星乃威月

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《過去へ行クニハ、ソレナリノ代償ガ伴イマス
 ソレデモ、貴方ハ、過去へ行クトイウノデスカ?》

機械音のような電子音にも似た声が、頭に響き渡る

「それでも構わない、やってくれ」

《承知イタシマシタ……
 只今、2025年7月25日18時59分59秒ノ日時ヲ持ッテ、以降へノ未来二ハ、行ケマセン
 代償ハ、肉体ノ崩壊
 何度、過去へ戻ロウトモ、肉体ハ常に滅ビ続ケマス
 ソレヲ、オ忘レナク》

棒読みにも似た電子音は、言葉を言い残し、ブツッと消えた
途端に、手足と銅を金属片で拘束され、身動きがとれなくなる

「うあっ!!!」

両腕、両足には、図太い延長注射器で、青緑色の液体を、無理矢理注入されていた
全身に走る激痛のあまりの痛さに、目を見開く

「イダッ‼
 何なんだ、これはっ!」

頭には、何千本もの電磁機器を付けられ、目の前の映像が上下にグルグルと回っていく
目が回り、思考が遥か遠くへ持っていかれそうな感覚に襲われ、意識が遥か彼方へと持っていかれた

「お……俺は……いったい……」

◇─◇─◇

〝ブォウン……ッ〟

ロープが引っ張られるような音がして、気が付いた

「た、立ってる!」

多少ユラユラ揺らめいていたが、バランスを保って立てていた

「良かった……
 意識は……どうにか、持ち堪えたようだな……」

手足に注入された薬の影響が心配だったが、なんとか無事のようだ
ふと気づいた

歩けるか……?

1歩、また1歩と、足を前に踏み出す
とりあえず、バランスを崩さずに歩けるようだ
ホッと胸を撫で下ろし、ひと安心する

「あ、歩けた……
 良かった、体も無事のようだな……」

辺りを見回すと、青々とした山々が聳え、肌色の砂浜、のどかな青い海、晴れ渡った青空が広がっていた
見慣れない景色だが、どこか日本に似た地形をしている

「ここは……?」

暫く、海を眺め、ボーッと物思いに佇んでいた

しかし、ここはどこなのか、何のために来たのか、俺は誰なのか……?

何度繰り返し考えてみても、全く思い出せない
思い出そうとすればするほど、霧となった濃霧に阻まれ、また同じ考えの繰り返し……
これでは、埒が明かなかった

「このまま、時だけが過ぎ去って行くのか……?」

やり場のない思いに駆られ、一人座り込んで、ボーッと海を眺めていた
遠くの方から、キャッキャとはしゃぐ子供の声が聞こえてくる

「話す言語から察しても、やはり、日本か……」

ホッと胸を撫で下ろす
服以外は、何も持っていない
もし、これが海外だったら、言葉が通じず、路頭に迷い込んでいただろう……
そう思い込んでいた時だった

「おじちゃん!何してるの?」

複数いる子供の内の一人が、声をかけて来た
麦わら帽子に、虫取網、胸には虫籠をぶら下げている

「ブフッ!」

海辺とは思えない格好に、思わず吹き出し笑いをしてしまった
困ったように顔をしかめる子供
徐々に泣き出しそうな顔へと変わっていった

「ママ~!おじさんに笑われた~」

ワンワンと泣き叫びながら、子供の駆け寄る先には、白いワンピースに身を包んだ、一人の若い女性が
しゃがみこみ、駆け寄る子供の頭を、優しく撫でている

「ケンタ?
 海に来ても、虫さんはいませんよ?
 その格好を見て、おじさんは笑ったの
 海では、貝拾いをしたり、砂浜で砂遊びをしたり、海で泳ぐものよ?
 今度からは、気を付けましょうね」

と、優しく宥めていた

「あの、白のワンピース、ケンタって名前……
 どこかで見覚えが……聞き覚えもあるような……
 ……ん?待てよ、ケンタって……っ!」

頭の中で、謎めいていた点と点が繋がったように、ハッとした

「まさか!俺の、幼き頃の記憶か!」

そうだ、俺の名前はケンタ
幼き頃、俺は、母を病気で亡くしていた
母の病名は、確か……膵臓癌のステージIV、末期癌だった
気が付いた時には、既に進行が進み、多臓器に癌が転移してて、手の施しようのない状態だと、主治医から告げられていたっけ……?

母を失ってからは、父親の手1つで育てられてきた
母を亡くした悲しみは、大人になっても未だに癒えず
学生の頃は、母親がいる家庭が羨ましくて、母に似た姿を見かける度に、母に甘えられなかった物悲しかった思い出を、今でも覚えている

「かあ……さん……」

思い出すだけで、涙が溢れる

呼び掛けたい、駆け寄りたい……
駆け寄って、抱き締めて、俺も『ケンタ』だよと、伝えたい……

けど、そんなことをして、いったい何になると言うんだ?
ただ、母親と、その子供を、困らせるだけではないのか……?

一瞬、そんな考えが、頭の中を横切った

「貴方は、どちら様でしょうか?
 どこかで見かけたような顔をしておりますが、お知り合いですか?」

懐かしき声……

突然、こちらに身を向けた母が、話しかけてきた

どうする⁉どうすれば良い⁉
このまま気付かれては、恐怖に怯え、母子共々、逃げ去ってしまうだろう
これでは、過去へ来た意味がない!

