“胸の鼓動”が高鳴る
それは、彼に見つめられた時。逆に、彼のことを廊下で見つけた時。彼に苗字を呼ばれた時。もっとすごいのは、下の名前を呼ばれた時。そして何より、わたしと会話をしてくださっている時。
きっと他にもあるのだろうけれど、まだそんな関係にもなれていないのだ。時々、今のような教師と生徒の関係でなければ、もっと近い関係になれていたかもしれないのに、と悲しくなる時がある。そこで、もしもわたしたちの年齢が近くて同僚だったとしたらどうだろう?本当にお近付きになれただろうか?いいや、きっとそれは間違っている。大人としての秩序と距離感を人より何倍も気に掛けている彼なのだ、すんなり仲良くなれる訳がない。
そう考えるとやっぱり、今教師と生徒なのは奇跡なんだなと痛感する。彼からするとこの好意は邪魔でしかないし、そもそも恋ではなくただの憧れに過ぎないのかもしれない。けれど、この“胸の高鳴り”をその理由にするにはまだ、私たちには早すぎる。
「時を告げる」ようにそれはやってきたんだよ
私と君は仲が良かったものだから、私からの愛情と、君からの友情は途切れないんだと思っていた。私よりも仲のいい友人なんて君にはできっこないし、私だって君よりも好きな人ができるはずもない。
4月になってクラス替えをしてからもう5ヶ月、君は他の人とも友達になってしまった。当たり前なのだけれども、私の知らないところで私の大好きな君が他の誰かと話しているのが、許せなかった。
そんなことを言いつつも私は、新しく来た先生に恋をしていた。彼の言葉はすごく綺麗で、私は魅了されてしまった。あれだけ好きだった、君を差し置いて。
5ヶ月間、私の嫉妬と、君の良くわからない冷酷さのせいで、いつもみたいに話せなくて、「寂しい」とふと思った時、気づいてしまった。私は「君が他の人と仲良くしたのを良いことに、また私は他の誰か(彼)に縋ってしまった、君だけを愛し続けられない醜い女だった」ということを。私はつくづく生きる価値のない人間だな。放置されてはまた新しい人を探し、けれど君が戻ってきたら君だけに染まってしまう。けれどまた彼を見てしまえば私ははたまた、彼のことで頭がいっぱいになる。どうしてこんな人間になってしまったのだろう。愛に飢えた醜い人間が、生きていていいのだろうか。今回のことで「お前は生きていていい人間じゃない、そんな人間に幸福など来ない」と“時が告げ”てくれた気がした。ありがとう、これでやっと決心がついた。硬い縄を潜りながら、朝日に目配せをする
“貝殻”の外側は所々汚れていて、欠けたりしている。内側は、すごくきらきらしていて、そして何より、太陽の光が当たるともっともっと美しく輝く。誰をも魅了させるような、美しい光を跳ね返す。
今は“貝殻”として魅力を語ったけれど、人間もある意味同じようなものだと思う。見た目が優れていなくとも、内側、つまり内面は優しくあったり、おもしろくあったり、人それぞれの美しさを秘めているのだ。そしてその、誰をも魅了する美しさを放つためには、また他の誰かが必要なのだ。自分の良さを改めて理解させてくれる存在が、必要なのだ。
“貝殻”も私たち人間も含めた全ての生物は、何のために生きてるかも分からず人生を終えていくのが使命だ。けれど今日、何のための人生か、少しだけ分かった。自分ひとりの人生を華やかにするのも目的ひとつだけれども、やはり本当に必要なことは、お互いを照らし合えるような存在を見つけることだったのだろう
“きらめき”
久しぶりの“きらめき”を見た。昔を思い出した。
昔と言っても、たった一年前のこと。一年前は君が優しくて、甘えてきて、すごく可愛かった。今でも可愛いけれどね。君のことが恋愛的に好きだった私は、少しでも愛情表現がしたくて「今日は月が綺麗だよ」と自然に言ってみせることが増えた。君は「そうだね」と聞き流すだけだったけれど、それも愛おしかった。
あれから一年たった今、君は私に対する態度が冷たくなって、私は君への愛情が冷めてきた。そのはずだったのに…、私は今、久しぶりの“きらめき”を見ただけで君との思い出に浸ってしまった。きっと私は、出会ったその瞬間から君に一目惚れしてたんだろうし、本当は今もずっと好きなままだったのだろう。もう仲良しに戻れない、なんだか複雑な女子高生間の友情。
久しぶりに、「今日は月が欠けているよ」と君から言ってきてくれた、あの夜の、月と星を見た。
“些細なことでも”彼を知ると、幸せな気持ちになれる
また新しい彼を知れたことが。そして、その新しい彼をいつか見たいという、願い事を想う時間が。
きっと、今にも零れ落ちそうな私の瞳の水滴は、そんな愛しい愛しい彼のせいなのだ。思うようには近付けなくて、けれど声は届いて、あともう少しで触れられそうなのに離れていってしまう、そんな彼のせい。
けれど、いつも私の心に安心とときめきを与えてくれるのは、いつだって彼なのだ。この胸の高鳴りも、寂しさも、全部全部、彼のせい。