no.1 :誰も知らない秘密
「知らない街でひとりになって、途方に暮れるのが好き。迷子って楽しいよ」
チカは、目頭を抑えた。彼女のコーヒーは冷めきっていた。僕は新しく淹れなおそうかと考えた。暖かいミルクを用意して、コーヒーカップの横に置くこともできる。チカはそれでも、決まり切った約束事をこなすような顔でコーヒーをちびちびと飲んでいる。
「心が迷子になった時は体も迷子にしなきゃ……バランスとれないからね」
ぼんやりした目で僕の斜め後ろを見て、チカは唇を固く結び直した。
壁にかかった前衛的な絵は、チカのお気に入りだった。困ったな。でたらめな線とでたらめな色を、僕も好きになりかけている。
2/7/2025, 10:29:22 PM