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冬になったら


お茶漬けをかっこんでいたらばあちゃんが言った。
「そういやあんたさ、あれどこやった?」
「ふぁれ?」
ちょっと熱かったのではふはふしながら答える。答えながらたくあんも食べる。うまい。ぽりぽりぽり。
「あれっていやあれよ。ほら何だっけねぇ」
全然要領を得ないばあちゃんの話を聞きながらアジフライにも手をつける。これもうまい。ばあちゃん天才。
「あんたが小学生だか中学生のときによく振り回してただろ?えーとなんだっけね」
「竹刀のこと?」
「それそれ。あんた最近全然振り回さないじゃないか」
「部活で剣道してたから練習してただけ。今はサッカー部なんだ」
「そうかい。似合ってたのにねぇ」
似合ってた?ばあちゃんいつのまにか見てたんだろ。
「もうやらないのかい?」
ばあちゃん、やけに食い下がる。オレの部活にそんなに興味があるとは知らなかったよ。
「やらないなあ。あんま向いてなかったからオレ」
そんなことないよ、似合ってたよ。ばあちゃんはそう言ってお茶を入れに台所へ向かう。


部屋に戻ってから、懐かしくなって竹刀を探したが見当たらない。部屋にあるはずなのになんでだ?
がたん!
庭から物音がする。ばあちゃん?暗いのに何してんだろ。
様子を見に行くとじいちゃんが竹刀を振っていた。
「何してんのじいちゃん」
じいちゃんはこちらを振り返るとにやっと笑い竹刀をオレにほり投げた。冬になったら。
「冬になったらよく竹刀を振ってたもんだよ」
後ろからばあちゃんの声がした。
「寒いときにこそ素振りだってね」
懐かしそうに目を細めて庭を眺める。あんたの素振り姿、じいちゃんによく似てたよ。

嬉しそうにスキップしながら去っていく足音が聞こえる。
冬になったらあらわれる竹刀の妖精。いや、じいちゃんだ。

11/17/2023, 1:01:53 PM