実話。
とうとう。
くるべき時がやってきた。
妹の膠芽腫という病が再燃した。
私に何ができる?
人、ひとりの人生の最善とは?
再発すると1年後に生存している割合は30-40%程度。
5年生存率は、8%以下。
10年後生存率は、0%。
悲劇のヒロインになるつもりなどない。
けれど、唯一の肉親がもうすぐ亡くなるとしたら、あなたはどうする?
私に答えはない。
はっきりとしているのは、明日という日があり。
私は妹の幸せを、願っているということ。
これが、私が背負わなければならないものならば、甘んじて受け入れる。
題;あなたとわたし
ある日の夜、突然、近所の騒音トラブルをきっかけに、原因となる部屋を勘違いした彼が、私のアパートの部屋に押しかけて来て、私達は知り合った。
ひたすらに謝罪され、出会いがマイナスから入ったので、プラスに転じて仲良くなるのに時間はかからなかった。
彼はフリーランスで、完全に自宅で仕事をしており、外出もほとんどする事なく、日用品はAmazon、食事はUbereatsで生活していた。
しがないOLでしかない私とは別世界のひと。きっと、彼にとってもそうだったのだろうと思う。
お互いに非現実を現実だと思い込み、1週間に1.2回のの食事や散歩を楽しんだ。
一緒に見る暁の空や夜景は、とても美しかった。
そして、日に当たっていない白い首筋と血管、長く細い指先が異様に艶かしい人だった。
私は、割と早い段階で気付いていた。
私達の関係は長くないと。
週末の朝、彼の大きなベッドの上で目が覚める。寝ている彼を横目に眺める。
私には、一生かかっても買えそうもない時計が、頭の上で音を発する事もせず、未来を追いかけ続ける。
点いていないモニターには、膝を折り、うら悲しく不釣り合いな自分が其処にいた。
私はひとり窓辺に立ち、カーテンを開ける。
紅く染まり始めた朝焼けの街をずっと。
ずっと見下ろしていた。
題;哀愁を誘う
(生き辛い)
作業着を洗濯機に投げ入れながら思った。
「俺こういうの苦手なんで、やってもらえますか?…うわ、さすが!ありがとう!」
先週の金曜日の同僚の言葉を反芻する。
月曜日、残業をしていた自分には聞こえないように小さな声で、金曜日の夜の居酒屋話を同僚達がしているのが聞こえた。
(せんないこと。どうでもいい)
けれど、素直に笑顔にはなれそうもない心持ちになるのは、あいつなら何も言わずにやるだろう、と見下げられている感じがするからだ。
(今日という日が早く終われ)
風呂上がりに買ってきた惣菜を並べて、YouTubeを観ながら、缶のハイボールを流し込む。
休憩時間に喫煙所で電子煙草を吸い、持ち場へ戻る時に、別部署の同期の子と目があったことを思い出す。
(どんな風に見えているのか)
彼女とは久しく喋っていない。
(勘違いなんかしたら痛い目みるぞ)
もう1人の自分が教えてくれる。
カーテンの隙間から、遠く高い、そして明るい月が見えた。
(…別の生き方もあるだろうか…)
月の下には、窓に映る自分の顔があった。
題:鏡の中の自分
「ママ!れん君ち、すごいんだよ!」
「何がすごいの?」
「おやつにね、たくさん果物がのったケーキが出てきたんだけど、れん君のママが自分で作ったんだって!」
「それはすごいね。よかったね」
「それだけじゃないよ!カップの下にお皿をわざわざ置くんだよ!お店以外で見たことないからびっくりした!」
「ふふ、そうね。我が家じゃ出てこないもんね」
「それにね、紅茶を入れたポットを毛糸の帽子でくるんでた!」
「あら、それならきっと我が家でも出来るわよ」
「ママ、でもうちには紅茶が無いよ!」
題;紅茶の香り
その日、小学生だった僕は居残りでドリルをさせられていた。
平成初期は未だ、昭和の風土が残っており現在のようにコンプラなどの意識は皆無だった。
ちょうど今くらいの、11月にもならない10月の終わり、夕日が差し込む教室で、僕は一人「早く帰りたい」と焦っていた。
ドリルを終わらせ、誰も居ない廊下を走り職員室へ向かう。長い廊下は暗く何処までも続くかのように見えた。
先生に確認してもらい、急いで家路を急ぐ。
夕日が沈みかけて、自分自身の影が長く伸びており、その自分の影を追うように運動場を走る。
校庭の出入り口を目指していると、その時、ふっと自分の影の横にもう一つ影が現れ二つ並んだ。
えっ、と思い立ち止まり振り返る。
誰もいない。
ただただ寂しい校舎が、ぼーっと立っていた。
僕は恐ろしくなり、全身の毛を逆立てながら、文字通り一目散に走った。
息を切らして自宅にたどり着く。
仕事帰りの母と玄関で、ちょうど居合わせた。
叱られると覚悟したが、母は「あれ?誰かと一緒じゃなかった?走ってる姿が二人居たように見えたんだけど」と呟いた。
僕はまたもや全身の毛を総毛立たせ、泣きべそをかきながら母にすがりついた。
その後、おばあちゃんが教えてくれたことがある。
夕刻の黄昏れ(たそがれ)時の語源は「たそかれ」と言い、薄暗くて人の見分けがつきにくい時刻のことで、「誰(た)そ彼(かれ) 、あれは誰? の意味だということを。
題;放課後