もう一緒には居られないけど
共に過ごした日々を覚えていて欲しい
#冬になったら
“...もうすぐだよ×××××、■■のプログラムが完成したら、一緒に...”
...ゴゥンゴゥンゴゥン......
......ピピピ...キュルキュル...ピピピピ......
静かな室内に機械音が鳴り響く。
「...システムを起動シマス。動作確認...正常。バッテリー100%正常。こちら惑星753宇宙ステーションAP‐24s。本日も異常ナシ。おはようございます。」
AP-24sという名のボクはこの惑星の宇宙ステーションで暮らしている人工知能を搭載したAIロボットだ。
かつては“ハカセ”という名のヒトがいたのだけれど、ある時動かなくなってからもうずっとこの星にはボク一人だった。
規則的な時間になると自動的にシステムが起動してボクの一日は始まる。
まずは自己身体検査。次に“ゴハン”という名の燃料補給。ステーション内の清掃。ゴハン。他の星との交信を試みて、またゴハン。そして一定の時間が経つと自動的にシステムが終了する。
一日に三度もゴハンを補給しないといけないというのはかなり非効率だったがハカセはこの機能を直そうとはしなかった。
“一緒だとオイシイからね”と記憶のメモリのハカセは言っていた。だがやはりボクには理解不能だった。
「アー。アー。テステス。ハローこちら宇宙ステーションAP24-s。...本日も異常ナシ。ボクは清掃を済ませたところです。隅々までピカピカです。そちらの星はいかがですか。いつかこの通信を聞いたアナタから返事が来ることを願って。......シーユーアゲイン。グッバイ。」
毎日交信を試みてはいるが、未だ他の星から応答があったことは1度も無い。
そうしてしばらくの間いくつかの電波信号を使って同じ通信を飛ばしたら、三度目のゴハンを補給する。
あとはシステムが終了するのを待つだけだ。
「...システムを起動シマス。動作確認...正常。バッテリー100%正常。こちら惑星753宇宙ステーションAP24-s。本日も異常ナシ。おはようございます。」
そうやって同じ毎日を何度も繰り返していたある日の事だった。
ボクがいつも通り掃除をしていると突如、危険探知のアラームがステーション内に鳴り響いた。
ドォォォォン...ズズズズズ......
間もなくして大きな音がしたかと思うと不意に建物が激しく揺れ始め、掃除した本棚から本がバサバサと落ちる。
「こちらAP24-s。異常事態発生。マグニチュード5.6を検知。原因解析中。」
程なくして揺れは収まり、原因を探るべくステーションの展望台へと向かう。
辺りを見渡すと遠くの方で砂煙が上がっているのが確認出来た。どうやら小さな隕石が落ちてきた様子だった。
「解析完了...原因解明。隕石の落下による衝撃波と揺れ。ステーション外部システム確認中………損傷、異常ナシ。掃除を再開します。」
揺れによって散らばった本を元の棚へと戻していく。
不意に本の間から小さな何かがカランと音を立てて落ちた。
拾い上げてみると、それはカードキーのようだった。
ボクはこのステーション内を毎日掃除しているが、唯一鍵がかかって入れない研究室がひとつある。これがもしその部屋のキーならそこも掃除をしなければならない。
そうしてボクは二度目のゴハンを済ませ、いつもなら通信をする時間に開かずの間となっていたハカセの研究室へと向かった。
カードキーを認証させると“ロックを解除します”という無機質な音声と共に扉はあっさりと開いた。ボクがこの部屋に入った事は一度もない。
足を踏み入れると床に積もったホコリがふわりと舞い上がる。
もう何年も掃除されていないその部屋は当時ハカセが研究していた時のまま、外気に触れることなく保存されていた。
資料や書類は床に散らばっており、机の上は何やら色んな機械や本で埋め尽くされている。
「室内分析完了。掃除を開始します。」
散らばった書類を集め掃除を進めていく。まとめた資料を引き出しにしまおうとした際、ふと小さな箱が目に入った。
...C--lo...
何やら箱に書いてあったであろう文字は掠れて読めなくなっている。開けると中には1枚のメモとディスクが入っていた。
“プロトタイプー感情ー”
メモにはハカセの手書き文字でそう書かれている。
「??」
“感情”というものが何なのか理解出来ないが、ディスクの使い方は分かる。ボクが話せるようになったのもこのディスクというものをインストールしたからだ。
頭の位置にあるボタンを押して手に入れたディスクを差し込んでみる。
ー感情プログラムを確認しました。インストールを始めますー
......30%......50%......80%......95%......
