思議知ってる?」
「……え? 高校にも七不思議ってあるの?」
俺が鼻で笑って聞き返すと、イノウエさんは、むっとした顔をする。
「あるよー! その七不思議の一つで、廊下をさ迷う幽霊っていうのがあってね」
イノウエさんは、廊下を指さす。
「ちょうど、そこの廊下、授業中に通ってるんだよ」
俺は、言葉を失う。
「……いや、誰もいないよ? だから聞いたんだけど」
「まー、普通の人は見えないもんね、幽霊」
俺は、固まった。
イノウエさんの視線の先には、どうやら、学校の七不思議の廊下をさ迷う幽霊があるようだ。
廊下の蛍光灯が、パチリと鳴った。
【視線の先には】