セーター
律はブルーがよく似合うと思う。
なかでも似合うのは鮮やかなくすみのない青色だ。
じゃあ律が雲一つない真夏の青空のようなすっきりした人間かといえば、全く違う。
過ぎたことをくよくよとひきずるちょっと面倒な性格だ。
今も、さっきの店員への態度はそっけなかったのではないか、次にお店にいったらあのそっけない客が来たと思われるのではないか、と悩んでいるところだ。
私からみれば十分フレンドリーな客だったと思うのだけれど、言ったところで聞きやしない。気が弱いけれど頑固なのだ。
次に行くときはこれ着ていきなよ、と紙袋を押しつける。
ラッピングもなにもないただの茶色い袋だ。
律は受け取ると不思議そうな顔で袋を開ける。なかから鮮やかなブルーのセーターが現れた。
律はセーターを体に当ててみる。うん、やっぱり似合う。
派手すぎないか、と律は言う。
言うと思った。だがこればかりは譲れない。誰がなんといおうと律はこの色が似合うのだ。
派手じゃないしとても似合っている。そのセーターを着た律を見れば店員も大歓迎してくれる、と熱弁を振るう。
君がそういうならそうかもしれないな。
私の勢いにけおされて律は言った。
よし、じゃあこれを着て行こう。
律は着替えはじめた。
落ちていく
「なんや緊張するわあ」
「あんたでも緊張するんかいな」
「いうてあんな立派な舞台やで?お客様もぎょうさんいてはるし」
「あんたの作ったもんの出来がようて褒められんねん。順番も最後やろ?堂々としとき」
「いや無理やて。わしなんか最後はちょっとおまけでいれたったていう落ちや」
「ちょっとあんた落ちて!行くんや!ほらあんたの出番!」
「夫婦」
今日2番目のお客様は55才の御婦人だった。
なぜ正確に年齢を知っているかというと、ご本人が申告されたからだ。
ゴーゴー55なの!とにこやかに告げたその人はわたしが働くコンビニの常連だ。
ほぼ毎日顔を合わせるので、たまにレジで言葉をかわすことがある。今日は唐揚げとビールを購入され、ふいに言ったのだ。「私今日誕生日でね。ゴーゴー55なの。つまり55才ね」
おめでとうございます、とおつりを渡しながら声をかける。
ありがとう、と嬉しそうに笑うと彼女は店を去った。
勤務を終えた帰り道、近所の自転車屋さんに寄った。
タイヤの調子が悪く見てもらおうと思ったのだ。
「あーこりゃいかんねえ、すぐ交換するからちょっと待っててね」
店主は手早くタイヤを交換し始める。進められた椅子に座って待っていると、店の机に置かれた可愛いラッピングの箱が目に入った。わたしの視線に気づいた店主が照れくさそうに言う。
「今日妻の誕生日でさ。プレゼントを用意したんだよ」
「きっと喜ばれるでしょうね」
「どうかなあ。お前ももうゴーゴー55で年だなあ、なんて茶化したからむくれちゃってさあ」
きっと家で唐揚げとビールを用意して待ってらっしゃいますよ、と心のなかでつぶやきながら店をあとにした。
〜どうすればいいの?〜
あの角を曲がればあるよ、と言われて来たのにそこに建っていたのは一軒家だった。僕は豆腐屋を探してきたのだが。というかこの一軒家が豆腐屋さん?
父が書いてくれた地図を見ても場所はここに間違いなかった。とりあえず聞いてみるか。インターホンを押そうとドアの前に来たがそれらしきものはない。仕方なく家の周りを一周してみたがなにもない。
ドアの前に戻りノックしてみた。すぐにドアが開いてカンガルーが出てきた。袋から子どもが顔を出しているからお母さんかな。首をグイッとまげて中に入れと促された。
このカンガルーが豆腐屋さん?家のなかはスッキリ片付いていて部屋の中央に噴水がある。カンガルーは噴水の横でこっちを見ている。
噴水のなかに豆腐があるんだろうか。僕は水のなかを覗き込んだ。なかにはたくさんの金魚が泳いでいる。
特別大きな一匹がばちゃん!と波を立てた。こぼれた水が部屋の一点に流れていく。この家は傾いているのだろうか。水の流れをおっていくとまたドアがありインターホンはない。
ノックするとなかからワラビーが出てきた。ジャンプしてなかにはいれと促された。
このワラビーが豆腐屋さん?部屋には大きな黒板があり「ゴーグル」と書かれてある。
ゴーグルをつけてどこかに潜れば豆腐があるのだろうか。
見回してゴーグルを探したがスコップしかない。
僕はスコップを持って隣の部屋のドアをノックした。なかからクォッカが出てきてにっこり笑った。
このクォッカが豆腐屋さん?クォッカはにっこり笑ったままなかにはいれと促した。
宝物
どこまで走ってもお月さまが追いかけてくる!
ぼくが見つけた大発見だと思ったのに、とっくに解明されていたことを知ったときはがっかりしたものだ。
あれから、ぼくが考えることはありふれたことで、つまりぼくは特別でもなんでもない平凡な人間だという不安が、消えないシミのように心に居座っている。
だからあの子を見てどきんとしたときも、こんなふうに思うのはぼくだけじゃない。みんな同じだ、と自分に言い聞かせたんだ。
ぼくだけの特別じゃない、誰から見ても愛らしいあの子。
どんなに思ってもこちらを振り向いてくれないだろう。
だけどあの子は一目散にぼくに向かって走ってきた。
「わんわんわん!」
「あらあら。ジュリーはユウくんが気に入ったのね」
ジュリーはぼくのかおをペロペロなめてしっぽをぶんぶん振っている。宝物がぼくに向かって飛び込んできたんだ。