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楽園は楽園のまま、穏やかな世界のままで、待っていてくれるだろうか?

それは信心深い者だけが行くことのできる場所らしい。
何かを信じることで善人を演じ続けられるのなら、悪い事でもないと思っている。
この世は苦痛を感じるために創られたものでもないらしい。生きづらくしているのは人間そのもので、人間がこの社会システムに執着する限り、これに終わりはないそうだ。馴染むためにいくらでも無関心を決め込めば、何も感じなくなれば、呼吸くらいは容易くなる。けれどそれを良しとしては、人は苦しみ続けるらしい。
己の汚さを自覚し、正しく生き直すために何かを信じて行動した人は、本当に"辿り着ける"のだろうか?

にこやかな表情を崩さない訪問者。少しだけ開いた玄関ドアの向こうは、まっさらな陽射しで白けて見えた。光を背後に立つ、神の教えを説く女。疑うつもりも、否定するつもりもない。けれど一つ、聞きたいことがあった。
「楽園にたどり着く人間が、辿り着いた楽園の中でも正しくあれると本当に思っていますか?」
答えはYESだ。聞くまでもない。不躾な物言いを謝罪すると、女は慣れているから気にしないでと微笑んだ。
この人はそこに、永遠の安寧があると信じている。ずっと昔に交わした約束のために正しくある者たちと、その父が住まう楽園。
玄関先で追い払われることも厭わないで、少しでも救いの教えをとやってくる。人に救いは必要だ。けれど、そんな優しさをはねのける僕は救われるべきじゃない。
「ごめんなさい、教えはいらないんです」
断りをいれる。こんな言葉で引き下がるような人たちじゃないと分かっている。だからこそ、線引をしたい。約束のために邪険にされることも厭わない人々と、人社会で生きる獣との線引を。
扉をしっかりと開け、玄関の外へ裸足で出る。女は少し驚いた様子で後退った。
「ありがとう。貴方だけでも救われますように」
暑いからとポケットに入れていた塩飴の小袋を彼女の手に強引に握らせ、戸惑うのをそのままに家の中へと戻った。
ドアスコープの向こうで、しばらく困ったように飴を見つめたあと、女は深々お辞儀をして去っていった。

あの人に楽園が待っててくれることを願う。

2/13/2024, 8:46:14 PM