願いが1つ叶うなら
「嘘つき」
彼女の去っていく背中を僕は追いかける資格もなかった。
はじまりは昔のほんのひとつの嘘だった。
ひとつの嘘が不自然にならないよう、次々と出まかせを言い気づいたら沢山の嘘をついていた。
嘘を誤魔化すための嘘をまた吐いて誤魔化し、気づいたら嘘だらけの僕に君はあまりにもまぶしかった。
年月が立つに連れいつしか僕は嘘さえ本当のことのような錯覚さえ覚えた。
しかし、錯覚は幻でしかない。
ああ、神様。
願いが1つ叶うなら、
嘘だらけの僕に真実を語るくちを下さい。
ラララ
「ラララ、そーらをこーえてー♪」
歌をうたいながら夢をみる。
ヒーローが僕の目の前に現れてくれる夢。
悪い奴が次々と倒されて、手を差し出して、そして…
鉄格子がはまっている窓越しに空を見る。
鳥が自由に飛んでいた。
僕は知らない。
必死に助けを求めない者の所にヒーローは現れないことを。
僕は知らない。
自分が自分を救う唯一のヒーローになれることを。
question
クエッション、問い、知的好奇心。
Q.いつか好奇心は私を殺すだろうか?
「あんたの場合はそーッスね!」
「冷たいなぁ、南君」
助手の南が資料をどさりと私のデスクに置き、手の埃を払った。不機嫌そうだ。
「好奇心で毎回事件に首突っ込んで、命を危険にさらしてまで解決しようとするの止めません?」
「お母さんみたいだなぁ」
応募で探偵事務所に勤めてる少年の言葉とは思えない。
「南君はなんでこの事務所で働いてるんだい?」
「あんたの監視!浮気調査とかならともかく、殺人事件の依頼なんてぜってー断らせるッス!!」
前回の病院沙汰がよほど心配させたのだろう。
「傷なんて残ったら本当に嫁のもらい手がなくなるッスよ」
「その時は、南君にもらってもらおうかぁ」
「んなぁッ⁉︎」
耳まで真っ赤になっている、からかいがいのある助手だ。私はもう適齢期も過ぎているというのに。
カランコン、と一階の客間のドアが開く音がした。
「さぁ、次の依頼は何かなぁ?」
約束
「げんまーん、げんまーん、指切りげんまん」
「まって、なんのオマジナイ?にほんご⁇」
転校生のサーシャが私と小指をつないだまま、青い目を大きく見開いた。デカいお目めがこぼれ落ちそう。
「日本語だよ!えーっと?」
いま勉強で使ってたタブレットを操作して意味を調べる。
「わっ。思ったより怖い、歌だった……」
「なんですか、かしてー!」
2人でのぞく、拳骨万回と針千本飲ますの本当の意味。
「日本人、約束にきびしいの解る。破ったら死ぬ覚悟」
「や、これは昔の人が怖いだけ!」
サーシャが首をきる仕草をしたのであわてた。
日本が誤解されてるし、まだ10才で死ぬのは可哀想だ。
「サーシャは守る。貴女は守りますか?」
小指を差し出すその目は本気だったから、私もうなずく。
もう一度、歌詞を2人で見ながら小指をからめる。
「宿題はサーシャだけとやる」
「お菓子は2人で分ける」
2人だけのないしょの約束。
「げんまんだよ」
「針千本、覚えましたよー」
ケラケラ笑って歌う、約束の歌。
指きった!!
記録
震えた字、かすれた字、丁寧に書かれた字、走り書き。
感情を込めたメモの記録たちを読む日課。
俺は記憶が1日しか持たない。
膨大なメモの最初はその事実から始まり、その日やるべきことを書かれたメモで終わる。
感動したことを書く日記もある、俺にとって記録とは生きている証だ。
だが、こうも思う。
忘れてしまうことと、忘れられてしまうこと、
どちらが辛いのだろうかと。
メモによれば、あと少しで「彼女」が来るらしい。
どんな人なのか、不安と期待の入り混じる気持ちで俺は茶菓子を用意しながら訪れを待つことにした。