対戦相手と向かい合わせになって杖を構える。
今までに幾度となく戦ってはきているが、緊張の走るこの瞬間には未だ慣れない。
決闘開始の合図が出る。
しばらくの間、両者一歩も動かず魔力を溜めていたが先に呪文を繰り出しながら動いたのは相手の方だった。
「インセンディオ!」
「っ…、」
瞬間、轟々と赤い炎に包まれる。
自身への被害を最小限に抑えるべく素早く前へ移動しながらモンスターブックを召喚し、相手へと放つ。
僕には自分の中での決闘のルールがあった。
〝まずは相手に先制攻撃させる事〟
出方を見るという目的もあるが、元々決闘は疎か争いごと自体全くもって好まない僕は、まず相手に自らを攻撃させる事で反撃する事を正当化させたかったのである。
もはやそうでもしないと戦う気力も湧かない質だった。
…というのは今は置いておこう。
次いでマタゴとピクシー、おまけに浮遊爆弾を召喚する。
これでひとまず相手は僕への攻撃ではなく召喚した魔法生物の処理に追われることになるだろう。
コンフリンゴやヴェンタスをされてしまうと少々厄介だが、大抵の魔法使いの呪文にあっさりやられてしまうほどこちらも魔法生物の育成に手を抜いてる訳では無い。
呪文を使いこなすのが苦手な分、召喚魔法は得意であった。
対戦相手が魔法生物に攻撃されながらこちらへ近づいてくるのを見てチャンスだと拘束呪文の準備をする。
照準を定め、呪文を唱えようとしたその時、
「インフラ「セクタムセンプラ!」
相手が先に呪文を繰り出した。
しまった!呪文を唱えるのが一足遅かった、と思うと同時に緑色の光を帯びた風の刃に襲われる。
慌てて防御の体勢を取ったが、裂かれる様な痛みを身体全身に感じ、思わず身体を抱え込んで後ずさる。
相手を攻撃する為に近くに居たマタゴやピクシーも跳ね返ったセクタムセンプラに巻き込まれ消えてしまった。
いくら決闘で死なない程度に保護呪文がかかってるとはいえ呪文が当たるともちろん怪我はするし痛いものは痛い。何とか凌ぎはしたが左腕を負傷する結果になった。
「エクスパルソ!」
「!!〜〜〜っ、ぅ」
好機とばかりに続けざまに攻撃を当てられる。当然避けられるはずも無く爆発によって跳ねた破片が頬を掠めた。
このままでは不味いと一旦距離を取る為に後ろへ下がる。
…いや、正確には下がろうとした。
「!?えぁ、」
気づいた時にはアクシオで引き寄せられそのまま拘束されてしまっていた。
なるほど、このまま畳み掛けようってことか。
ズキズキと痛む左腕を抱えながらアクシオによる一時的な拘束が解けるのを待つ。
どうやら相手は少しずつ勝利を確信してきたようだった。
「…っはは、でも残念。」
散々攻撃を受けている間に“アレ”を召喚する魔力が溜まった。
僕の様子に何かおかしいと察知した相手が次の呪文を繰り出そうとしていた杖を下ろし飛び退く。
「ピエルトータム・ロコモーター!!」
上から下へ杖を振り下ろす。瞬間、二体の石像がその場に出現した。自分の出せる最大で最高レベルの召喚魔法である。
拘束が解けた僕はゆっくりと立ちあがり後ろへと下がった。
恐らくもう前線に立つ必要は無いだろう。
相手が石像に苦戦している間に次々と他の魔法生物の召喚を行う。
そしていよいよ体力的に追い詰められた対戦相手に今度こそ拘束呪文を放った。
「…ごめんね。」
決闘終了の合図と共に辺りから喝采が湧き起こる。
そのまま戦闘不能となった相手にやりすぎたかと少しの罪悪感を抱えつつ、まずは勝ったことに安堵した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
┈┈┈┈┈
「……そういや、なんで戦うの嫌いなくせにお前は決闘に行くんだ?」
後日、大広間でご飯を食べていると決闘で負った怪我を見て不思議に思ったのか同じ寮の友人がそう尋ねてきた。
「あぁ、別に戦いたくて行ってる訳じゃないよ。」
「ならグレートウィザードでも目指してるのか?」
「いいや、それも違うかな。もちろんグレートウィザードになれるに越したことはないんだけど。」
「だったらどうして」
「うーん……」
少し考えて言葉を選ぶ。
「…いざとなった時に、大切なものを自分の力で守るために…かな。」
ただ闇雲に強さが欲しい訳では無い。だけど大事な時に肝心な力がなければどうにもならないから。
だから僕は今日も決闘クラブへ足を運ぶんだ。
対戦相手と向かい合わせになって杖を構える。
今までに幾度となく戦ってはきているが、緊張の走るこの瞬間には未だ慣れない。
さぁ、決闘開始だ。
#向かい合わせ HPMA side.S
“音楽は人と人を繋ぐ魔法だよ”
そんな言葉を聞いたことがある。
まだ入学して間もないある日の夜、妙に眠れなかった僕は誰か同じように起きてる人は居ないかな…と談話室へ向かった。
そうして談話室の扉を開いた途端、耳に飛び込んできたのはピアノの音だった。
……綺麗な音色だなぁ。
ピアノを弾いている子は一生懸命練習しておりこちらには気づいていない様子だった。
そのまま談話室のソファに座って演奏を聴く。
ゆったりと心地良い時間が流れていくのを感じた。
その日から夜になると談話室に向かう…といった習慣ができ、いつの間にか自分もピアノを弾く側になり、あれよあれよという間に一緒にピアノを弾く仲間が増えていった。
