茉莉花

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6/16/2025, 10:52:59 AM

あぁ、此処だ。
記憶を辿って行き着いた場所は、あの頃とは全く異なっていた。それでも自分は、覚えている。あの頃此処で交わした言葉も、夢も、愛も。
そう…今はこうなっているのね。
『もう、いいわ。行きましょう』
軽やかに告げて、彼女は思い出に背を向ける。
そしてまた一歩、前へ。

4/19/2025, 7:33:33 AM

僕は記憶喪失だ。

中学一年生の時に遭った大きな事故がキッカケで、それ以前の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまった。
自分の名前も、両親の顔も、何も思い出せなくなって、僕はふいに自分が異星に放り込まれたような、そんな空虚を感じた。
両親だという人に会っても、家というところに行っても、いろんな人から『僕』の名前を呼ばれても、少しもそれが『自分のものだ』という実感はわかず、むしろ全く知らない人に馴れ馴れしくされるのが、哀れみの視線を向けられるのが、悍ましくてしょうがない。

『僕』は地頭が良いらしく、とりたて苦労することなく高校にも合格した。
高校生になって、新しいクラスメイトができて……さして変化のない日常にも、もう慣れしまった。
きっと僕は、これからも借り物の体に借り物の名前で借り物の人生を生きていくんだろうな。
そう、思っていた。

「ねぇ、そこの君」
廊下を歩いていた時、ふいに声をかけられた。
「…何かご用ですか?」
声の主は才色兼備の優等生、としてちょっとした知名度のある女子生徒だった。しかし、中学校のクラスメイトでもなく、いわば『赤の他人』のはずだ。少なくとも、僕にとっては。
「ああ。君に提案があってね」
自信をたたえた瞳を細めて彼女は続けた。

「私と一緒に、生徒会長を目指さないか?」
「…は?」


この日が僕らの物語の始まりだった。

僕の物語のプロローグの。


そして、彼女の物語の、クライマックスの――――

3/25/2025, 11:49:14 AM

天を舞う貴方を見た。

でも、纏う服の色も、眼差しも、雰囲気も何もかも異なっていた。それでも、魂が告げていた―――「あの人だ」と。

生きていた。半月、行方の知れなかったあの人が。

それだけで充分だった。


『記憶を失ってしまったのではないでしょうか』

それが何だ。

『そこに、あのような洗脳を……』

それが何だ。
それが、あの人を諦める理由になるのか?

たとえ自分のことを覚えていなくても。
自分のことを敵だと思い込まされていても。
貴方が貴方であることは変わらないのだから。

3/22/2025, 12:09:55 AM

蝉の声。真っ青な空と積乱雲。
乾いた空気が頬をなでるなか、坂道を登っていた。

「ごめんねー手伝ってもらっちゃって」

へらりと笑って言う。今日は坂の上にある彼女の家に、荷物を取りに行くところだった。

「いいよ全然。運ぶのって、絵の具だっけ?」
「うん。キャンバスとイーゼルはあたしが持つから、桜は絵の具、頼むね」
「りょーかい、お任せください♡」

おどけた調子で二人は歩く。
坂はまだ続く。蝉の声がする。

「あ、そういえば」
「ん?」
「抹茶アイス、あるけど食べる?」
「食べる!」

じゃあ家に着いてからだね、と返ってきた。

「そういえば、カエちゃん好きだったよねー抹茶味」
「楓?あー好きだったね。絶対チョコ好きそうな顔してるのに」
「ねー!けっこう意外だったなー」

かつてはこの道も3人で歩いた。
うだるような暑さの日、抹茶味のアイスがあると告げると、彼女は大袈裟に喜んでみせたのだった。

「なんか、懐かしいね」
「…うん」

丘を登りきって息をつく。見下ろす景色は何ひとつ変わっていなかった。

3/17/2025, 11:02:01 PM

叶わない夢なんてないよ、と彼女は言った。

「頑張れば必ず叶う、っていうのはさすがに綺麗事だと思うけど…でも諦めなければ、形は変わったとしても夢は叶うよ。少なくとも私は、そう信じてる」

――――叶えたい夢があるって、素敵だね。わたしには、そういうのないし……

「じゃあまず『探す』のを頑張らないとだね〜」

ころころと可笑しそうに笑って、それから真っ直ぐにこちらを見つめて微笑む。

「大丈夫だよ。夢って難しいけどさ、ある日突然ぱっと思いついちゃうものだよ、意外と」







夢を見ていた。
懐かしい、いつかの記憶の再上映。

(あぁ、もう少しあの夢の中に居たかったな…)

まどろみの中で親友の言葉を思い出す。

(叶わない夢なんてない…か。そうだね)

――――諦めずに、頑張らなくっちゃね。


大きく息を吸い込むと、朝の香りがした。
今日も1日が始まる。

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