杙里 みやで

Open App

「この道の先に」

「ねぇ!勝負しない?」
そう話題を持ち掛けて来たのは彼女だった。
同じクラスの女の子、初めて同じクラスになったから名前なんてまだ覚えちゃいない。
「普通に嫌だけど」
初めましての子と遊べる程、僕は出来た人間じゃない。だから少々素っ気なく返した。
「えー!何でよ。つまんないなぁ、」
コッチをチラチラと見ながら言うその言葉。
少し落胆した声、それとは真逆の期待してる顔。
どうやら彼女は嘘をつくのが下手らしい。
「はぁ、少しだけね。」
純粋な顔に潔く折れる事にした。

今日は早く帰りたかったが、彼女に捕まってしまったのだ、今日はのんびり帰るとする。
彼女に歩幅を合わせながら僕は聞いた。
「で、勝負って何するの?」
彼女は期待してました!と言わんばかりの顔で答える
「この先の並木道まで全力ダッシュ勝負!」
予想していたものとは大きく逸れた返答が返ってきた。こんな夏日に走りたくは無いのだか、彼女の顔を見ると僕は断れなくなってしまった。
「いいよ。」
承諾の意を込めた言葉を飾らず発する。
「じゃあ、3秒後よーいスタートね!」

「さーん」
蝉がミンミンと鳴いている。

「にー」
アスファルトからくる熱が、鬱陶しい。

「いーち」
足に、力を込める。

「スタート!」
力を込めた足が力強く、1歩を踏み出した。

言葉を皮切りとした僕と彼女が全力疾走をした。
だが、男女の差など明確で、僕は彼女をどんどんと離して行った。
離して行く途中、何処からか風鈴がチリンと音を奏でた。
それと同時位に並木道に着いた。
後ろを振り返り、彼女を確認する。

風鈴が寂しげにチリンと鳴く。

彼女の姿は、忽然として、無かった。




当時の記憶に浸りながら、僕はあの並木道に向かう道を歩いている。
久しぶりの通学路は何1つ変わっていなかった。
当時から、もう随分と時間が経ってしまったが
きっとまだ、大丈夫。時間遡行は行える。
そう思っていた矢先、丁度彼女に話し掛けられた、当時の場所に差し掛かった。

あの時の彼女の言葉を頭で反芻する。

「さーん」
当時と変わらず蝉がミンミンと鳴く。

「にー」
あの時と同じ、あの熱が伝わってくる。

「いーち」
足にゆっくりと、力を込める。

「スタート!」
力を込めた足が力強く、1歩を踏み出した。

走っている最中、あの風鈴がチリンとなった。
そして、全ての条件は当時と等しくなった。

「この道の先に、あの時の続きがある。」
そう信じて、あの並木道に向けて、走った。



7/3/2024, 3:30:47 PM