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2/22/2024, 12:42:06 AM

後ろにも前にも続かない道の真ん中にぽつんと取り残され、しゃがみこんで唸っている。ここで終わりなのだと自分でもそう思っているのに、どうにかして道の先を見たいと考えていた。続けてきたこれまでと、続けられると思っていたこれからを思い、なんとかして先に進める道を見出そうとした。途切れた道の先は真っ暗闇だ。けれど今いるこの場所は、スポットライトのごとく照りつける日差しで眩しく、痛いほどに暑い。
どこにも行く宛はないけれど、決めなければならない。どこかに進まなければいけない。進むための道を見つけなければー。

目が覚めて一番最初に感じたのは冷たさだった。
起き上がると同時にやってきた目眩で、視界が回転する。肌の上をいくつもの水滴が滑っていく感覚を頼りに、地面がある場所を描き、脳に落ち着くように言い聞かせる。無駄な試みだとは分かっているが、何もしないよりはマシだった。体にはり付くほどに湿ったTシャツが、つけっぱなしの扇風機にあてられて冷たくなっている。
着替えるために立ち上がる。波に揺れる船のようにゆらゆらと振れる視界は、いつ転覆してもおかしくない。不安と緊張を持ってクローゼットへ向かい、なるべく刺激を与えないように替えのТシャツを取り出し、着替えた。
日常生活を脅かす病なのに、原因はわからない。だから治しようがない。渡り歩いた何人目かの医者は困ったように頭をかいて、ストレスや過労と言って、休みなさいと付け足した。どこへ行っても、それ以上はなかった。
すべての動作に恐怖と不安を覚える。目眩に慣れることはない。休むために目を閉じて耐えているうちに、あの場所に戻される。後も無ければ先もない、途切れた道の上。
「君の席は残しておくけど、0からの再出発とかはやめてね」
社長は笑ってそういった。能力を買われて就いた仕事も、このまま行けばあっさり切られて終わるだろう。日々の積み重ねがいかに大事かくらいは分かっていたし、自分の代わりを見つけるのが難しくないことも分かっていた。
ストレスや過労、いい得て妙だ。自分には過ぎたことを求めた結果がこれなのだから。
0にしてしまえることなど何も無い。積み重ねてきたものが自分を作っているのだから。けれど、そこから降りなければいけないことに気が付いてしまった今、全くの更地だったら良かったのにとすら思い始めている。

湿った生ぬるい布団に戻り、回転する瞼の裏の闇を見つめる。道の先を見つけるために、頭は妄想を捏ねくり回す。築き上げてきたものへの執着と現実を交互に見て、あの夢を見せる。0からの再出発を選ぶことすら、今は難しい。

2/18/2024, 11:05:27 AM

聞くところによると、人が干渉できるのは今日だけだそうで。過去となった今日は想う以外何もできず、未だ見ぬ今日は思い巡らすことしかできず。今である今日だけが唯一、何かをすることを許されているのだと。
では今日の残りをどう過ごそうかと思案する。思案するつもりで電波の海を泳ぎ、いたずらに時を過ごす。今に至るまでもそうで、流れ続ける今もまさにそうだ。
そして、今日にさよならを告げ忘れたまま、新しい今日を迎える。

はたしてこれは悪習か。
焦りに任せ何かを詰め込むことで潰えた今日と、惰性的で、けれど満足のいく今日と、どちらが良いのだろうか。
賢人の知恵を引用して考えるのも億劫だ。遠い遠い、未来の今日を過ごす自分に託す。

2/16/2024, 12:07:24 AM

この手紙を読むということがどういうことか、考えてから読んでる?何かの悪戯でも凝っていて面白ければ良し、の精神で目を通しているのかもね。私ならそうする。

この手紙は10年後の貴方自身からのものです。
国の新しい政策「理想の実現」が実行された、その産物。「より良い選択をとることで今よりも良い未来に辿り着き、それぞれの理想的な暮らしを得よう。そうして余裕のある幸福な人を増やそう」という、残念なくらい安直な政策。過去に干渉して、未来を変えてもらおうという話。
20代〜50代のランダムに選ばれた男女10000人が対象。責任の所在は不明。時間に干渉する技術(はじめは"予測"から始まった)を他国にアピールする目的も含まれているからか、安全性への懸念だとかの声は全部無視。
残念ながら、この世界自体が終わるかもしれない。それはこの手紙が届いたら分かることかもね。
こんなときにばかりアタリが来るなんて。どちらかというとハズレか。何にせよ、私は国からの通達でこの手紙を書いている。

私はあなたのいる地点から今の私に到るまで、選択という複雑に分かれた道をぐねぐねと曲がってきた。数多ある選択肢の先に未来がいくつもあったのなら、私は無数の未来のうちの一つでしかない。
貴方が私と同じ未来を辿ることは絶対にない。他のいくつかあったはずの未来も、この時点で消えてしまうでしょう。
なぜなら私は10年前に、10年後の私からの手紙を受け取っていないのだから。

