【夢じゃない】
核シェルターから外へ久しぶりに出たらそこは地獄だった。
大都会は塵と火の海と化し、あちこちで人々の叫び声、うめき声が聞こえてくる。
低濃度ガスマスク越しでも焼け付くような熱が伝わる。
無数の瓦礫で覆われた地上を踏むたび、不自然な段差が全身に響く。
それは化け物に一晩で滅ぼされたゲームの中の町のようだった。
まぶたを閉じても熱風と人々の嘆きをシャットアウトできない。
ほっぺを摘んでも小さな痛覚が伝わる。
分かることはひとつだった。
ようやく世界は滅んだ。
火星団体の食料補給テントが地上の唯一の食料補給所だった。
ここの核シェルターはもう僕しかいない。
最後の食料補給から数日が経ったのだろう、
棚にわずかに残った5個のトマト缶を眺め、次の未来を想像した。結果は同じ。
埃のついたラジオのノイズ同然の音からわずかに分かることは、周辺が爆散した原因は金星からの人工生命体による先制攻撃なこと。
文化侵略。大量生産。人工生命体。
ラジオ。文字。芸術。
倉庫から一つの片面印刷のプリントとペンを見つけ、裏面に今の心情を書いている。
今や僕しか周辺の生き残りはいない。
最期のタスクは本能でわかってる。
映像と音声をつけた多次元チェキをクリップにつけ、今にすぐ噛みついてもおかしくないそれと向き合いながら執筆を行う。
なぜだ。
芸術を与えられた人類の最後の役割は、芸術で悲劇を記録し後世に残すこと。それなのに涙で文字が見えない。ペンが落ちる音がした。武者震いがする。
トマト缶は4個になった
それはゲームにおける
残機?、ライフ?
今すぐにもメンテナンスがはいって
あの火の海をなくしてくれないか
これはバグだ
てれびをたたけ
アザがふえた
いたい
とまとか
おいしいです
夢じゃない
夢です
夢じゃない
夢です
夢じゃない
夢です
夢じゃない
夢です
夢です
夢です
夢です
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢
夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢艹
…インク切れた。
そうだ。
ガスマスクとればいいんだ。
【夢じゃない】
【心の羅針盤】
一人は自身を「スーパーです」と言った。
一人は自身を「スーパーじゃない」と言った。
作詞作曲、さらには編曲を手掛け、ボーカルを身一つで行う、手に届かない領域なんてない無敵感。
そのカリスマ性で軽音部員、そして観客のテンションを高めていた。
一方は、
リーダーや裏方、部活の運営を一人で行う、社会のすべてを裏で仕切る者みたいな無敵感。
しかしそれを自信満々げに赤の他人に言うことはなかった。
天才が2日で作成した編曲済wavデータ。
天才が1日で作成したライブステージ。
その土台の上で演奏をする毎日。
絶対的自信。
絶対的謙虚。
軽音部の単なるベーシストの一人としかなかった僕にとって、その二人は理解の埒外。
部室に容赦なく移るのは、
才能の世界が持つ圧倒的な完成度と、
無報酬の上に成り立つ一般人たちと、
なにか得体の知れない温度。
そして、それは確かにいつも軽音部内の空気を和やかにしている。
羨望なのか、焦燥なのか、名前のない感情が
静かに自分を蝕んでいく。
「一種のヒエラルキーに耐えられない」
なんて理由の仮置き的ラベルを貼って、
僕はまるで何も知らない他人のようにベースの弦に指を触れていた。
テストの点数はいつも平均点以下。
最近だって成績評価で2を取った。
運動はあまり得意ではなく、
では芸術分野でも才能はなく、
上位的人間の下位互換、つまり
ただの木偶の坊として死を待つのみ。
「スーパー」とは無縁。
つまり、中途半端。
それに気づいた日、気づくと「それら」に蓄積された悩みを「それら」に僕の声という音でぶちまけていた。
謙虚が顔から漏れ出るような表情筋のかすかな動きも、心臓音もよく聞こえた。
「無理はしちゃうけど…自分の周りをよく見てくださいよ。」
「…周りですか?」
大量の煌めく楽器、精密機械。装飾として、窓から小さな黄昏の光が差し込んでいる。自分のリュックをみても、黒のケースが倒れていることしか分からない。
「あるじゃないですか、ベースが。」
「よかったら、弾いてください。」
唐突な命令に返答を返せない。黒のケースのチャックを外すと、なじみのあるベースが目に飛び込んでくる。
とりあえず、昨日覚えたコードを可視化するため、がむしゃらに弦を触れ、演奏した。自分がミスをしているかは気にせず。