__そして今に至る。
「私達が出会ってもう1年も経つのか…早いものだね。」
記念日を祝う学校の花火大会で、夜空に咲く大きな光の花に照らされながら幼馴染がしみじみと呟いた。
もちろんこの幼馴染もピアノを弾く演奏仲間の1人だ。
「見て、今の花火ドラゴンの形だった!」
そしてもう一人。あの日僕が談話室で出会ったピアノを弾いていたあの子は今や自分と幼馴染の事を兄や姉と呼んでくれる可愛い妹分である。
ただ、この妹分は勉学においても実習においても多才な為、普段から忙しくこうして三人揃って会うのはかなり久々だった。
「花火、綺麗だった〜!」
「去年の花火大会よりいろんな種類の花火が増えててびっくりした!」
「ほんと、あっという間だったね。」
花火大会の感想を話しつつ部屋へと戻る。
久々に三人揃ったのだから互いのピアノ演奏が聴きたいという話になったのだ。
〜〜♪〜♬〜〜♪♪〜〜
静かな部屋に各々が奏でるピアノの音が響く。ふと誰かが言っていた“音楽は人と人を繋ぐ魔法”という言葉を思い出した。
…なるほど確かにその通りかも。
どれだけ時が経っても、どれだけ離れていても、音楽は僕らを繋ぐ一つの魔法だと思った。
また来年もこうして君の奏でる音楽が聴けますように。
ピアノの音に願いを込めて。
#君の奏でる音楽 HPMA side.S
いつか来る終わりを考える。
その時が来たらきっと自分はあっさりそれを受け入れるんだろうな、と他人事の様に考える。
「何故かって?始まりがあるなら間違いなく終わりもやってくるのだから。決まってしまったことに抗ったって仕方ないじゃないか。」
そう言うと“彼”は少し困ったようにそれはそうだけど、と笑った。
「寂しくはないのかい?」
「そりゃ…もちろん寂しいとは思うだろうけど。」
「でも受け入れるんだろう?」
「そうだね、それが覆される事は無いだろうから。」
キッパリと答えると“彼”はそのまましばらく何か言いたそうな顔をしていたが、結局何も言わないまま静かに頷いて口を開いた。
「…君と僕達は確かにここで生きていた。その事をどうか忘れないでくれよ。」
__そこでハッと目が覚めた。
夢の中の“彼”がどんな顔をしてそう言っていたのか、霞みがかって思い出せない。
ただいつかくる未来の終点に対して、今はまだ来ないで欲しいとそう願った。
#終点 今朝見た夢の話
「…そういえば、最近あの子見かけなくなったのよね。」
カフェで二人お茶をしていた時、ふと目の前のおねえさまがそう零した。
「あの子って?」
「ほら、ちょっと前に知り合ったって言ってた他寮の…」
「あぁ、おねえさまが怪我の手当てしてあげたって言ってたブロンドヘアの人?」
「そうそう、あの子話してみると気さくで良い子だったから今度貴方にも紹介してあげようと思ってたんだけど、この頃あんまり会わないのよね…。」
まぁあの子も怪我なく元気にしてたら良いんだけど、と言って紅茶を飲むおねえさまは優雅で美しくて今日も世界一可愛い。
「ふーん……?」
変なの、と小首を傾げて目の前のケーキを1口頬張る。
甘酸っぱいラズベリーの酸味と滑らかなクリームの程よい甘みが口に広がり、思わず美味しい…!と頬を緩めた。
「ふふ…ほっぺにもついてるわよ。」
「んむ、」
そう言っておねえさまが私の頬についたケーキのクリームをそっと指で拭うとそのまま自らの口へと運ぶ。小さなリップ音と共にクリームはおねえさまの口に消えていった。
「〜〜お、おねえさまったら…!!」
「あらほんと、甘くて美味しいわね。」
ご馳走様♪と少し悪戯っぽく微笑んだおねえさまに思わず赤くなった頬を抑える。
その後「もう、おねえさま大好き…っ!」と私が零すと、ちょっぴり照れてはにかんでいたおねえさまが可愛すぎたという事もここへ記しておこうと思う。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「〜♪〜〜♪〜♪〜」
鼻歌を歌いながら階段を下っていく。
おねえさまと私は寮が違うから、先程おやすみのキスをして別れたところだ。
そういえば、おねえさま気にしてたな…と“ブロンドヘアのあの人”の事を思い出す。
“キャッ…!な、何するの……!?”
“…やだなぁ分かるでしょ?次、おねえさまに近づいたらどうなるか……。気をつけてね?”
…ちょっとご挨拶しただけだもん。
物分りの良い人で良かった。
部屋に戻っておねえさまとのデートの為におめかししてたオシャレな服を脱ぐ。
そして寮カラーである緑の制服に着替え、うっすらと狡猾な笑みを浮かべた。
「大好きなおねえさまがずっと私だけを見ていてくれますように。」
#私だけ HPMA side.C
「...ありがとう、ごめんね。もう一緒には居られないの。」
そう言って少し困った様に笑って、この世から居なくなっちゃったあの子。
私はあの子の支えにはなれなかった。
最後の最後まで、心の内を何も知ることが出来なかった。
“一緒に居られないだなんてそんな寂しいこと言わないでよ。私はずっと...ずっと傍に居るから。”
あの時そう言葉にしていたなら結末は変わっていただろうか?
ふと見上げた窓越しに見えるのは広い広い真っ青な空。
あの子の元まで続いていたら良いのに、なんて。
#窓越しに見えるのは