「お、俺は……!」

言葉に詰まった
何と返したら、母子に不信感を与えず、この場を丸く済ませる事ができるだろうか?
考えても考えても、頭の中は濃い霧に包まれ、アイデアなんか思い付きもしなかった

「……俺は……」

心臓が高鳴る、緊張で汗が溢れる
困った表情を浮かべる俺を見て、母は察したように言葉を発した

「まさか……記憶喪失ですか?
 このご時世で居るなんて、大変ね……」

と、俺の顔を心配そうに見つめている

良かった……
同じ血を分けた人間だと知られたら、さすがにヤバイと思ったが、そこまでは悟られなかったらしい……

高鳴ってた胸を撫で下ろし、俺は久々に息を吸った

「顔色が悪いわよ?
 良かったら、家で涼まない?
 ここから近いのよ、そう大して遠くはないわ」

微笑む母の顔
久々に見る母の顔は、とても美しく、つい見とれてしまうほどっだった

「写真とは、比べ物にならないな……」

つい、本音がポロリと出てしまった

「何か、おっしゃいましたか?」

その言葉に、ハッとした

そうだ、ここでの世界では、母はまだ生きている
無闇に言葉に発したら、全て伝わってしまうのだ
口を慎まなければ……!

俺は、気を引き締め、言葉を続けた

「い、いえ……何も……
 え、えっと……見ず知らずの人を家に招いて、大丈夫なのですか?
 突然だし、誰かが困るのでは……?」

俺は、父の事を心配した

心配性の父だ
何かあったら、一目散に駆けてくるだろう……
父と似た顔を見たら、母も子供たちも、どんな思いをするだろう……

気が気ではなかった

「そんな、気にしないで
 主人は今、長い単身赴任で、家にいないの
 ちょうど部屋が空いていますし、困ることはないわ」

「ですが……見知らぬ異性ですよ?
 子供たちも、困るでしょうし……」

子供に顔がばれたら、一貫の終わりだ……
そう痛感した時だった

「子供たちは、父の顔を覚えてはいないわ
 夜遅くまで働いて、朝早くに出掛ける
 そんな生活を繰り返してる内に、父を『親戚のおじさん』だと勘違いするようになってしまってね
 困ったものですわ、本当に……」

クスクスと笑って見せる母

そっか、確かに……

父と顔を合わすようになったのは、母の死が切っ掛けだった
この地には、親戚も身よりもなかったから、母の死は、父にとって、とても大きかっただろう

家のことも、家族のことも、母の病気のことだって、何も知らなかった父
母代わりを強いられたその気苦労を想像すれば、心がズキッと傷んだ
したくて担った責任じゃないのに、父は俺の事を、どう思って育ててきたのだろう……

考えただけで、心は縛られる思いだった

「それに……あなたは、行く宛はあるの?
 宛があるなら、既に動き出してても、いい頃よね?」

母は、クスッと笑って見せた

心優しい母
そんな母が、この世から亡くなってしまうなんて……

「……あっ!あの!」

思わず呼び止めてしまった
声に振り返る母の笑顔に、言葉が詰まる

何て返したらいい……?

「何か用?
 話なら、家の中で聞くわ
 外は暑いでしょ?
 着いてきて」

◇─◇─◇

困る俺をさておいて、母は子供たちを連れて、家へと案内していった
海沿いの道を抜け、森の中へと入る
吹き抜ける涼しい風、そよぐ木々からの木漏れ日、聞き慣れた蝉の声、鳥の声、見慣れた虫たちの姿……
俺は、こんなに自然豊かな屋敷に住んでいたのか!と、ハッとさせられた

「ここが玄関よ?
 分かりづらい所で、本当に申し訳ないわね
 暫くは、裏の部屋から出入りしていいから」

と、意味深めな言葉を、母は発した

「それって……」

「父の親戚かしらね?
 貴方の顔、似てるのよ、家の主人と
 ばったり近所の人と出くわしたら、貴方が大変でしょ?」

と、母は何かを見透かしたように話す

「そ……そうですね……
 わざわざ、お気遣い、本当に申し訳ありません
 有難う御座います
 何てお礼をすればいいのやら……」

「礼なんて、良いのよ
 貴方が元気でさえいてくれれば、私は嬉しいから」

と、再び微笑む

笑顔が素敵な母、気の効く母、人思いな母……
そんな母が、なぜ、一人先に逝かねばならなかったのか?
俺は、不思議でならなかった

◇─◇─◇

『ねぇ……なんでよぉ……
 何で母さんは、いなくなったのぉ?
 ねぇ、なんでよぉ……』

泣いてせがんでも、亡くなった母の話をしなかった父
涙を堪え、いつもツラそうに啜り泣く姿を、何度も見てきた

いつからか、俺も母の話をしなくなった
父を悲しませたくない、これ以上悲しむのは、真っ平ごめんだと

何もかもかもが嫌になり、家を飛び出した時もあった、夜遅くまで帰らない時もあった
それでも、帰る度に、暖かく迎え入れてくれた父
俺には、父の気持ちを、何も察することができずにいた

なぜ、母は死んでしまったのか?
防ぎようは、なかったのか?
父は、なぜ母の死を話さず、涙を拭いつづけていたのだろうか?

俺は、その謎を解明するまでは、帰れないと思った
例え未来が変わろうとも、俺自身が消えようとも……

母を、救いたい!

その気持ちが、勝っていった




ーもしも過去へと行けるならー

7/25/2025, 9:16:36 AM