相談してから徹頭徹尾、謙虚の天才は笑顔だった。
「…彼方からの低音、今日もこの時間にベーシストいるんだねぇ」
コーヒーを片手にドアの奥から自信の天才が歩いてきた。
秀才二人。単なるベースの使い手。
…
なぜだろう、低音なのに、ゾーンに入ってる気がする。天才が二人みているっているのに。緊張しているはずなのに。次第に音だけに焦点がいき、視界がぼやけてきた。
拙くも、世界が自分に漂着している。
しばらくして自分の脳は演奏に満足したらしい。
すると視界がぱぁと鮮明に開くと、目の前にいる観客は笑顔で見ているのが分かった。以前より窓から漏れ出るオレンジの光は強くなっていた。
「…君、部員のなかで一番早くきて、2ヶ月後の文化祭でやる曲の練習してるよねぇ」
あのとき。
「だから助かってるよ。…私ベース弾けないから」
「え、なんでもできるんじゃないんですか?」
「え?私だってできないことの一つや二つあるさ」
「私も裏方ばっかで楽器とか弾けませんし。」
始めて天才に人間味を感じた。
温かみを感じる。ベースに溜まった熱気ではない、もっと、心の奥深くまで伝わってくる。
そうして、無数の手垢のついた大切なものをケースに大事にしまい、帰路についた。
その古びた楽器は、僕の羅針盤になっていく。
【心の羅針盤】
【泡になりたい】
シャボン玉が好きだ。
青色の吹き具を口に当てて、息を吹きかけるだけで、無数の丸い泡が無邪気に空へ流れ出るのだから。
僕はそれに世界が進む気分を乗せた。
今日も、
玄関のピンポン。
君がきた。
今日も、
猛暑、紫外線…としつこいくらいに注意を知らせるテレビをつけっぱにして、書きかけの宿題をテーブルに乱雑にして、緑側で。
「私もあの泡みたいになれるかな?」
「…なれるよ。僕もそうなりたいな。」
空で縦横無尽に駆け巡るシャボン玉の舞に、
肌が焦げる不快感を忘れさせられる。
セミの音。
自然。
そして、未来の僕たちを重ねた。
互いに社会人になってから二人きりでいられる回数はパタリとなくなった。
青色の吹き具は、玄関に置いたまま。
友人を自宅に誘ったとき
玄関になぜ、吹き具を置いているのかよく尋ねられる。
「ノスタルジーというか、わからない。」
まるで何かあるかのように。
しかしそれが一種の御守りになっていた。
君が交通事故で他界したのはあれから2年後のことだった。
ただ、緑側で外を眺めていた。
隣人の庭からか、シャボン玉が流れている。
玄関に置いていた
液の跡が乾いてこびりついて古びている吹き具を、
口につける。
今から僕もなるよ。
【泡になりたい】
「ただいま、夏。」
山積みの参考書。
使い古されたノート。
そして、お母様が書いた「大学合格!」の張り紙。
自分を掘り起こしてみたら、行楽地に行った記憶がない。それどころか、友達と遊んだ記憶がない。
そんな煩悩の素振りを、見せた。
勉強してるときにもアザだらけ、絆創膏だらけの腕が視野に移る。
窓には暑苦しく遊ぶ子ども二人と穏やかそうな女の人がいた。
セミの騒音も、あの入道雲も
単なる造形物。
大学には受かった。
お母様は笑顔の一欠片も見せない。
首席で卒業した。
大学でよかったことなんてない。
アニメ?マンガ?
まるで刑務所から10年越しに外の世界に降ろされた囚人のようだった。
いつの間にか世界に疎開されていた。
刃物。
なぜか人がキッチンで寝転がっている。
しばらくして、正体が分かった。
気がついた頃には母はバタリと静かになった。
その日から母の声を聞かなくなった。
ミンミンセミが大きく鳴いている。
嘘みたいに煌めいた明清色の空間に
豪快に魅せる入道雲。
アツい。
この形容詞は暑いとも
「熱い」とも言えた。
いつもすっからかんのポストにチラシが挟んであった。
どうやら今週末、近くの遊園地でお祭りがあるらしい。
ああ。
夏が来た。
ようやく僕のところにも。
ぬるい炭酸と無口の君
真昼。
セミの合唱の下で、君とボールを取り合っていた。
体育館の舞台上のコーラが練習風景を眺めている。
それが僕の両親となる日を部活の到達点として。
自動販売機の前で、
君が選んでくれたコーラ。
缶の冷たさが皮膚に伝わった。
互いに言葉はなかった。
が、そよ風の静かな音と感覚が二人を包み込んだ。
そのときに視野に移ったスマホの時計から何分経ったのかわからない。
夜になってた。
コーラはぬるかった。
君は笑ってる。
僕も笑った。
ふたつのコーラは空っぽだ。