NoName

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2/8/2025, 12:07:26 PM

no.2:遠く…

 あたしの心はクッションに詰まった綿よりも軽い。些細なことでちぎれて、飛んで、風に運ばれていく。
ふわふわと漂う思いと頼りない気持ち。
迷子のふりをして時々探しに出かけるけど、飛んでいった心は見つからない。

「チカ、意地を張ってないで先生に謝ったら?」

サトルはあたしのコーヒーカップを手にした。勝手に砂糖をひと匙加えたかと思うと、スプーンで丁寧にかき回しはじめた。
こんなに物静かで優しいのに、サトルが窓際に飾っている絵は殴り書きしたようなタッチで、何が描いてあるかさっぱりわからない。

「本当は教室で習い続けたいんだよね。今の状態を先生に話して、聞いてもらえば落ち着くんじゃない」

サトルは冷めたコーヒーをテーブルに戻した。甘ったるい匂い。……ムカつく。
知らない街に放り込まれても、ささっとスマホで解決できちゃうサトルには理解できるはずない。あたしがどのくらい悩んで、迷子になるのも厭わずに走っていくのか。
だから、いつもサトルを遠く感じる。距離が開いていくのを黙って受け入れるサトルが、怖くて仕方ない。

2/7/2025, 10:29:22 PM

no.1 :誰も知らない秘密


「知らない街でひとりになって、途方に暮れるのが好き。迷子って楽しいよ」
チカは、目頭を抑えた。彼女のコーヒーは冷めきっていた。僕は新しく淹れなおそうかと考えた。暖かいミルクを用意して、コーヒーカップの横に置くこともできる。チカはそれでも、決まり切った約束事をこなすような顔でコーヒーをちびちびと飲んでいる。
「心が迷子になった時は体も迷子にしなきゃ……バランスとれないからね」
ぼんやりした目で僕の斜め後ろを見て、チカは唇を固く結び直した。
壁にかかった前衛的な絵は、チカのお気に入りだった。困ったな。でたらめな線とでたらめな色を、僕も好きになりかけている。