喜村

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11/1/2023, 10:56:26 PM

 私は、とにかく、しにたがりだった。
 生きていても、楽しいことはない。
 息をするにも、身体のどこかの機能は永遠に働き続けているし。存在するにも、何かしらの税金を払い続けなければならない。

 今月も家賃が払えないや。
身体もあちこち痛いけど病院もいけないや。

 疲れたよ、もういっそ、逝って楽になりたい。
こんな生き地獄から解放されたい。
未練はないし、やり直すこともしなくていい。

 今流行りの、異世界転生とかリープものとかじゃなくて、本当に消えたい。

 そう思って、勤め先の高層ビルの窓から飛び降りた。飛び降りて、途中から意識がなくなった。



 なのに、私は目が醒めた。
 あれ? 私、しんだんじゃないの?
 あたりは薄暗く、何やら液体に満たされていた。目の前には太めの紐が見てとれた。
 一度深呼吸をしようとするが、息をしている感覚はない。でも、口はパクパク動かせる。

 ここは、どこ?
 もしや、と、私は嫌な言葉が脳裏をよぎる。
--輪廻転生
 人は、何度も生死を繰り返し、生まれ変わるという意味。
 つまり、一度人として生まれてしまったら、永遠に人として生まれかわるという意味……?

 頭が割れるように痛い。心臓も痛い。
 私の次の地獄が始まった。
「おめでとう、女の子ですよ!」
 私の地獄は、永遠に。

【永遠に】

10/31/2023, 5:17:24 PM

 人からの目を気にしないで、恨みや妬みが一切ない、争いのない、愛に満ちた世界--それが私の理想郷だった。
しかし、やはり理想は理想な訳で。
 私は、空を見上げていた。
 秋の雨は、この前降った雨よりも冷たかった。
それなのに、身体の下の液体は、生暖かくて。

 痛いなぁ……。

 動きの悪い身体をなんとか腕一本だけ動かし、痛い左脇腹を触ってみる。
その手を自分の視界に入る所まで持ってきた。
 赤い、鮮血。

「なんだ、まだ生きてるの?」

 雨の音か耳なりかわからない中、そんな女の声が聞こえた。
 狭くなる視界の中に、見知った女--私の妻が映る。

「あなたとの生活は疲れたの。綺麗事ばっかりで。別れてもくれないし。だから……」

 妻の手には、包丁があった。
その切っ先は、赤く濡れている。
 私の理想郷は、綺麗事を並べただけのものだったのだろうか。
 私は、鉛のように重い腕をおろす。
 妻は、両手で包丁を構え、仰向けの私の上にまたがった。

「しんで」

 愛する妻のその声を後に、私の意識はなくなった。


【理想郷】

7/21/2023, 10:22:49 AM

 大きな家を持ち、ほしいものは何でも手に入れられる。
 衣食住に関しては、何も不自由がない俺に、決定的に欠けていることは、感情だ。
 今一番欲しいものは、感情だ。
 何を買っても、観ても、喜びもせず、楽しめもせず、感動もしない。
 何をされても、傷つかれても、怒りもせず、悲しみもせず、妬みもしない。
 へー、他の人はこれが嬉しいんだ、とか、こんなことで怒ったりするんだ、とか。
 俺には感情がなく、周りの人もきっと俺のことをロボットだと思っているだろう。
 感情なんていらないと言う人もいるけれど、ないはないで、共感さえできないものなのだ。
 金や物じゃなくて、感性豊かな感情をどうして神様は与えてくれなかったのだろう。
 恨みはしないが、俺は神様に愛想が尽きた。
今一番欲しい感情が、もう貰えないなら、いっそ、終わりにしよう、と。


【今一番欲しいもの】
※【幸せとは】の続き←1月のお題

7/20/2023, 12:23:24 PM

 私は、老人に拾われた。
雨が止んで、さんさんと降り注ぐ太陽の下、干からびた何かに私はなりかけていた。
 そんな時に、老人に拾われた。助けられた。
 飼い主に捨てられ、カラスとの戦いで痛み分けとなり、雨が体をうちつけ、今に至る。
 老人は、私の顔をふいてやる。目やにがついていたが、それを綺麗にふきとってくれた。
体にもたくさんのノミやらがついていたが、薬か何かでふきとってくれた。
 この人は、いい人だな、と、私は思った。
 いや、油断してはいけない。いつまた捨てられるかもわからないからだ。
 私は体を震わせて警戒した。
「よし、じゃあ、名前を決めましょうかねぇ」
 老人は、おもむろに余り紙とペンをだす。
「チビ? いや、でも大きくなるかもしれないわよねぇ。 クロ? んー、見たまんまってのも面白くないわねぇ」
 名前の候補を出しては、斜線をひいて消す。
そして、あぁ!、と、老人は思い出したかのように言う。
「雨の日に出会ったから、アメ!」
 どうやら、私の名前が決まったらしい。
私の名前は、アメ。今日、アメ、という名前をもらった。
 雨の日に出会ったが、窓からは暑いくらいに太陽の陽射しが差し込んでいた。


【私の名前】

7/19/2023, 12:50:50 PM

 隣の席のイノウエさんは、授業中にいつも廊下を見つめている。
俺も気になって、イノウエさんが見ている方面を見るものの、特に何もないしもちろん誰もいない。
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
俺は、気になりすぎてとうとう隣の席のイノウエさんに声をかける。
「あの、イノウエさん、ちょっといいかな?」
 ポニーテールのイノウエさんは、不思議そうに俺を見る。
「いつも授業中にイノウエさん廊下みてるけど、何かあるの?」
 イノウエさんは、一瞬、なんのことかと悩んでいたが、思い出したかのように、あぁ!、と言う。
「この学校の七不思議知ってる?」
「……え? 高校にも七不思議ってあるの?」
 俺が鼻で笑って聞き返すと、イノウエさんは、むっとした顔をする。
「あるよー! その七不思議の一つで、廊下をさ迷う幽霊っていうのがあってね」
 イノウエさんは、廊下を指さす。
「ちょうど、そこの廊下、授業中に通ってるんだよ」
 俺は、言葉を失う。
「……いや、誰もいないよ? だから聞いたんだけど」
「まー、普通の人は見えないもんね、幽霊」
 俺は、固まった。
 イノウエさんの視線の先には、どうやら、学校の七不思議の廊下をさ迷う幽霊があるようだ。
 廊下の蛍光灯が、パチリと鳴った。
 


【視線の先には】

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