「あなたが好きな色は何色ですか?」
まさか三次試験でもある最終面談で
そんなことを聞かれるとは思っていなかった。
文房具メーカーならではの質問なのかもしれない。
自己紹介をしてください、とか
経歴や実績を教えてください、とか
何か質問はありませんか?とか。
そんな解答例しか用意してなかったから
「……藤色、です」としか
言えなかった。
アピールできる人間はすぐさま
「なぜなら」と文章を繋いだり
答えをいう前に先に好きな理由を言えるものだ。
なぜですか?と改めて聞き返された。
「父が、好きだったんです」
冬になると必ず着ていた
分厚い手縫いのセーター。
藤色のセーターは今思うと不思議な色だった。
どちらかというと女性的なイメージの
色合いなはずなのに父によく似合っていた。
わたしがまだ幼い頃
たまに2人だけで洗車に行った。
お手伝いのご褒美は
パティスリーカルルのショートケーキ。
母にも姉たちにも内緒で
父とデートできることがたまらなく嬉しかった。
久々のデートの帰り道。
助手席でわずかな暇を
持て余していたわたしは
何気なく聞いた。
「パパは何色が好き?」
「藤色が好きだよ」
「ふじいろ?ってどんな色?」
「薄い紫の、優しい色だよ
ほら、このセーターの色だよ」
「めい、パパの好きなの、好き!」
家に届いた通知に
藤色のペンで
「素敵な思い出を語ってくれてありがとう。
入社式で会いましょう」
と、綺麗な字が書かれていた。
6月20日(木)
鼻詰まりが抜けない
耳の奥にも詰まり感が出て
イライラする。
2人がけのソファーに、だらしなく転がる。
『またそんなところでー。
休むならベットにしたほうがいいよ』
スマホの通知に呼び出され
推しの配信をつけても
あらゆる穴が詰まっているような気がして
全くもって楽しめない。
『はい、これどーぞ
ホットミントティーだよ。
リラックスできるといいな』
こんな時あいつがいたなら。
慢性鼻炎も、低気圧の頭痛も
あいつは趣味だかなんだかのハーブで解決をする。
くだらない葉っぱに、俺は興味がわかなかった。
ただ面白そうに話すあいつが
可愛くもあり、憎くもあった。
『ホワイトウィロウと
フィーバーフュはね、痛みに寄り添うハーブなんだよ』
本当はもっと
めちゃくちゃ大事にしたかった。
けど、でも、だって。
あの時の俺は、今の俺とは違うから。
わかってなかったんだ。
……くそったれが。
さぁさぁと雨が降ってきた。
やはりこの頭痛は雨の前触れだったんだ。
ここ数日こんな体調が続いたから
鎮痛剤も午前飲んだ分で切らしてしまっていた。
悪態が止まらない。
このままいてもイライラするだけ
そんな午後をなんとか振り切ろうと立ち上がり
近所の薬局に行くため短パンに履き替えた。
ポケットの中に違和感が何かある。
カラオケ屋でもらった飴だった。
家を出る。
傘をさして、聞こえの悪いハズの音楽を聴く。
口の中で転がるクソまずいハズのハッカの飴が
少しだけ気分を軽くした。
6月19日(水)
僕には恋人がいた。
らしい。
表紙の破られた日記帳が語ることには
白雪のごとく美しい肌と
アーモンドブラウンの髪が
彫刻のような顔立ちに相応しい
美しい人だった、そうだ。
僕はきっと彼女の記憶を取り戻せない。
むしろ、取り戻そうとしないほうがいい。
それは医者からも明言されていることだった。
僕にとってのトラウマ
僕にとっての捨て置くべき記憶だそうだ。
大理石の塊を見て
ミケランジェロは言った。
「私は石の中に天使を見た。
天使を自由にするために掘ったのだ」
僕も予感がする。
石ノミを持ち、ハンマーを握ると
誰かがよぎる心地がする。
しかし何度も何度も何度も何度も
その姿を追うたびに
逃げ、隠れ、形にならない彼女を
思って、気を狂わせてしまう。
僕にとってのトラウマが
僕の最高傑作になるその時まで
この手を止めるわけには行かない。
そう、確信している。
日記には彼女との記憶が
克明に記されている。
彼女の最後の言葉は
「わたしを忘れないで」
その手に握られた花の名を
まだ思い出せずにいる。
タイムマシーン
恋焦がれていたはずの君をみて失望した。なんだ、所詮そんな男と一緒になるのか。
小、中、高と同じ通学路、同じ道を進んでた。誰より俺が近くにいて、俺しか知らない君がいたはず。お互い特別で、俺たちだけの世界があったはず。
大学は君にとっての井戸の外、新しくて眩しい世界だったんだな。俺が古臭く見えただろう。それどころか俺を思い出すこともなかっただろう。SNSで見る君がどんどんと遠い存在になっていった。
それでも成人式で一番最初に綺麗と言ったのは俺、隣の席で笑ってる君を誰よりも可愛いと思っていた。君を好きな自分を感じた。
タイムマシーンがあったならどこに戻ろう。
花粉症のくしゃみをした俺の鼻垂れをみて一瞬笑ったのに「笑ってないよ」と誤魔化した春。ただ一緒にアイスをたべながらスプラトゥーンをした夏。赤いランドセルにイチョウの黄色が映えて眩しかった秋。「冷たい空気で、匂いがしないね」と少ししょぼくれていた冬。
好き、だというにはあまりに好きすぎて伝えられなかった。まだまだもっと、好きになれると思っていたから。
あの日々に戻ってがむしゃらに好きを伝えたい。だからどうか、こんな未練がましい俺を見捨てないでくれ。