星乃威月

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「カナ──ッ‼」


薄暗い廃墟と化したビルの上


真夏とは思えない、

冷たい風が吹き付ける、屋上の縁


俺の目の前で、カナの姿は突然と消えた


一瞬の出来事だった


「ケイゴ──ッ!」


彼女の悲痛な声が、

ビルとビルの隙間から、虚しく響き渡る


遠く遠く、遠退きながら


俺は、急いで、錆び付いた手すりに駆け寄り、

1階のビルの外へと、暗い階段を駆け降りていった


無事でいてくれ!


と、強く念じながら……


◇─◇─◇


彼女と俺は、恋仲だった


あの日までは……


「へへっ、へ~♪

 お前に、彼女を守る力は、あるのか~?

 返して欲しければ、跪くんだな!」


太陽の光に反射して、

キラキラと光るナイフをチラつかせ、

彼女の頬に押し当てている、謎の黒尽くめの男


「お前は、誰だ⁉

 何て事をするんだ!

 彼女を、早く放せ‼

 用があるなら、俺だけにしろ‼」


無意識に、全身に力が漲る


歯が食い縛る


吸う空気は、

空気が張りつめたかのように、冷たかった


彼女の頬からは、真っ赤なしずくが滴り落ちる


白いブラウスが、点々と赤く染まっていった


「お前には、関係ねぇーよっ!

 用があるのは、この女だけだ

 この御曹司の嬢ちゃんなら

 幾らでも金をせびれるからな!」


男は、ニヤリと顔を歪め、

尚も、彼女の頬に、強くナイフを押し当てる


次第に、彼女の頬は裂け始め、

真っ赤な血が、ポタポタと床へ滴り落ちていった


「これ以上は、やめろ!

 彼女に、手を出すな!」


俺が懸命に叫べば叫ぶほど、

男は、ニタニタと笑みを浮かべる


「だったら、どーする?

 彼女が困るよな~ぁ?悲しむよな~ぁ⁉」


男はニヤニヤと笑みを浮かべながら、

押し当てたナイフを、

下へ下へとスライドさせていった……


「ヤダッ!

 やめて──っ‼」


彼女が叫んだ瞬間、

俺の意識は飛び、

体が勝手に動いていた


〝ドゴッ‼〟


凄まじく鈍い音が、耳元に響く


手には生温かい感触が……

次第に、全身には激しい痛みが走っていった


「ウゴッ‼」

「ゲホッ‼」


ほぼ同時に、

二人は、声にもならぬ呻き声を上げていた


「ケイゴッ‼」


彼女の、悲鳴にも似た、叫び声


ウルウルと涙ぐむ視線の先には、

真っ赤な血が、見渡す限りに飛び散っていた


気が付けば俺は、

男の顔面が変形するほどの威力で殴りつけ、

男は、俺の腹を目掛けて、ナイフを突き刺していた


「イヤ──ッ‼」


目を覆う彼女の悲痛な悲鳴は、

晴れ渡った青空に響き渡った


「ケイゴ!ケイゴッ‼

 しっかりして、ケイゴ──ッ‼」


なぜか、俺の意識は、ハッキリしていた


男を見れば、ピクリとも動かない


気絶しているのか……?


「カ……ナ……?

 俺なら、大丈夫……平気だ……

 それより、今の内に、こっちへ……」


彼女の涙ぐむ顔


ホッとした安堵の顔が、

張りつめていた心を、僅かながらに和ませた


「ケイゴ……!

 良かった、本当に、良かった!

 死んだかと思っちゃったよ~ぉ」


彼女のいつもの声に、久々に緊張が解れる


ナイフは今も刺さったままだが、

彼女は駆け寄り、首を強く抱き締めた


「良かった!良かったよ~ぉ」


流れ落ちる涙は、温かく

俺の心までも溶かしてゆく……


事が終わったかのように思えた


「この……野郎が──っ‼」


男の喚き叫ぶ声が、木霊した


物音で気が付いたのか、

顔面が変形しても尚、

ふらつきながら、フフフと不気味に笑っている


今まで俺に抱きついていた彼女を、

力ずくで奪い取った


「イヤッ‼

 放して!この変態っ‼」


彼女は抵抗し、無理やり引き寄せる男の腕を、

力ずくでポコポコと殴り付けるが、

女性の弱い力だ、びくともしない


「弱っちい、弱っちい!

 何のこれしき

 蚊でも、当たったか~ぁ?ハハッ‼」


男は、ヨロヨロとした足取りで、

俺と目を合わせたまま、古びたビルの縁に足を掛けた


「おい!お前も上がれ!

 また、痛い目にあいたいか~ぁ?アーハハハッ‼」


彼女は、嫌だ、嫌だと抵抗しながらも、

渋々、男に従う


古びたビルの縁に佇む二人を、

風は、容赦なく吹き付けた


高層ビルの上

廃墟と化した今でも、

高々と聳え立つ恐怖は、健在していた


二人の足元は、

風に煽られ、ヨロヨロと揺らめいている


「これでも、彼女が惜しいかぁ?」


男は、ニヤッと笑みを浮かべると

何もない、青空が迫る後ろへと、仰け反ってみせた


「まさかっ‼」


俺は必死に駆け寄ろうとするが、間に合わない


彼女は懸命に堪えようとするが、大の男の重さだ

耐えられるはずもなく、力尽きる


彼女もまた、男と共に仰け反り、

古びたビルの縁から、足を滑らせた


「イヤ──ッ‼

 ケイゴッ!ケイゴ──ッ‼」


◇─◇─◇


悲痛に泣き叫ぶ、彼女の呼び止める声……

その声を聞きながら、俺はまた、時を遡る


彼女の命を、救い出すまでは……

絶対に、諦めはしないからっ‼




ーTrue Love ー

7/24/2025, 9:18:55 AM