「あーもーやだぁーー!!もう何回目の失恋!?男って皆こうなの!?私の男運が低過ぎるのは何かの呪いなの?!」
そう言ってヤケ酒を煽る友人の介抱をするのは今に始まった話ではない。
本日何度目か分からないため息を彼女にバレないようにそっと零す。
「程々にしときなよ?明日二日酔いで絶対後悔することになるから。」
「うぅ、……どうして…私は好きだったのに……」
……だめだこりゃ、もう手遅れかも。
どうやら今回も付き合った男が最低のクズ野郎だったらしい。二股をかけられており、彼女は所謂キープされてる状態だったとか。
私の友人は可愛い。可愛くて優しい。おまけに頭も良くて面倒見も良い。つまりモテるのだ。
なのに何故かそういう類の男に引っかかって付き合っては別れを繰り返し、結果ヤケ酒を煽る事になるくせに、またしばらく経つと新しい出会いを求めているものだから、見ているこちらとしてはかなり心配である。
おまけにすぐに人を信じてしまう性格ときた。
最早ピュアなのかピュアじゃないのか分からない。
「はいはい、水取ってくるから大人しくしててね。」
「…やだぁ……そうやって皆離れていくんだぁ……」
「分かったからそろそろ飲むのやめなさい。」
イジけ始めた酔っ払いから酒を取り上げ水を取りに行こうと立ち上がる。その時、
「…………ごめんね、嫌いになった……?」
机に突っ伏した彼女の小さく呟いた言葉が耳に届いた。
「!〜っ……あのさぁ、嫌いだったら毎回こんな時間まで付き合ったりしないし、そもそも…」
そこまで言いかけてふと彼女を見ると、既にむにゃむにゃとよく分からない寝言を言いながら眠りの世界へと旅立っていた。
今度こそ盛大なため息をつく。
「…………私の気持ちも知らないで。」
すやすやと寝ている彼女の前髪を掬って、おでこにそっとキスを落とす。
誰かさんのおかげでこっちはもうずっと失恋中だってのに。
“他の奴なんかやめて、私にしときなって。”
寸でのところで飲み込んだ言葉が胸の中でぐるぐると渦巻く。
「………早く、幸せになってね。」
そして願わくば、叶わないと知っていながらいつまでも淡い期待を持ち続ける長い長い私の失恋を終わらせて欲しい。
#失恋
シトシトと雨が降る。
梅雨入りしたとはいえ天気予報では降らないって予報だったのに…。
雨はそんなに好きじゃない。
ジメジメして冷えるし、外も薄暗いと気分もなんだか憂鬱になる。
そうして玄関口でぼんやりと外を眺めていたら、不意に後ろから声をかけられた。
「ねぇ、もしかして傘忘れたの?」
振り返ると背の低い小柄な女の子が立っていた。
どこのクラスの子だろうか、見たことは無い。
現状をズバリと言い当てられた事に少し気まずくなって目線を逸らす。
「その、予報が外れてしまって…」
ぎこちなくそう返事をしてまた外を眺めた。
いつまでもここに居たって仕方ない。雨は止みそうもないし駅まで走るかと考えかけたその時、不意に彼女が
「じゃあ、私の傘に入れてあげる!」と折りたたみ傘を掲げてにっこりと笑った。
雨の中を二人並んで歩いていく。
それじゃあ駅まで…と、彼女の好意で入れてもらった折りたたみ傘は少し窮屈で、触れる肩がなんだかくすぐったい。
初めは私が持つから!と彼女が傘を持っていたが、如何せん背の低い彼女と女子の中でもそこそこ高めの自分だとどちらが傘を持つかの結果は目に見えていた。
小さな彼女の手から早々に傘を取り上げ、濡れてしまわないよう少し彼女の方へと傘を傾ける。
何の気なしにそうしていたが、それに気づいた彼女は少し不満そうに物申してきた。
「もう、それじゃ傘を差してる意味が無いでしょ!」
「えぇ、でも貸してもらってる身だから…」
そう答えるとしばし考える表情を見せた彼女は、
「…だったら、こうすれば問題ないよっ!」
と言って私の腕にぎゅっとしがみついてきた。
