杙里 みやで

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11/28/2024, 1:52:36 PM

「終わらせないで」

映画のワンシーンには、女性が付き合っている男性へと向ける悲痛な想いのたった一言として、「終わらせないで」と確かに言っていた。
それの影響あってか、エンドロールが流れている今、確かに思うのだ。「終わらせないで欲しい」と。
実に強欲で、影響を受け過ぎていて、大の大人が何を言っているのだと鼻で笑われそうではあるが、確かにそう思ったのだ。
このこの気持ちを隠すように、気付かないふりをするように、私は次の映画を手に取った。

それが20代の頃の生活だった。

今更になって若かりし頃の生活を思い出したのは、未練があったからなのか、歳故なのかは定かではない。
過去の自分が見れば「過去に縋っている男」として冷ややかな目で見るのだろう。だか、この歳にもなると過去の幸せを思い出して、ささやかな酒のつまみにはなるものだ。
きっと、昔に比べて随分変わったのだろう。私も、社会も。
私は20代のあの頃に比べ、顔に沢山のシワが出来たし、覚束無い足取りになった。
社会は止まることを知らずに回り続け、自身が周りと同じように歯車になっている内には変化など、気付きもしなかった。しかし外れてみてようやく気付くのだ。社会は大きく変わっていたのだと。
それを気付いた時には、なんとも言えぬ虚しさを覚えた。私は自覚することも気付くことも無かったが、きっと私自身も社会も、変化はいつも内側からあったのだろう。
目まぐるしく変化し、始まって終わっていく世界で「終わらないで」と不変を望むのはきっと無理な事だろう。映画で見た愛も、甘酸っぱい恋も、ニュースで見かける流行も、いつの間にか始まっていて、いつの間にか終わっている。
人生という長きに渡る道のりで気付いたのは、たったのこれっぽっちだった。
命よ、終わらないで。と心臓に向かって言ったところで、所詮は終わってしまう。醜く生に、一抹の希望に縋るよりはこちらが手放す勢いで暮らした方が幸せなのだ。そう思うことにして、私は終わらされる側ではなく、終わらせる側になれるように。と病室で隠しておいたビールを密かに飲んでいる。

8/21/2024, 4:11:00 PM

「鳥のように」

「私も鳥みたいに空、飛べたらなぁ。」
晴天の日。教室の窓際で1人の生徒がそんなことを口に零した。
「今、補習の時間だから外なんか見てないで手動かしなさい」
本来なら今頃私は有給を使って、家でぐうたらしていたであろう夏休みの日。
しかし、彼女があまりにも赤点を取りまくるので仕方なしに特別補習を行っている。
「はいはーい。」
そんな裏話も知らず彼女はのうのうと窓から外の景色を眺めていた。
彼女があまりにも外を眺めるから、私はつい気になって私も窓から外を眺める。
窓から見えるグラウンドは夏休みだから使う人が誰もおらず、少しばかり砂色が目立つ背景と化していて、
空は雲ひとつない晴天。学校の立地も相まって、周囲に住宅がないため、まるでその景色は海のようだった。
「あ、センセーも外見てるー!」
彼女の言葉で現実に戻ってくる。
「そんなこと言ってないで、さっさと手を動かす!」
えー。不満げに愚痴を零す彼女を横目に、私はまた外を眺めた。
砂色のグラウンドとその先にある海みたいな空。
そこに1羽の鳥が横切った。
水面下を飛ぶように、果てしない大空を飛んでいる。
鳥が横切っているその時、水面の空が、少しだけ、ほんの少し、揺らいだ気がした。
それと同時に肌が熱風を感じた。
熱風に耐えかねて思わず現実に戻ると、横で座って勉強していた彼女の姿が見当たらない。
椅子は引かれたまま放置されていて、机の上に出ているものもそのままだ。
さっきと違うのは、目の前の窓が大きく開かれているだけ。
その瞬間、何かが固いものに当たった、そんな様な鈍い音が教室に、空に響き渡った。
思わず窓から身を乗り出して下を見ると、さっきまで補習をしていた彼女が赤い血を出して、そこに横たわっていた。
私はどうしていいか分からず、そこに立ちすくんでいると、光の反射なのか、やけに血がキラキラして見えた。まるで海みたいに。