私が"今"の貴方の未来の一つなら、10年前に手紙を受け取っていることになる。貴方と同じ状況を、10年前に経験しているはず。読むにしろ読まないにしろ、私自身によって書かれた手紙が届いたことを覚えているはず。でも、私はそんな手紙など受け取らなかった。私は"今"の貴方の未来として有り得ない。存在しえない未来は多分、消えてしまうのだと思う。大きな力によって、ね。
私以外の人たちも、過去の自分に手紙が届いてしまったら消えてしまうかもしれない。もしその人が10年前に、10年後の自分からの手紙を受け取ったことがあるのなら、話は別だろうけど。

ややこしくてわけわかんないよね。悪戯だと思って捨てて。気に入ったなら取っておいてもいいけど。記念品くらいにはなるのかな。10年後にいたかもしれない自分からの手紙だなんて、妄想にしたって安っぽく感じるけど。
悪くない人生だったよ、特に後悔もしていない。
私は、貴方が見ることのない未来の一つを確かに生きていた。前向きに考えるなら、可能性は無限大ってやつかな?
それでは、お元気で。


【10年後の私から届いた手紙】

2/15/2024, 12:59:06 AM

とある姉弟はスナック菓子パーティを開催していた。
バレンタインデーというお気持ち搾取イベントに辟易し、耐えられなくなったことからの急な開催だ。
姉の言い分はこうだ。義理チョコ、友チョコ、お世話になっているが故のチョコを用意しなければならないという点で負担が大きい。買ったものを渡すにしろ、チョコ菓子を作るにしろ、時間と労力と金銭を捧げなくてはならない。好意の差をつけるなら尚の事。そんなものやらなければいいという人もいるが、やらないという選択を取ったことで「そういう人」レッテルを貼られ、ケチを付けられることもある。社会人のお歳暮文化のようなものだ。穏やかな暮らしのために金銭を包むのを良しとする文化の亜種だ。
弟の言い分はこうだ。貰うにせよ貰わないにせよ、晒し者になる。好きの重さに程度があることを度外視した奴らのせいで、男女間のすれ違いや勘違いからの事故もおこる。貰ってしまえばお返しをしなければならず、そのお返しのセンス次第で人格否定までされかねない。気持ちのやり取りにしてはあまりにも重すぎるイベントだ。
炭酸入りのオレンジジュースで乾杯をし、日陰者同士で意見が合致したことを嬉しく思う。
我らの同士もまだどこかに隠れているはずだ。弟は言う。
彼ら彼女らを救い、共に手を取り、たった一日のために気分を暗く気を張り詰めて暮らさぬようにせねば。姉は言う。
二人の戦いの始まりは、ここからだった。

2045年、2月。
大手製菓のチョコレート工場が、「バレンタイン撲滅活動推進派」を名乗る組織に占拠された。彼等は人質をとり、企業に声明を出した。
人の気持ちを搾取するバレンタイン文化の推進を辞めよ、と。

2/13/2024, 8:46:14 PM

楽園は楽園のまま、穏やかな世界のままで、待っていてくれるだろうか?

それは信心深い者だけが行くことのできる場所らしい。
何かを信じることで善人を演じ続けられるのなら、悪い事でもないと思っている。
この世は苦痛を感じるために創られたものでもないらしい。生きづらくしているのは人間そのもので、人間がこの社会システムに執着する限り、これに終わりはないそうだ。馴染むためにいくらでも無関心を決め込めば、何も感じなくなれば、呼吸くらいは容易くなる。けれどそれを良しとしては、人は苦しみ続けるらしい。
己の汚さを自覚し、正しく生き直すために何かを信じて行動した人は、本当に"辿り着ける"のだろうか?

にこやかな表情を崩さない訪問者。少しだけ開いた玄関ドアの向こうは、まっさらな陽射しで白けて見えた。光を背後に立つ、神の教えを説く女。疑うつもりも、否定するつもりもない。けれど一つ、聞きたいことがあった。
「楽園にたどり着く人間が、辿り着いた楽園の中でも正しくあれると本当に思っていますか?」
答えはYESだ。聞くまでもない。不躾な物言いを謝罪すると、女は慣れているから気にしないでと微笑んだ。
この人はそこに、永遠の安寧があると信じている。ずっと昔に交わした約束のために正しくある者たちと、その父が住まう楽園。
玄関先で追い払われることも厭わないで、少しでも救いの教えをとやってくる。人に救いは必要だ。けれど、そんな優しさをはねのける僕は救われるべきじゃない。
「ごめんなさい、教えはいらないんです」
断りをいれる。こんな言葉で引き下がるような人たちじゃないと分かっている。だからこそ、線引をしたい。約束のために邪険にされることも厭わない人々と、人社会で生きる獣との線引を。
扉をしっかりと開け、玄関の外へ裸足で出る。女は少し驚いた様子で後退った。
「ありがとう。貴方だけでも救われますように」
暑いからとポケットに入れていた塩飴の小袋を彼女の手に強引に握らせ、戸惑うのをそのままに家の中へと戻った。
ドアスコープの向こうで、しばらく困ったように飴を見つめたあと、女は深々お辞儀をして去っていった。

あの人に楽園が待っててくれることを願う。

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