「寒っ…」
外に出ると、途端に風が強く吹いてきて凍えそうになる。真っ暗な冬の夜空の下で吐く息は、余計に白く目立つ。もうこんな季節かと一人呟き、歩き出す。周りの家々は不思議なほど静まりかえっていて、私の靴音だけがやけに響く。
そのまま住宅街を歩いていると、一軒の家が目に入った。ベランダや庭の木からイルミネーションライトがぶら下げられていて、暖かなオレンジに光っている。とても幻想的だ。しばらく立ち止まって眺めてみる。光はぽわぽわと点滅し、時折速くなったりゆっくりになったりを繰り返していた。ずっと立ち止まっているのは悪いと、また歩み出す。再び暗い住宅街が広がり、淋しい景色に戻る。もうちょっと見たかったな。名残り惜しくて後ろを振り返る。光は変わらず灯っていた。さすがにそろそろ行こうともう一度前を見る。途端、当たり一面がたくさんの光で溢れ出し始めた。赤や白、緑に青。星の形やツリーの形。まるで魔法がかかったみたいにそれぞれが光輝く。暗い空に存在を主張するかのように。ひんやりとした風が吹き、光に照らされた木々や私の頬を撫でていく。今度はそれすらも気持ち良かった。たまには夜の散歩もいいかもしれない。また、ここへ来よう。いつの間にかすっかりと温まっていた心がそう言った。
【イルミネーション】
空っぽな器、透ける向こう
静寂が広がる無の世界
ぽつりと1滴の雫が落ちる
ぽつり、ぽつり。
瞬きする度粒は増えて
器はまばゆく光出し
琥珀色が溢れだす
冷たかった器は
じんわりと、温まっていく
あなたの優しい眼差しは
私を照らす太陽のよう
あなたの言葉はすべて
甘くて爽やかな蜜のように
私の喉を潤してくれる
空っぽの器は満たされていく
あなたの愛で満たされていく
【愛を注いで】
「けいたくんは、何色が好きなの?」
隣の席の、かなちゃんが聞いてきた。
かなちゃんとは今年から初めて同じクラスになって、席が隣だからこうしてよく喋る。
「んー、ぼくは青色かな?青色は、お空と海の色なんだよ!とってもきれいで好き!」
「へえー、そうなんだ。かなも青好きだよ!かき氷のシロップの色!」
かなちゃんは嬉しそうににんまりと笑う。それを見てぼくも自然と笑顔になる。
「かなちゃんは?」
「私はね、黄色が好きなの!おひさまの色も黄色だし、ひまわりやちょうちょだって黄色でしょ!あとねえ、バナナでしょ、お星さまでしょ、あと、、、」
かなちゃんは指を折り曲げながら数えていく。
「とにかくたくさんあるの!」
「そっか!じゃあいいものあげる。」
ぼくはポケットの中からたんぽぽの押し花の入った栞を取り出す。良かった、ちょうどいいのがあった!押し花を作るのが好きなぼくは、日頃から花を集めてこうして栞にしたりしているのだ。
かなちゃんはぼくが差し出したたんぽぽの栞を見て目を輝かせる。
「わあ、すごい!私の好きなたんぽぽが入ってる!これも黄色だね。ありがとう、大切にする!」
そう言ってかなちゃんは嬉しそうに栞を掲げた。
かなちゃんが嬉しそうにしている様子を見たら、ぼくも黄色が好きになってきた。
「気に入ってくれて良かった!」
そして、2人で笑い合った。ぼくの好きな色が、また一つ増えた。
懐かしいな。僕は昔の写真を見て思いを馳せる。そこには幼少時代の僕が笑顔でピースしている姿と、ツインテールの女の子が恥ずかしそうにしている姿が写っていた。女の子が身に付けているワンピースや靴は相変わらず黄色で、より懐かしさが込み上げてきた。
「圭くん、写真の整理は順調?」
後ろから白い手が伸びてきて、僕を優しく包み込んだ。僕はそれに安心感を覚えて、彼女の手を握る。
「ああ、それなんだけど、懐かしい写真を見つけたんだ」
