「ひろくん、体験入学何時に行くー?」
おかっぱ姿の女の子は、隣の席の男の子·ひろくんに声をかける。
小学六年生、中学校も公立が一つしかない田舎の小学生である。
「いや、俺は……」
ひろくんの歯切れが悪い。
「おーい、お前知らないのかよ」
二人の間を後ろの席の子が割って入る。
「ひろは都会の私立に通うんだぞ」
おかっぱ姿の女の子は、信じられない、といったように固まった。
「ひろの家は兄弟みんな私立に行ってるじゃん、ひろもそうなんだよ」
「そっ、か……」
「ひろもひろだぜ、初カノに教えないなんて~」
女の子もひろくんも、何も言わず、情報提供をした後ろの席の子は離れて行った。
「でも、中学校が違っても、休みの日とかあえるよね?」
「うん、多分」
初めての恋にして、初めての試練。
はなればなれになっても、幼い小さな恋は続くのであった。
【はなればなれ】
まだ何もわからなくて、警戒して震えていたね。
誰かに頼らないと生きていけないのに、誰かを探して小さく、でも、力強くないていたっけ。
「こら、何ニヤついてんだ」
今じゃそんな弱々しさは感じられない、強気で俺にあたってくるくらいだ。
昔は、頼れる存在の俺にすり寄ってきたくせに、だ。
「いや~、昔の可愛らしさはどこに消えちまったのかな~って」
俺は、はっはっはっ、と笑ってやる。
君は赤面して、口を尖らせてブーブー言っている。
それでもあの時の、か細く、でも気付いてと生きるために必死だった君のことをたまに思い返すよ。
俺の可愛い子猫ちゃん。
【子猫】
もう嫌だ、失敗したくない。
僕はいつも上手くいかない。
綺麗な色をつけることができければ、人よりだいぶ成長も遅い。
もうこのまま枯れてしまえば、消えてしまえば、どれだけ楽になるだろうか。
そんな時、優しく誰かが僕の背中を押してくれた。
大丈夫だよ、そう言ってくれているかのように。
振り返っても、そこには誰もいなかった。でも、
「遅くっても、君はきちんと成長してるじゃない」
「綺麗な色じゃなくとも、君はいろんな人を楽しませてるじゃない」
優しく何度も励ましてくれる。
「今年もまた、たくさんの人が君の綺麗な姿を待ってるよ、だから、くよくよしないで」
そう耳元で囁いてくれた。強すぎる口調でもなく、包み込むほどの語彙でもないけれど。
【秋風】
湿度の高い夜、まだ虫の声が聞こえるには早い時期である。
去年みた時には、ようやく走り回るのが板についてきたこの子も、今年は幼稚園に行き始め、友達もできたらしい。窓際にある写真立てには、園での遠足の写真が飾られてあった。
来年になったら、次はお喋りがうまくなっているだろうか。
年に一度しかこの子に会うことはできないけれど、今年はそろそろ時間のようだ。
また来年、会いに来るよ。
触れることはできないけれど、優しくその子の頭を撫でてやる。
子は起きた。眠い目を擦りながら、むくりと重い頭を持ち上げる。
「あら、おきたのね?」
「パパいた……」
寝起きのがらがら声で、子は呟いた。
「そう、なんか言ってた?」
「また会いに来るって」
子は、ぼうっとしたまま、部屋の片隅の仏壇を見る。
蝉がせわしなく鳴き始めた。
【また会いましょう】