〜どうすればいいの?〜
あの角を曲がればあるよ、と言われて来たのにそこに建っていたのは一軒家だった。僕は豆腐屋を探してきたのだが。というかこの一軒家が豆腐屋さん?
父が書いてくれた地図を見ても場所はここに間違いなかった。とりあえず聞いてみるか。インターホンを押そうとドアの前に来たがそれらしきものはない。仕方なく家の周りを一周してみたがなにもない。
ドアの前に戻りノックしてみた。すぐにドアが開いてカンガルーが出てきた。袋から子どもが顔を出しているからお母さんかな。首をグイッとまげて中に入れと促された。
このカンガルーが豆腐屋さん?家のなかはスッキリ片付いていて部屋の中央に噴水がある。カンガルーは噴水の横でこっちを見ている。
噴水のなかに豆腐があるんだろうか。僕は水のなかを覗き込んだ。なかにはたくさんの金魚が泳いでいる。
特別大きな一匹がばちゃん!と波を立てた。こぼれた水が部屋の一点に流れていく。この家は傾いているのだろうか。水の流れをおっていくとまたドアがありインターホンはない。
ノックするとなかからワラビーが出てきた。ジャンプしてなかにはいれと促された。
このワラビーが豆腐屋さん?部屋には大きな黒板があり「ゴーグル」と書かれてある。
ゴーグルをつけてどこかに潜れば豆腐があるのだろうか。
見回してゴーグルを探したがスコップしかない。
僕はスコップを持って隣の部屋のドアをノックした。なかからクォッカが出てきてにっこり笑った。
このクォッカが豆腐屋さん?クォッカはにっこり笑ったままなかにはいれと促した。
宝物
どこまで走ってもお月さまが追いかけてくる!
ぼくが見つけた大発見だと思ったのに、とっくに解明されていたことを知ったときはがっかりしたものだ。
あれから、ぼくが考えることはありふれたことで、つまりぼくは特別でもなんでもない平凡な人間だという不安が、消えないシミのように心に居座っている。
だからあの子を見てどきんとしたときも、こんなふうに思うのはぼくだけじゃない。みんな同じだ、と自分に言い聞かせたんだ。
ぼくだけの特別じゃない、誰から見ても愛らしいあの子。
どんなに思ってもこちらを振り向いてくれないだろう。
だけどあの子は一目散にぼくに向かって走ってきた。
「わんわんわん!」
「あらあら。ジュリーはユウくんが気に入ったのね」
ジュリーはぼくのかおをペロペロなめてしっぽをぶんぶん振っている。宝物がぼくに向かって飛び込んできたんだ。
キャンドル
「今日はこのへんにしておきましょう」
PCの向こうの生徒達に語りかける。オンラインの英語教室。しばらく出勤できなさそうだと伝えると、室長が提案してくれた。便利な世の中になったものだ。
眼鏡ケースをわきにどけてマグカップを置く。
カフェインレスだが香り豊かなコーヒーだ。ここしばらく刺激物は避けている。もうしばらくはこの生活を続けることになるだろう。
コーヒーを飲み終え、痛む足をかばいながらキッチンへ向かった。だいぶましになったが出歩くのはまだ先になりそうだ。食器を洗いベッドサイドの椅子へ移動する。なんでもない動きが今はつらい。
明日は授業の予定はないから一日翻訳に使えるな。
ため息をつきながら考える。
もともとは在宅仕事だが、昨年から引き受けた授業のために外出するのはいい気分転換だったのだ。授業までオンラインとなった今、ずっと家にいるのは少々息苦しい。
読みかけの本を手にとろうとテーブルに目をやるとスマホの通知が届いた。照明を落とし明かりをベッドサイドのランプだけにしたので薄暗い場所で光っている。この位置からだとまるで青白い炎のようだ。
キャンドルを買おうか。
光を眺めながらふと考えた。
仕事終わりのひととき、暖かなオレンジ色の光に包まれて過ごす日があってもいい。柄にもなく落ち込んでいるひとりの翻訳家のこころを照らしてくれるに違いない。
たくさんの想い出
今日はクイズ大会日和だ。
天気は快晴、夏にしては暑すぎず、余計なことに気をとられなくていい。これが雨なら湿気で体調が良くないかもしれないし、気温が高いと集中力が鈍る。
「おう!お前も出るのか」
熊田が声をかけてくる。奴も大会の常連だ。その名の通り大きな図体でよくひびく声。
「今日は負けないからな」
僕も負けじと大声で答える。今回も強豪揃いだ。鹿谷や兎川、亀沼もいる。誰が優勝してもおかしくない。油断禁物だ。
「みなさん、所定の位置についてください!」
係員から指示が出る。僕たちはそれぞれ決められた位置にスタンバイする。右手にスイッチを握りしめ問題が読み上げられるのを待つ。
「わたしのことを語ってほしい」
それが森の願いだった。
すべてがなくなった後も語り継いでくれれば存在することができるから。かつてのわたしを知る者たちがいたらそれでいい。
その願いをかなえるために僕たちは語り続ける。ある者が問題を出しほかの者が答える。忘れないために。
かつて僕たちが一緒に暮らした広大な森のことを。
冬になったら
お茶漬けをかっこんでいたらばあちゃんが言った。
「そういやあんたさ、あれどこやった?」
「ふぁれ?」
ちょっと熱かったのではふはふしながら答える。答えながらたくあんも食べる。うまい。ぽりぽりぽり。
「あれっていやあれよ。ほら何だっけねぇ」
全然要領を得ないばあちゃんの話を聞きながらアジフライにも手をつける。これもうまい。ばあちゃん天才。
「あんたが小学生だか中学生のときによく振り回してただろ?えーとなんだっけね」
「竹刀のこと?」
「それそれ。あんた最近全然振り回さないじゃないか」
「部活で剣道してたから練習してただけ。今はサッカー部なんだ」
「そうかい。似合ってたのにねぇ」
似合ってた?ばあちゃんいつのまにか見てたんだろ。
「もうやらないのかい?」
ばあちゃん、やけに食い下がる。オレの部活にそんなに興味があるとは知らなかったよ。
「やらないなあ。あんま向いてなかったからオレ」
そんなことないよ、似合ってたよ。ばあちゃんはそう言ってお茶を入れに台所へ向かう。
部屋に戻ってから、懐かしくなって竹刀を探したが見当たらない。部屋にあるはずなのになんでだ?
がたん!
庭から物音がする。ばあちゃん?暗いのに何してんだろ。
様子を見に行くとじいちゃんが竹刀を振っていた。
「何してんのじいちゃん」
じいちゃんはこちらを振り返るとにやっと笑い竹刀をオレにほり投げた。冬になったら。
「冬になったらよく竹刀を振ってたもんだよ」
後ろからばあちゃんの声がした。
「寒いときにこそ素振りだってね」
懐かしそうに目を細めて庭を眺める。あんたの素振り姿、じいちゃんによく似てたよ。
嬉しそうにスキップしながら去っていく足音が聞こえる。
冬になったらあらわれる竹刀の妖精。いや、じいちゃんだ。