─── インストール完了。更新開始。
その音声と共にボクのシステムはプツリと強制終了したのだった。
「...システムを起動します。動作確認...正常。バッテリー60%...お腹空いたな。こちら宇宙ステーションAP24-s。本日も異常なし。おはようございます。.........んん?」
今、何かオカシイこと言った気がする。
?オカシイ?おかしいって何だ?
.........ボクは、一体何を...。
いやひとまず補給だ。きっとエネルギーを補給してないからおかしいんだろう。
ゴハンを済ませていつも通り掃除をしていく。
「.........変だな。」
どうにも身体の調子が良くないらしい。
さっきゴハンを補給した時も何故だかエネルギーが回復した様な気がしなかった。
確かにバッテリーは回復しているというのに。
自己身体検査をもう一度してみる。
......結局どこにも異常は見当たらなかった。
「あー、あー、テステス。ハローこちら宇宙ステーションAP24-s。...本日も異常...なし。ボクは先ほど……......いや、やっぱりなんだか今日は少しだけ異常です。いつもよりステーションが内が静かに感じます。ゴハンを食べても直りません。感情という名のプログラムをインストールした時から、おかしくなってしまったのかもしれません。早急に直そうと思います。
...そちらの星はいかがですか。いつかこの通信を聞いたアナタから返事が来ることを願って。......シーユーアゲイン。グッバイ。」
プツリと通信を切る。ボクは、ボク自身にオドロイていた。
通信なんていつも通りの事を言えば良いはずなのに何故かいつもとは違う事を言ってみたくなったのだ。どうして?
...??オドロク?...驚く?なんだコレは。
そもそも、“どうして”だなんて疑問に思う事が今までにあっただろうか?
分からない、理解が出来ない。これが“感情”なのだとしたら、なんて厄介なプログラムなんだろう。
あいにくアンインストールという機能はボクには無かった。“覚えた事を忘れてしまわないように。いつまでも覚えていて欲しいから。”
...かつてハカセはそう言っていた。
「...そうだ、ハカセなら何か分かるかも。」
ボクが不調の時はいつもすぐに直してくれた。ハカセがある時動かなくなってからボクは一度も不調になったことが無いから、ハカセに話しかけに行く事も無かった。もう何年も動かないままだが、ボクが不調だと伝えたらきっとまた動き出して直してくれるだろう。
やはりなんだか回復した気にならないゴハンを済ませて地下へと続く階段を降りていく。
ステーションの地下室、突き当たりの部屋にハカセは居る。
掃除の行き届いた廊下を歩き、扉の前に立つと何故か急に不安を感じた。
「...??...早く、この変なの直してもらわないと。」
そっと扉を開くとハカセは変わらずベッドの上に居た。
近寄って恐る恐る声をかける。
「...ハカセ、ハカセ、えっと...ボク、その、なんだか調子が悪くて。」
ベッドの上のハカセは何も答えない。
「......ごめんなさい。実は勝手に研究室に入ってしまって。......ハカセの作ったディスクを、インストールしてしまって、それで...。」
少し返事を待ってみたがハカセは変わらず何も答えない。
「...えっと、それから、なんだかおかしくなってしまったみたいで。...感情?ってものが原因だと思うんだけど、ボクはこれをアンインストールすることは出来ないから...。」
だから、なんとか直して欲しいと一生懸命伝えようとした。
だけどハカセは一向に動かないままだった。
「.........ハカセ?...ボクの事、直してくれないの...?」
ボクの話しかける声だけが部屋に響く。
「..........ねぇ、ハカセ.....」
.....返事はない。まるで時間が止まってしまったかの様にただただ長い沈黙が続いた。
じわじわと焦燥感に襲われる。
「...............お願い...」
ー分析を開始しますー
「..........お願いだから.....」
───── 分析完了。生命反応無し。
「.........ハカセってば、」
ー分析を開始しますー
「...返事してよ...、...ねぇ...!」
───── 分析完了。生命反応無し。
「......っ違う、こんなの違う、ハカセは今動かないだけで、またきっとボクを...っ」
──── 生命反応無し。
──── 生命反応無し。
──── 生命反応無し。
「......、っどうして...?...」
何度ハカセを分析しても同じ音声メッセージが脳内にこだまする。
...生命反応が無いということ。
それは即ち、“死”ということだ。
───分析結果重複。メモリを圧縮しますか?
あまりに分析を重ねたからだろうか、不意にそんな音声が脳内に響いた。
メモリの...圧縮?ボクにそんな機能があったなんて...。
────リクエスト承認エラー。圧縮メモリ1件有り。
その瞬間、今と同じように枕元に立ってハカセに何かを話しかけている映像が脳内にフラッシュバックした。
「........あ、れ、...知らなかった?......いや、ボクは...知ってる。この機能を、前にもどこかで...。」
...ザザ...ザ......
