喜村

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3/26/2023, 11:45:42 AM

 空を飛べるのっていいよね。
人に生まれてきたから、空を飛ぶことはできない。
風を切って、大きく広げた翼にその風を受けて、身体全身で浮遊感を味わうって、どんな気持ちだろう。なれるものなら空を飛びたい。
そんな気持ちがあったから、人は飛行機や宇宙船を作ったのだろうか。

 水の中を自由に泳げるのっていいよね。
人に生まれてきたから、永遠に水の中にいることはできない。
ずっと奥底の海底をみてみたいけど、いったいどうなっているのだろう。見たことのない生き物がきっと暮らしているんだ。
そんな気持ちがあったから、人は潜水艦を作ったのだろうか。

 自分からは光を放てない。だから光を作り出す装置を作った。
 自分からは超音波を放てない。だから超音波を受信する装置を作った。
 ないものねだりだけでなく、ないなら作り出そうとする。それが人間の本質なのだ。



【ないものねだり】

3/23/2023, 1:13:15 PM

 私の大好きなぬいぐるみ。犬のぬいぐるみ。
 もう綿は随分と昔にふんわり感はなくなって、今はぺっしゃんこ。
 私は動物ではないけれど、すごく自分の好きな匂いがする。
 耳の所は黒ずんできてるし、尻尾のところはよく引っ張り回していたから解れてきている。目も本来の色とは違う。

 もう買ってもらって20年くらい経つだろうか、普通に考えたら捨てるべきモノである。
でも、私からしたら特別な存在なのだ。
 特別な存在、と言ったら、通常、大切な人や動物を思い浮かべるだろうが、私の特別な存在は、この犬のぬいぐるみ。
 一人で悲しい時も、怒られて辛い時も、どこかに行く時も、嬉しい時楽しい時も、いつでもこのぬいぐるみと一緒にいた。
 これからも勿論一緒にいたい、特別な存在なんだ。


【特別な存在】

3/22/2023, 2:00:35 PM

 春分の日がすぎ、どことなく日が長くなってきた。夕方五時を過ぎているのにまだ明るい。
 いつも彼がきているラーメン屋。器や小物が写真と同じで、たまに窓際の席から写っていた景色もまさにこれだ。やっと見つけた。
 彼はたまに自撮り写真も撮っていたので、顔は把握している。後は彼が入店するであろう時間まで張り込みをすれば、彼に会える。完璧。
 やっとSNSで恋をした見知らぬ男性に会える、そう思っただけで胸が弾んだ。

「別に迎えに来なくてよかったのに~」
「この子がパパを迎えに行くって聞かないから」
「早くパパに見せたいものがあるの! 急いで帰ろ~!」
 親子連れとすれ違った。ツインテールの可愛い女の子とショートカットなスレンダーママにスーツ姿のパパ。絵に描いたような理想なご家族だ。

--ちょっと待って、今のパパ

 私は目を見開いた。すれ違った瞬間に、振り返る。
どこからどうみても、あの私の恋い焦がれていた彼である。
 でも「パパ」と呼ばれていた。彼女がいるでなく、この人は妻子持ちだったのか。
なのにこの男は複数の女性にSNS上で声をかけていた。きっと最近音沙汰がなくなったのは、奥さんにでもバレたから……?
 私は口の端が緩んだ。
「……バカみたい」
 パパの耳にそれが届いたのか、パパは私に目をやった。目があった。切れ長でやはり惚れてしまいそうになる。
あぁ、今の私は一体どんな顔をしているのだろう。
「パパ~?」
「あ、うん。なんでもない、行こうか」
 手を繋いで家路を辿る一家。
それを私は、どんどん暗くなっていく夕方の空のように眺めていた。
もう闇夜はすぐそこまで近づいていた。

【バカみたい】
※【Love you】の続き

3/21/2023, 11:55:11 AM

 私には、ユウカちゃんだけいればそれでいい。
暗い夜道、街灯もぽつぽつしかない暗闇を、手を繋いで歩く。
 あたりには誰もいない。田舎とまではいかないが、都会でもない中途半端な町だ。
「辛くなったら連絡いれてよ~」
 ユウカちゃんは困ったように声をかける。
「付き合ってすぐの人にそんなことしたらめいわ……」
「迷惑なんかじゃない!」
 私の言葉を遮り、手を強く握る。
「私達、付き合ってるんだから、楽しいことだけじゃなくて、辛い時も一緒に乗り越えなきゃ! 恋人同士でしょ?」
 ユウカちゃんの熱弁に私は面食らった。
「それとも……やっぱり、恋人、じゃ、やだ……?」
 恐る恐る伺う私の大切な恋人。
私は首を横に降った。

 親が親としてあり得ない扱いをしてきても、友達にいじめられていても、この人がいれば無敵な気がする。
 私とユウカちゃんの二人ぼっちの世界でいいのに。他の人なんて、誰もいらない。
 手を繋ぎながら、私は月を見上げた。


【二人ぼっち】
※【泣かないよ】の続き

3/20/2023, 1:38:49 PM

 春の穏やかな日差しが降り注いでいたが、私は少し高級なレストランの中にいた。
 失礼致します、と声掛けがあったあと、大きなお皿にこじんまりとした何かのお肉がのっている。絵のようになにかのタレがスーッとおいてあった。
一口食べると頬っぺたが落ちるという感覚を初めて体験した。
 目の前の数々の料理の奥に、男性がいる。顔はよく見えないが、確か、彼氏だったと思う。
「ランチのフルコース、すごいね」
 こそこそと私に声をかけた。
本当だね、と私が笑顔で答えると、彼氏は次のステージに移るかのように、なにやらポケットをごそごそさせる。
そうして、一つの小さな箱を取り出した。
 この箱は、よくドラマとかで見る、あの……!
ここまで生きてて、こんなドラマの主人公みたいなことがおきるなんて……

 そこでようやく気付いた。これは夢だと。
私は今、病室の中で、生きるか死ぬかの瀬戸際だった。
こんな豪華なご飯なんて食べれない、随分と固形物なんか食べてないし点滴生活だった。
素敵なレストランなんか行けない、寝たきり生活になって外出さえ何ヶ月もしていなたい。
そして、こんな私にプロポーズをするような彼氏なんていない。

 これは夢なんだ、だったら夢が醒める前に、この夢を楽しもう。夢ならなんでもできるのだから、醒める前にやりたいことをやってやろう。
 春風が強く吹いていたのが、窓から見える木々の揺れ方でわかった。

【夢が醒める前に】

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