「好きな本」
「好きな本ある?」
友人にそう聞かれた私は、迷いなく言葉を発する。
「貴方の書いた本なら全て好きよ。」
友人は小説家だった。人気作家、とまでは行かないが1部の読書愛好家達が「金の卵」と持て囃されるくらいには人気だった。
かくいう私もその1部の読書愛好家に含まれるので、彼に関する情報はすぐに入ってくるし、私個人としても彼自身が書く小説が大好きなのだ。
「単刀直入に言うと、書くテーマを今までと変えようと思う。」
驚きだった。彼は読者が頭を使う様な本を書きたい
という信念の元、今まで推理モノを書き続けていたのにここに来てその信念が揺らぐとは思ってもみなかった。
「じゃあ、今回のはどんなテーマになるの?」
その声に少しの驚きと優しい疑問を混ぜて、私はそう聞いた。
「……恋愛モノ」
少し間を空けて彼が喋った。
「推理モノはもう、書けないからさ。」
続けて彼が言った言葉は私にとって引っかかる言葉だった。
「、なんか言われたとか?」
大きな引っかかりと彼の寂しそうな顔を見て思わずこの続きに触れるのを躊躇ってしまったが、好奇心には流石に勝てなかった。
「僕のは、ダメなんだ。」
"何に対して"の主語がないその返し、私はどう言葉を返せばいいのか分からなかった。
読者等から批判を受けたのだろうか?
編集社からダメ出しを食らったのだろうか?
何か重い病気に掛かってしまったのだろうか?
私がそうやってグルグルと悩んでいると、彼は困った様に笑った。
「君がそこまで悩む必要は無いんだよ、これは僕の問題だから。」
私はこんなに顔に出ていただろうか。
彼にこんな顔をさせてしまった自分に嫌悪感が増す。
「ごめんね。」
私が震えながらに発したその言葉は彼にとって意図が分からなかった様で、首をかしげてしまった。
「私がネットなんかで広めなければ、」
言いかけて口を噤んだ。言葉が喉につっかえて出てこなかった。
「失われた時間」
母が認知症を患った。
高校の時辺りから「忘れやすいな」とは思い始めていたけれど、特にその時は問題もなく、そのまま大学に上がり一人暮らしし始めた時に医者から呼び出されるとは思ってもみなかった。
「あなたのお母さんは重度の認知症の可能性があります。」
駆けつけた病院で医者に言われた言葉。
「もしかしたら息子さんである貴方自身のことも忘れている可能性があります。」
続け様に言われた。
高校の時俺が弁当を忘れた時に、電車を何本も乗り継いで高校まで届けに来てくれた母
部活の県大会出場が決まった時に県大会の詳細日時まで調べて応援しに来てくれた母
そんな母が認知症で俺を忘れる可能性がある?
俺は信じられなかった、
受け入れることが出来なかった。
「母さん!!!」
医者に母のいる病室を教えてもらい、駆けつける
病室の番号を確認し、不安な心を落ち着かせ、
ゆっくりと扉を開けた。
「失礼します」
俺が目にした光景は病室のベットで体を起こして静かに読書をしている母の姿。
「母さん、元気?」
俺は震えた声で聞いた
「どちら様でしょうか。」
母が読書していた手を止め、こちらに顔を向けてくる
まるで俺の事など知らないかと言うような言葉遣いに声色。
この瞬間母との思い出が一瞬にしてカラーからモノクロにうつり変わった様な気がして、俺は病室にも関わらず大泣きをしてしまった。
「モンシロチョウ」
「モンシロチョウみたいな肌ね。」
友人にそう言われた。
「モンシロチョウみたいに白くて、儚い。貴方には花が似合うわ、あぁでも赤はダメ、赤は似合わない。」
そう言いながら友人は、菜の花を私の耳元に掛けた。
「うん。やっぱり、モンシロチョウね。」
友人の言っている事はサッパリだか、友人が幸せそうに笑みを浮かべてこちらを見つめるから私も曖昧に笑みを浮かべて返す。
友人の手には「赤」があったことに私は気付かなかった。
私の周りには、友人が「似合わない」と言った、
「赤」が広まっていた。
「初恋の日」
初恋は実らないことの方が多いらしい。
果たしてこれは統計上の事実であるのか、恋する乙女達の思想に過ぎないのかは知らないが、きっと僕には一生無縁な話だろう、そう思っていた。
SNSを開く。
いくつかの動画をスライドして偶々目に入った同級生が踊っている流行りのダンス動画、何時もなら飛ばすその動画は、何故か飛ばさずに、マジマジと眺めた。
同級生が私服で学校近くの公園で踊ってる写真。
普段見れないあの優しそうな笑顔。
踊りとしては決して上手いとは言えない、だけど
どうしても目が離せない。
そして気付いた、これが初恋なのだと。
とても嬉しかった、僕にも春が来たのだから。
あぁ、これが初恋なのか。
こんなにも喜びに、幸せにに溢れ、同級生に関することなら小さなことでも一喜一憂してしまいそうな、そんな気持ち。
新たな感情の発見に喜びと幸せを感じている最中、
僕は気付いてしまった。
僕の恋は叶わないということに。
果たして、彼が恋をしたのはどちらでしょうね。
「明日世界が終わるなら」
「もし、明日世界が終わるなら貴方はどうする?」
何気ない質問で学生だと良くある質問、
人生で何度も問われた問に私は決まってこう返す。
「制服を着て、一番星が一等輝くあの場所で、踊りながら世界の終わり迎えたいかな」
「えー…なんか詩的だね。なんか意外かも。」
何気ない質問が次の話題へと移りゆく最中、私は窓に目をやった。
一瞬、何かが一番星の如く輝いてすぐさま消えた。
私は気にも止めなかった。目の錯覚だろうと思って。
次の日、世界も、友人も、私も、誰も、
目が開くことはなかった。