僕は彼女にその写真を渡す。彼女はそれを見て顔を綻ばせた。
「ふふっ、懐かしいね。これって小学2年生のときに撮ったんだっけ?圭くん小さくて可愛い!」
「それはお互いさまでしょ」
それを言うと彼女は恥ずかしそうに目を細めた。その表情が写真の女の子と重なる。あの頃仲の良かった〝かなちゃん〟は今、僕の目の前にいる。
「このワンピも懐かしい!お気に入りだったなあ」
そう言って笑う彼女の着ているスカートは、やっぱり黄色だ。
ふと、彼女が何か思い出したように顔を上げた。
「ちょっと待ってて」
そして、リビングを後にして隣にある寝室へ入っていった。ものの数分もしないうちに出てきた彼女の手には、色褪せた紙でできた栞が握られていた。栞のたんぽぽは、あれからより干からびている。
「これ、圭くんが初めて私にくれたプレゼント。ずっと大事に取ってあるの。もらったとき、すっごく嬉しかった」
彼女は栞に目を移し、大切そうに撫でる。
「これをもらってから、黄色がますます好きになってね。でもそれだけじゃなくて、黄色は私にとって、とても大切な色になったの」
そこで彼女は僕の方を真っ直ぐ見る。
「あなたとの出会いの色。そこからあなたとこうして幸せな思い出をたくさん作ってこれた」
そこで彼女は言葉を切り、また笑顔になる。それは、儚く、眩しい、たんぽぽのような笑顔だった。
僕はそれを見て胸が一杯になり、彼女を抱きしめる。
彼女の体温は温かくて、春を感じさせた。
彼女は僕の胸に顔を埋めて抱きしめ返した。
「僕も黄色が好きだ。黄色を見ると、君を思い出す。元気になれて、心が温かくなる」
彼女の腕に力が入る。
「かな、好きだよ。」
「私も圭くんのこと、好き。」
そして2人で、またあの頃のように笑い合った。
毎日毎日ただ淡々と同じことを繰り返すだけ。
時計の針が規則正しく動くように、太陽が東から西に進むように、決まったルートをたどっていく。あらかじめ引かれた線をなぞっていくような、退屈で面白みのない、息苦しい生活。無彩色の世界に紛れ込んでしまったような感覚。
でも、君が景色を、僕を、変えてくれた。灰色だった世界は、硝子が透き通るような輝きを放った。無色だけど、濁りはなく、どこまでも澄み渡っていく。向こう側の景色が見える。光が見える。例えこの世界に色が存在しなくても、ちゃんと美しいのだと、そう思えた。
お題【無色の世界】
何をやってもダメな自分が嫌いだ。何で自分はこんなにもできないのかとたまらなく苦しくなる。
それでも、誰かに認めてもらいたい、必要とされたいと願う。でもやっぱりうまくいかなくてひどく落ち込む。そんな自分がとてつもなく馬鹿に思えてきて、また嫌いになる。
誰かを羨ましく思い、憧れ、そして妬む。なんて自分勝手で小さな人間なんだろう。周りの笑顔を見ると、自分だけ取り残されている気がして、孤独を感じる。自分と周りの人は違うんだと、物事を卑屈にしか考えられなくなる。景色が灰色に見える。寂しくて、苦しくて、どうすればいいのかわからなくて、誰にも見られないように何度も涙を流す。自分を可哀想な人間に仕立て上げて、世界を恨む。どんどんがんじがらめになって、心にぽっかりと穴が空いたようになる。腹の奥底に黒い何かが蠢いているような気がして、息苦しさを感じる。結局自分はそんな考えしかできないんだと、ときより嘲笑う。そしてひどく無力感に苛まれる。毎日毎日これの繰り返し。最初はもっと単純な感情だったのに、どんどん複雑になる。この苦しみは何というのか──心の穴を埋めたくて、意味もなくもがいているうちに、忘れてしまったようだ。もう、何もかもどうでもいい。
お題【言葉にできない】