一気に距離が近づき、ふわりと彼女の香りが鼻を掠める。突然の事にぱちぱちと目を瞬かせていると、名案でしょ?という顔をした彼女と目が合った。その瞬間、
「……かわいい。」
ポロリと零れるようにそう口にしていた。
「へ、」
「…え、あ、いや、今のは別に変な意味じゃ…!」
自分でもよく分からないまま慌てて謎の弁解を始める。
ただ無邪気に自分を見上げてくる彼女がなんだか可愛いなと、そう思っただけなのだ。
彼女はというと、腕にしがみついた体勢のままフリーズしていた。
恐る恐る声をかけると、ハッとした表情になるやいなや、顔を背けてしまう。
「え、えっと、…ありがとう?」
何故か顔を背けたまま、もごもごとお礼を言われた。
いきなり可愛いだなんて言って変なやつだと思われてしまっただろうか…と不安になるも、組まれた腕が解かれる事はなく少し安心する。
「…その、貴方みたいな綺麗な子にそんな事言われると思って、なくて…」
不意にそう言ってこちらをそっと覗き込んできた彼女の頬は少し赤く染まっていた。
「……え、っと…」
今度はこちらが固まる番だった。
雨はそんなに好きじゃない。
ジメジメして冷えるし、外も薄暗いと気分もなんだか憂鬱になる。
だけど、そんな薄暗い雨の中で何故だか彼女はキラキラして見えた。
触れた肩も組まれた腕も、なんだか先程より暑く感じた。
シトシトと雨が降る。
もうしばらく降ってても良いかも、なんて。
#梅雨
忘れたいって思ってる内は
忘れられない、いつまでも。
記憶って、きっとそういうもの。
#忘れられない、いつまでも
「きっと来年もこの桜を一緒に見ようよ、約束。」
一年前の今日、確かに交した約束は──────
「.........全く、あっさり破られちゃったな。」
────────守られることは無かった。
桜の木の前にぽつんと立つ墓の前にしゃがむ。
「...分かってたよ、君がこの約束を果たせない事なんて。」
その約束を交わした時点で君には既に僅かな時間しか残されていなかった。
余命宣告。日に日に衰弱していく身体。それでも必死に生を紡いでいこうと毎日笑顔で振る舞う姿。
「......分かってた、けど」
生きてて欲しかった。もしかしたら来年もまだ君は隣に居てくれるかも、なんて密かに願った僕の淡い期待まで砕いちゃってさ。
何も言わずに居なくなるなんて。この薄情者め。
小さく風が吹いた。桜ははらはらと静かに散ってゆく。まるで誰かさんのように。
少し滲んだ視界を上に向けて空を仰ぐ。
「あーあ、こんなに綺麗な桜を見られないなんて勿体無い!」
どれだけ願っても君はもう居ない。
どれだけ願っても時は戻らない。
仕方ないな、僕がそちらへ行くまでに目一杯堪能しといてあげよう。
「それじゃ一年後、また一緒に見よう。約束。」
#一年後
口を開けば“気になるあの人”の話ばかり。
あの人がね、と笑う彼女の表情はさながら恋する乙女そのものだった。
「はいはい、そんなに好きならさっさと告っちゃえば?」とぶっきらぼうに返すと、途端に顔を真っ赤にして
「べ、別に好きとかじゃなくて...見てるだけで充分というか...!」と分かりやすく慌て始めた。
もはやその反応全てが答えを出している様なものなのに。
なんだか少し気に食わなくなって嫌味をひとつ零す。
「...知ってる?初恋ってさ、叶わないらしいよ。」
今まで恋愛事などさっぱり興味も持たなかった彼女が急に色づき始めたのはいつだったか。
恐らくこれは彼女にとって初恋なのだろう。
「もう、なんでそんなこと言うのっ」と、これまた分かりやすく頬を膨らませた彼女が一生懸命怒る小動物に見えて思わず吹き出す。
初恋は実らない。どうか叶わないで欲しい。
そんな事を考えて胸の奥で小さく痛みを訴えた自分の心に蓋をする。
...あぁ、少なくとも目の前の彼女が好きな私の初恋は叶いそうにないのだから。
#初恋の日