小さい頃に、強い子はなかないんだよ、とお父さんに言われた。
泣かない方がお母さん嬉しいなぁ、とも言われた。
泣かない子は偉いし可愛いよ、とおじいちゃんとおばあちゃんに言われた。
だから私はどんなことがあっても泣かなかった。
おじいちゃんとおばあちゃんが死んでしまった時も泣かなかった。悲しくないはずはない。とっても可愛がってくれていたのだから。
お父さんに初めて襲われた時も泣かなかった。すごく痛いし信じられなくて絶望的になったけれども。
お母さんに無視されすれ違いだらけになっても泣かなかった。本当は助けを求めたいのに、辛くて旨が張り裂けそうになった。
クラスメイトからいじめられても泣かなかった。もう自暴自棄になって、目の前で死んでやろうかとは思った。
「こんな夜中に寒いでしょ、どうしたの?」
私の彼氏兼彼女、またの続柄を恋人のユウカちゃんが、自販機横で腰かける私に心配そうに歩み寄ってきた。
--見ないで
こんな惨めな姿、愛すべき人に見られたくない。
「……泣かない、泣かないよ」
私は自分に言い聞かせるように唱える。
泣いたら今までの人生が崩れるような気がしたから。
とても綺麗な満月が、雲に陰って濁って見えた。
【泣かないよ】
※【お気に入り】の続き
暗いのが怖い。
何も見えず、何も把握できないのが怖い。
痛いのが怖い。
痛いのが好きな人は中々いないだろう、恐怖でしかない。
狭いのが怖い。
圧迫されて、そのまま押し潰されたらどうしようかと思う。
逆に明るいのが怖い。
全てを照らし出されて、見られたくないところまで見られるのが怖い。
優しいのが怖い。
いつ手のひら返しをされてしまうか、恐怖でしかない。
広いのが怖い。
自分がいかにちっぽけなものかがわかってしまうから。
生きるのが怖い。
これから先の見えない未来には、ワクワクよりも恐怖感が勝る。
死ぬのが怖い。
その先に何がおきるのか、知っている人は本当に稀で怖さしかない。
私は結局怖がりで、何が楽しくて生きているのかもわからない。何もするにもとにかく怖くて。
こんな怖がりな私でも、現実は突きつけられている訳で。
だから少しでも怖くならないように、もう何も考えないで、何も感じない、無になろうと思ったんだ。
【怖がり】
冬の空は綺麗だ。空気は澄んでいるし、なにより手に届きそうな程に星が近くにある。
秋の空は遠いと授業で習った。遠ければ遠いで、より多くの星を大画面でみている気持ちになる。
夏の空は暑苦しくてあまり出たくないけれど、夕涼みで点々と見える星空もまた良いもので。
春の空はそれでいうと、気温もばっちりで長く見ていてしまう。
それになにより、四季によって見える星は違ってくる。
絶対習うオリオン座は冬の星座だし、夏の三角形と呼ばれる夏に見える星もある。
地球はあたりに星が溢れている。毎日ずっと同じではないのだ。
今日はどんな星が見えるかな?
【星が溢れる】
人の目は嫌いだ。
何を思っているのかわからない。
全員の目が僕を殺しにかかっているかのような感覚に陥る。
だから僕は人の目を見ない。
他の人からは、ちゃんと目を見ろだの視線そらすよねだの言われるが、知ったことじゃない。
嫌いなのだ、怖いのだ。きっとこれは、一種の病気なのだろうと僕も思っている。
家に帰ると、尻尾をぶんぶん振って愛犬が駆け寄ってきた。
飼い猫は主人の出迎えを一応はしてくれたが、相変わらず愛想はない。
インコが高い声で「おかえり!」と声をかけてくれる。
やはり人間じゃない動物はいい。
人間と違って、目が穢れていない。安らかな瞳だ。
どうして僕はこんな汚い人間に生まれてしまったのだろう。願わくは僕も人間じゃない動物になりたかった。
【安らかな瞳】
穏やかに晴れた日だった。
桜は満開で、あなたから珍しく「お花見に行こう」とデートのお誘いがあったっけ。
あたりは桜の匂いでいっぱいで、同じようなカップルや老夫婦、家族連れでごった返していた。
周りの人にあわせるように、あなたは私の手を繋いでくれた。
夜なのに暑苦しい日だった。
年に一度の夏祭りで、カップルの定番行事でもあるので、私からデートに誘った。
浴衣姿の私をおだててくれて、満更じゃない私は浮かれて屋台巡りをした。
物凄い人並みで、あなたははぐれないようにと手を繋いでくれた。
だんだんと寒さが強くなってきた日だった。
木の葉が色づき、生まれて初めて「紅葉狩り」というデートをしてみた。
出店もないし人混みも少なく、老人やペット連れが多い大人な空間。
カップルも多くないので、あなたは少し恥ずかしながら手を繋いでくれた。
クリスマスに初詣、冬のイベントが盛りだくさんの時期。
ほぼ毎日あなたとすごして、たくさんお話して、たくさん手を繋いでくれた。
ずっと隣でいたかったので、私とあなたが結婚して、ノドカが生まれた。
ずっと隣でずっと一緒、幸せな家庭、絵に描いたような眩しい家族。
台風が近づいてきた秋口。あたりには木の葉が散らばっていた。
雨は音を立てて降り、風は耳鳴りのように吹き荒ぶ。
あなたの手を繋ぐ。しかし、握り返してはくれなかった。
--ずっと隣で、ずっと一緒でいたかったのに……
【ずっと隣で】
※【太陽のような】の続き