青い海と赤い海。その水面下を飛べるように、彼女は飛んだのだと。青い海と赤い海が教えてくれた気がした。

8/16/2024, 3:00:21 PM

「誇らしさ」

「もう少し誇ればいいのに。」
僕の背後から声を飛ばす彼女は、さっきの一連の流れを見ていたようだった。
「別に。僕はただ当たり前をしてるだけだし。」
仔猫に餌をやりながら言葉を返す。
「謙虚なのはいい事だけど、謙虚過ぎるのも気味が悪いだけだよ。」
まるでやってる自分に酔ってるみたい。そう言う彼女の最後の言葉に僕は気付かないフリをした。
「こんなのは謙虚の内に入らないし、当たり前のことだから誇れるようなものでも無いから。」
僕のやってることは小学生でも出来てしまうような当たり前のこと、これを態々誇るのは馬鹿にも程がある
そう裏の意味を言葉に込めたが、彼女には伝わっているか怪しかった。
「あっそ。」
見限りのような言葉と共に靴音が遠のいていく。
後ろを振り返ってみたが、見えるのは遠くなっていく彼女の背中だけだった。
「にゃー」
仔猫が弱々しく鳴く。
さっき与えた餌はとっくになくなっていて、もう無いのかと言わんばかりに僕の足に擦り寄ってくる。
「ごめんな、もう餌はないんだよ。」
伝わるか分からないが一応仔猫にそう伝えると、仔猫もまた僕に見限りをつけたように一声鳴いて、足早に去ってしまった。
「誇るってなんなんだろうな。」
無意識のうちに声に出てしまった問に返してくれる人は居ない、僅かにこの路地裏に声が響いただけ。
一人きりの路地裏は恐怖よりも寂しさが勝ってしまうようだった。
「帰るか。」
ボソッと呟く声もまた、路地裏に響いていく。
当たり前の行いをしたのに今僕の心に残っているのは達成感でも、満足感でもなく、単純な寂しさだけだった。

7/3/2024, 3:30:47 PM

「この道の先に」

「ねぇ!勝負しない?」
そう話題を持ち掛けて来たのは彼女だった。
同じクラスの女の子、初めて同じクラスになったから名前なんてまだ覚えちゃいない。
「普通に嫌だけど」
初めましての子と遊べる程、僕は出来た人間じゃない。だから少々素っ気なく返した。
「えー!何でよ。つまんないなぁ、」
コッチをチラチラと見ながら言うその言葉。
少し落胆した声、それとは真逆の期待してる顔。
どうやら彼女は嘘をつくのが下手らしい。
「はぁ、少しだけね。」
純粋な顔に潔く折れる事にした。

今日は早く帰りたかったが、彼女に捕まってしまったのだ、今日はのんびり帰るとする。
彼女に歩幅を合わせながら僕は聞いた。
「で、勝負って何するの?」
彼女は期待してました!と言わんばかりの顔で答える
「この先の並木道まで全力ダッシュ勝負!」
予想していたものとは大きく逸れた返答が返ってきた。こんな夏日に走りたくは無いのだか、彼女の顔を見ると僕は断れなくなってしまった。
「いいよ。」
承諾の意を込めた言葉を飾らず発する。
「じゃあ、3秒後よーいスタートね!」

「さーん」
蝉がミンミンと鳴いている。

「にー」
アスファルトからくる熱が、鬱陶しい。

「いーち」
足に、力を込める。

「スタート!」
力を込めた足が力強く、1歩を踏み出した。

言葉を皮切りとした僕と彼女が全力疾走をした。
だが、男女の差など明確で、僕は彼女をどんどんと離して行った。
離して行く途中、何処からか風鈴がチリンと音を奏でた。
それと同時位に並木道に着いた。
後ろを振り返り、彼女を確認する。

風鈴が寂しげにチリンと鳴く。

彼女の姿は、忽然として、無かった。




当時の記憶に浸りながら、僕はあの並木道に向かう道を歩いている。
久しぶりの通学路は何1つ変わっていなかった。
当時から、もう随分と時間が経ってしまったが
きっとまだ、大丈夫。時間遡行は行える。
そう思っていた矢先、丁度彼女に話し掛けられた、当時の場所に差し掛かった。

あの時の彼女の言葉を頭で反芻する。

「さーん」
当時と変わらず蝉がミンミンと鳴く。

「にー」
あの時と同じ、あの熱が伝わってくる。

「いーち」
足にゆっくりと、力を込める。

「スタート!」
力を込めた足が力強く、1歩を踏み出した。

走っている最中、あの風鈴がチリンとなった。
そして、全ての条件は当時と等しくなった。

「この道の先に、あの時の続きがある。」
そう信じて、あの並木道に向けて、走った。



6/18/2024, 3:24:34 PM

「落下」

この学校の屋上から飛び降りたらどうなるのだろうか
学校が視界の端に写った時、そう思う。
別に死にたい訳じゃない。自殺場を探すのが趣味という訳でもない。ただ、何となく思うのだ。
人は死んだらどうなるのだろうか、と
残された側は葬式や財産分与等やる事がある上に、故人に対しての想いや思い出を密かに思い出すのだろう。しかし、死んだ側としてはどうなのだろうか。
死んだら意識はあるのだろうか。死んでも尚、思考をする事は出来るのだろうか。死んだら天国や地獄、というものは存在するのだろうか。
グルグル思考が纏まらなくなった所で、考えるのを辞めた。
「これで授業を終わりとする。」
いつの間にか授業は終わっていたらしい。
考えていたお陰で当然、ノートは真っ白だ。
ノートを写そうか数秒考え後、机の中にノートをしまい込んだ。

屋上に行こう
ふと、そう思った。
今は丁度昼休憩で屋上が空いている、行くなら今しかない。
お弁当を持って、教室を後にした。

屋上に続く扉に手を掛けた所で、少し異変を感じた。
人の声が一切聞こえない、人影が見えない、つまり人が誰もいないのだ。何時もは人気の屋上、何故か今日だけは誰もいない。

試すなら今だ。

好奇心が囁く。

屋上の扉を開けて、1歩、1歩、足を踏み入れる。

フェンスが目の前に来た所で、フェンスをよじ登る。

下を見下ろすと地面であるコンクリートが見える。

好奇心と僕は「落下」した。


僕と好奇心は「心中」をしたのだ。

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