ミッドナイト
夜になると、なぜかテンションが上がる。
昼間には気分が乗らなくてできなかったことも、夜になると何でもできると思えるのだ。
世間が寝静まっているこの時間にだけ、私はありのままの自分でいられる。
だけどたまに、全てをネガティブな方向に考えてしまうときがある。
不安や焦りなどの負の感情が頭と心を埋めつくして、いてもたってもいられなくなる感覚。
一度そこに嵌ってしまうと深く落ち込んでいき、抜け出すのも困難になる。
深夜は感情の度合いが大きくなる。良い方にも、悪い方にも。
それはまるで魔法でもかかってるみたいに。
安心と不安
不安は日々心の中に住み着いている。
一度生まれるとある程度長い期間精神をすり減らしていく。
そしてひとつの不安が払拭されてようやく安心できたと思えば、新たな泉から湧いて出てくるのだ。
安心は、不安がないと成り立たない。
何かを信頼したり、ほっとした気持ちになるのは、それまでの或いはそれ以外の、何か不安材料があったからだ。
不安に終止符を打つことができるのは安心だけで、安心は不安がないと生まれない。
安心と不安はまさしく、表裏一体の感情なのだ。
逆光
「うわこれ逆光だ」
現像した写真を見ると、俺たちの顔は見事に真っ暗で、後ろに写る鳥居の影が地面を覆っていた。
「ほんとだ。フラッシュ焚き忘れてるじゃん」
今まで興味なさそうにソファーでスマホをいじっていた弟が急に後ろから覗き込んだかと思えば、その写真を俺の手から奪い取っていった。
「写真興味なかったんじゃないの?」
「んー。別に興味ないなんて言ってない」
「ふーん」
特に意味のない、ただ間を繋ぐためだけの会話。話は噛み合っているし、決して仲が悪いわけでもない。
それでもきっと、俺たちの光は一生交わることはない。
こんな夢を見た
「今日さ、こんな夢見たんだよね」
脈絡はなく、ただの雑談。こいつならどんな反応をしてくれるのか気になって、適当にフってみた。
こっちは期待してるんだ。さあ来い、面白い返し!
「いやこんなってどんなだよ。あ、夢と言えばさあ、」
「いや普通かよ!」
軽く笑ったかと思えば何のひねりもなく普通にツッコまれただけで、すぐに別の話題に移ろうとしてきた。まあ確かに休み時間の短い間に薄っぺらくて意味の無い会話をしているだけだから、こんなふうに軽くいなすのが正解なのかもしれないが。それにしても。
「こっちは期待してんだからさぁ、もうちょっといい感じの返答くださいよ」
「さっきから何の話?」
「今のこんな夢のやつ。あれ渾身のボケだったんだから、もうちょっといい感じにツッコんでほしかったなー」
「いやあれぱっと思いついただけのくそ適当なボケだろ」
「バレたか」
さすがだ。こいつは俺のことなら大体何でもお見通しだ。でもそのせいで嘘も冗談も通じなかったりするからやっかいな奴。
「でもさ、お前だったらこんな適当なフリでも面白く返してくれるかなって期待してたわけよ。まさか綺麗にかわしてくるなんてちょっと残念だったのはしょうがなくない?」
「そっちが勝手に期待して勝手にがっかりしてるだけだろ」
「あくまでもこっちのせいなのね。まあおっしゃる通りでございますけど」
ほんとにこいつには敵わない。ムカつく。
でもなんだろう、こうやって何でも言い合えて気を張らなくていいのがものすごく居心地がいいんだよな。それもまたムカつくけど。
「てかあれ? もう授業始まるのに教室誰もいなくね?」
その言葉でふと周りを見渡すと、確かに、俺たち二人しか残っていなかった。
「ほんとだ。俺らだけやん。うぇーい」
「うるっさ。え、次英語だよね?」
「そのはずだけど。……って違うじゃん、三限化学じゃん!」
「まじか、化学室かよ」
まさかの驚きにばっと顔を上げると、向こうの視線も同じタイミングで俺の顔を捉えた。そのままじっと数秒間見つめ合っていたが、耐えきれなくなってどちらからともなく吹き出す。
「ふははは、やっば」
「あははは、まじか」
「てかまじで急がなきゃやばくね?」
「そうだよな、とりあえず走るか」
急いで教科書をまとめた俺たちは、笑いながら教室を飛び出した。
タイムマシーン
僕はタイムマシーンを作るんだ。
そう言ったかつての友は、その十年後、立派な科学者になっていた。
「急に会いたいなんて連絡来てびっくりしたよ」
「はは、ごめんごめん。元気にしてた?」
高校を卒業して以来、一度も連絡をとっていなかった彼から急にメールが来たのは二週間ほど前だった。
「うん、まあぼちぼちかな」
当時は二人とも誰の目も気にせず、やりたい事をやりたいだけやって、よく大人に怒られていた。この二人だったら何でもできると信じていたし、夢だって何でも叶うと本気で思い込んでいたんだ。
「ところで今日はどうしたの?」
「いや、特に用があるわけではないんだ。ただ唐突に君のことを思い出して、どうしても会いたくなっちゃってさ」
「そっか……。そうだ、聞いたよ。タイムマシーン作ってるんだね」
「うん。おかげさまで順調に進んでいるよ。あと数年もあれば完成する見込みだ」
そう答えた彼は目の前の珈琲をすすって一息つくと、静かに話し始めた。
「実はさ、この前あと一歩の所で行き詰まっちゃって。何回改良を重ねても、どうにも道が見えなくてくてさ。ちょっと前まで、どうしてできないんだって怒りや不安や焦りやらで押しつぶされそうだった」
「それはしんどいな」
「うん。壊れそうな程しんどかった。でも、君のおかげで抜け出せたんだ」
「えぇ、俺?」
思ってもみなかった言葉に驚いていると、彼はそうさと微笑んだ。
「高校生のとき、僕がタイムマシーンを作るって言ったときあっただろ?」
「ああ、そんなこともあったね」
「その時君は、僕を否定しなかったんだよ。今まで誰も成し遂げていない幻想を、馬鹿正直に語る僕のことをね。否定しないのかって聞いたら、こう言った。今俺らが生きている世界は、見果てぬ夢を見た人たちの努力と奇跡の結晶なんだ。君のその夢は実現するかはわからないけど、僕の親友が世界を変えたのなら、これほど素晴らしいことはないよ、ってね」
それを聞いて、はっと思い出した。いつから俺は、あの時の情熱や純粋さを忘れてしまっていたんだろう。
「君のその言葉があったから、僕はその暗闇を抜け出して、ここまで来れたんだ。こんなところで諦めてられるかってね」
そこまで話すと彼は再び珈琲に口をつけた。真っ直ぐと前を見つめる視線に、揺らぎはない。
「夢を見るってのは、いいものだよ。わくわくして、生きてるって感じる。あと数年もしたら、必ず僕は世界を変えてみせるさ」
そう言った彼の瞳は、あの頃の少年のまま、眩しく輝いていた。