no.12:手紙の行方
サトルのノートを一枚だけ切り離す。先の鋭い鉛筆で星を描いたページ。
あたしは、サトルに何も伝えられない。
今日こそは言わなきゃと思っても、土壇場で怖気付いて、ぶっきらぼうにコーヒーを催促してしまう。
「無理して飲まなくてもいいのに」
サトルは苦笑いでカップを2つ用意して、薬缶を火にかける。
サトルに呆れられても、無理したいんだ。
自分を甘やかさずに、胸の中のことをすべて書き尽くしたい。
宛名は死んでも書かないけど。
no.11:『輝き』
誰でも手に入る 憧れを
集めていた夜明け前
指一本で 貼り付けたハートが
今日も誰かを悲しませている
輝きは 平等じゃない
僕は画面を暗くして、
三日月を探す
眠りこける街を遠ざけ
ひとりつっきる 交差点は黄色
丸い水槽のクラゲは
夢のなかにも 出てこない
夜に誘われて
輝く三日月の光を集める
ひとり歩きの 信号は黄色
no.10:時間よ止まれ
「時計が遅れはじめても、大事な日には遅刻できない。そんなわけであたしの時計、今から10時で止めておくね。未来で待ってるよ!サトル」
ふざけているとしか言いようがない。
チカの時間は、僕の部屋の時計の先を行っている。
世界の針がチカに追いつくまであと40分と少し。
「時間の隙間に潜り込んではいけない?そんな決まりあった?いつから?こんな風に質問攻めしてると小学生みたい。懐かしいよね」
ベッドの中から電話していると自称するチカの声は、妙に溌剌としている。
また少し泣いたんだな。
チカはどうせ、鼻を啜る音を立てないように気をつけながら話している。
スマホを通じて、僕に余計な心配をかけさせまいと、意地になっているのだ。たぶん。
わかってないなチカ。君に迷惑かけられても、僕は全然嫌じゃないのに。
『君の声がする』
「まだ雪溶けないならさ……手ぇ繋いどく?ここで転んだら結構目立つよ」
小さく呟いた本音と照れ笑い。君になら、翻弄されてもいい。
君の声だけ聞いて生きていきたい。
no.3:君の背中
チカのひらひらした服を掴んだのは先生だった。僕が気づくよりも早く、先生は彼女の異変を察知していた。チカが窓から外へ飛び出そうとした日は教室の定休日だった。しかし先生はチカを待ち構えていたという。信じられない。チカをそこまで追い詰めたのは一体なんだ。
「サトル、鉛筆貸して」
コーヒーにはすっかり飽きたのか、チカは僕の鉛筆とノートを引き寄せた。
チカの落書きが、僕の数式の上に広がっていく。僕が徹夜で解いた課題を添削するかのように、鉛筆の先がわずかに跳ねた。
僕の視線を逃れるように、チカは壁に寄りかかる。尚も鉛筆を大胆に走らせて、眉根を寄せた。
「迷い線多いけど、それらしく見えればいいんだよ。別に誰かのために描くわけじゃないし」
ノートを抱え込むチカは、なかなか背中を見せない。
no.4:星に願って
ばっかみたい。こんな曇りの日に星空なんか描いちゃってる。あたしは鉛筆をガリガリ言わせながら、サトルのノートを星で埋め尽くした。
純粋に数学に取り組んでるサトルが正直いって憎らしい。そして羨ましい。
「いいモチーフを見つけたら、出来あがるまで絶対人に見せない。昔から変わらないな」
そう。先生にだって簡単には見せたりしない。サトルは案外、あたしの性格をピンポイントで把握してる。
だからあたしが窓から出ようとしたことも、チカらしいの一言で済ませて、深く追求してこなかった。
「お湯沸かしてくるよ。次、紅茶にしようか?」
遠慮がちな視線を、肘でガードして受け流す。
サトルがコーヒーカップを取り上げる前に、ぐいっと飲み干した。
砂糖の甘さはやっぱりムカつく。でも、コーヒーの濃さは調度良かった。星のない夜みたいな色も気に入った。コーヒーカップの宇宙のなかで、サトルは困ったように笑っている。