彼女が泣いていた
好きな人に振られたんだとさ
振られてから、三日三晩泣き続けてるらしい
涙が頬を伝い
肩をヒクヒクさせながら、泣き続ける彼女
俺は、言い出せなかった
「俺は、君の事、悲しませたりしないよ」と
ー言い出せなかった「」ー
部屋を掃除してたら
古いブックたちが目に止まった
『何だろう?
冊子がないから、本ではなさそうだし……』
気になり、古びた1冊に手を伸ばした
ホコリを払い、よく見ると、表紙もなかった
『何だろう……
表紙もないって、なんだか気になる……』
好奇心を押さえきれず
掃除もそっちのけで、とうとう表紙をめくった
見慣れない景色の写真が、びっしりと貼られている
『これ……誰だろう……?』
その中に、見慣れない人を発見した
まだ若い大人の男女が写り
何度か楽しそうな表情を浮かべている
「キョウコ?
なんだか静かだけど、部屋の掃除は終わったの?」
ハッとした
『この写真の顔、なんだか母に似てる……』
「それがねー!
古いアルバムみたいなのを見つけて、見入ってたのー!
海の写真に写ってるの、これ、お母さん?」
1階にいる母に聞こえるよう、大声で叫んだ
「えー?聞こえないー!
今、行くからー!」
2階に来た母は、煌びやかな微笑みを浮かべて近づき
古びたアルバムの前に屈み込んだ
「これは、母さんと父さんが
初めてデートした時の写真よ?
懐かしいわぁ~
こんなところにあったのね
きっと、父さんが大事に閉まっていたのよ
貴女の父さん、
景色を撮るのが、とても好きな人だったからね」
と、母は若かりし頃を懐かしむように、ページをめくる
海や川、空に山、湖に草花、木々の姿も……
父が、大自然に魅了されていたのが
古びたアルバムをめくる度に、徐々に滲み出してくる
「父さん、本当に大自然が好きなんだね
なんで今は、写真を撮らなくなったの?」
と、母に訪ねると
「それは、貴女とメイが産まれて、
仕事に育児に忙しくなったからよ
大自然は、家の近所にはないからね
まだ幼い貴女たちを連れていくわけにも行かないし……
とても危険な場所を通り抜けないと、
大自然には行き着けられないらしいのよ……」
と、母はがっかりしたように話した
「ってことは、母さんは、
父と大自然を探検に行ったことないの?」
母は困った顔をしている
「言ったわ
私も連れてって欲しいと
けど、大事な人を、危険に晒すわけにはいかないからって
連れてって貰えなかったの」
と、残念がっていた
母をも連れて行けないほど、過酷な大自然──
アルバムに映る景色は雄大で、どれも優しさに溢れているのに
そんな過酷な背景を潜り抜けて、撮影していたなんて……
私は、言葉を失うと共に
まだ若かりし頃の父が撮影したアルバムをめくりつつ
つかの間の間、写真の景色に魅了されるのだった
ーページをめくるー
砂浜に脱ぎ捨てられたままのビーチサンダル
日中に脱ぎ捨て、夕暮れまで過ごしてたのか
持ち主の姿は、どこにも見当たらない
波は相変わらずザー、ザバァーと打ち寄せては引き寄せ
ビーチサンダルを浚おうとするが、なかなか届かない
時が過ぎて、潮が満ちても
ビーチサンダルは、砂浜に置き去りにされたまま
片方のサンダルが風で飛ばされ、徐々に放れていった
それでも、持ち主の姿は見当たらない
置き忘れて帰ったのか、それとも──
ビーチサンダルは置き去りにされたまま
初秋を迎えようとしていた
◇─◇─◇
「あったー!来てぇ~!」
麦わら帽子に、長袖を羽織った、幼い女の子が
靴を履いて、駆けてきた
「サンダル、片方しかない……」
シクシクと涙を流しては、頬にこぼれた涙を、手で拭い
見当たらぬもう片方のサンダルを、テクテク、テクテク
あっちへ、こっちへと足を運び、懸命に探す
「本当に、ここで脱いだの?」
母らしき姿の女性が、まだ幼い女の子の目線まで屈み
辺りを懸命に見回す
どこに行ったのだろう……
「また、買えばいいじゃない
今日はこの辺にして、ばあばん家から、お家に帰ろう?」
「お気に入りの、ピンクのサンダル……
あれがいいの……」
女の子は、グスングスン泣き、手で流れ落ちる涙を擦りながら
テクテク、テクテク、砂浜をあっちへ、こっちへ
歩いて、歩いて、探し回った
時は過ぎ、更に肌寒い風が吹き始めた
空が紅葉色に輝き出す
二人の顔が赤く日に焼けても
もう片方の小さくピンク色した花柄ビーチサンダルを
暗くなるまで、懸命に探し続けていた
ー夏の忘れ物を探しにー
日暮蝉も鳴き止んだ、真夏の終わり
猛暑は続くが、夕陽が沈む頃は、秋の虫が鳴き始め
リーンと鈴虫の鳴き声に
コロコロとコオロギの音色も重なって
スイーッチョンとウマオイも追いかけ、初秋を感じる
外では、湿気の少ない心地いい涼しい風が肌を掠め
猛暑疲れからか、眠気でウトウト
ああ、秋の足音が、直ぐ近くまで迫っているんだ
真夏の終わりを告げる夕焼け空を
1人、染々と空を仰ぐ
秋の涼しさが、いつまでも続けばいいのに……と
真夏の終わりを、噛み締めるのだった
ー8月31日、午後5時ー
幼き日々、帰りがけに遊ぶことを禁止されていた私は、毎日毎日1人で帰っていた
他に人は見当たらない、車も通らない……
学校はつまらず、一緒に語り合える友達も少なくなった
そんな覇気のない寂しさから、最初は道ばかりを見て帰っていた
夕焼けに照らされた赤く燃える山々や、四季折々の風に靡く田んぼに生えた草花の綺麗な景色に、心撃たれてからは、寂しさを感じてた日々も楽しく思えるようになった
けど、周りの状況は日々悪化
毎日のように繰り返される祖父母と親との喧嘩を、どうにか食い止めようと仲裁に入った
火に油状態どころか、『子供が入ってくるもんじゃない‼』と、怒られ殴られ摘まみ出され、とばっちりを受ける始末
物が飛び交う日が続いても、親の面子を潰すまいと誰にも話せない日が続いて、嫌な思いを抱えたまま過ごしていていた
四季折々移り変わる、赤やピンクや黄色に染まった色鮮やかな夕焼けに照らされた田んぼ
何事にも動じないドンと聳え立つ山々
体全体を優しく包み込む風を感じ取る度に、心が浄化されて心と体が軽くなり、心晴れやかになる思いを感じ取った
まるで、大自然から『大丈夫だよ』と抱き締められたかのように
それからは『1人じゃない、自然が味方してくれてるから怖くない』と元気が漲って確信に変わり、日々を楽しく過ごすことが出来るようになった
日々状況は悪化してく一方で、心から語り合える友達はいなくなり、表面だけで付き合う事が多くなったけど──
唯一色褪せない夕焼けの綺麗な景色だけは、いつも心に癒しを与えてくれた
そんな思い出が、心の中の風景として深く根付き、今も心の支えとなっている
ー心の中の風景はー