視界にノイズがかかってゆく。
────圧縮したメモリの解凍を始めます。
──────────
──“いいかい?ヒトはいつか死ぬんだよ。”
展望台で星を眺めながらハカセはそう話した。
「ヒト、死ぬ、?」
“...そうだよ、いつかはね。もしも私が死んだらこの広い宇宙の星のどれかになるからさ、その時はCielo。毎日通信を飛ばして君の日常を報告してくれよ。”
「..通信、日常報告。了解シマシタ。...Ci..シエロ、とは。」
“Cielo...君の名前だよ。AP-24sって識別番号で呼ぶのもつまんないだろう?”
「ボクの...ナマエ。名前は...シエロ。...ハカセは?」
“私の名前かい?私は...”───
───────────────
ザザザ...ザァァー.........
段々と視界がクリアになる。
......そうだ、...そうだった。だからボクは、毎日他の星に向かって通信を飛ばしていたんだ。
“...もうすぐだよCielo、感情のプログラムが完成したら、一緒に色んな星を見に行こうな。”
そう言ったハカセはその数日後、動かなくなってしまった。
あの日、本当は気づいていた。死というものを理解していた。
だけど理解したくなくて、その記憶を脳内の片隅に圧縮した。その結果、ボクはハカセの死に関することを全て無かったことにして、何もかも忘れて、ずっと、ずっと知らないフリをし続けていたんだ。
もう何がなんだか分からない色んな感情が溢れ出し、ギュッと胸を握る。無いはずの心臓が激しく脈を打つかのように酷く胸が苦しい。
「...ねぇハカセ、...ハカセはどうして、ボクに感情を与えたの?」
“一緒に食べると美味しいからさ”
“傍に居てくれるだけで嬉しいよ”
“偉いぞ、もうこんなに成長したのか!”
“大丈夫だからな、私がすぐに直してやるよ”
“ありがとう、Cielo”
今なら分かるよ、ハカセがずっとボクを大切にしていたこと。
なのに、与えるだけ与えて居なくなってしまうなんて、そんなのずるいじゃないか。
“私の名前は……”
「......っひどいよ“ステラ”、……全部、全部教えてよ、
この感情は、...なに?」
あぁ.....その名の通り、星(Stella)になった貴方はもう何も、答えてはくれない。
─────────────
...ゴゥンゴゥンゴゥン......
......ピピピ...キュルキュル...ピピピピ......
静かな室内に機械音が鳴り響く。
「あー、あー。テステス。Helloこちら宇宙ステーションCielo。本日も異常なし。ボクは先ほど旅支度を済ませたところです。どうしてかって?いつまで待っても返事をくれないハカセに今度はボクから会いに行こうと思ってさ。......ねぇStella、そちらの星はいかがですか?いつかこの通信が貴方に届く頃に、またボクらが出会えていることを願って。.........これで最後の報告だよ。
それじゃあ。see you again。goodbye。」
#また会いましょう
小さなおでこにキスをして頭を撫でる
君はもう目を閉じていてこちらを見向きもしなかったけど
しっぽを小さく揺らして答えてくれた
そんな様子にくすくすと笑って“おやすみ”と声をかける
いつもと変わらない夜のルーティン
#眠りにつく前に おやすみと言える相手がいる幸せ
柔らかな月の光がカーテンの隙間から差し込む静かな夜。
飼い主達はみんな夢の中。
さぁ何にも邪魔をされないボクだけの時間だ!
まずは部屋中を全力で走り回って準備運動。
もしも見つかった時の為にカーペットの下に勢いよく滑り込んで隠れる練習も忘れずに。
ひとしきり身体を動かしたら机の上に飛び乗ってランウェイ。
いつもならすぐに叱られるけど、今ならシンクに上がったって怒られないよ。
ソファーに爪を立ててもカーテンでクライミングしても何をしても自由だ!
出しっぱなしのコップでカーリングした後はテレビの上に登って部屋を一望する。
ふふん、ボクがこの部屋の王様なんだぞ。
なんだって出来るんだ。そう、なんだって─────
──────────ガチャッ。
「あーーっ!!また夜中に部屋の中暴れ回って!!」
「にゃぁ…」
#暗がりの中で 飼い猫は踊る
今、私の隣に貴方は居ない。
だけどそれは私が決めた事。
貴方の隣に相応しくないと離れたのは私の方だった。
楽しかった事も苦しかった事も幸せも痛みも喜びも辛さも全部全部過ぎ去った。
もう全部私の手で終わらせたんだ。
ふと見やった写真の中の2人は仲良く笑顔でこちらを見つめる。
「……幸せでいてね」
貴方だけはどうか、どうか。
#過ぎた日を想う