NoName

Open App

no.3:君の背中

チカのひらひらした服を掴んだのは先生だった。僕が気づくよりも早く、先生は彼女の異変を察知していた。チカが窓から外へ飛び出そうとした日は教室の定休日だった。しかし先生はチカを待ち構えていたという。信じられない。チカをそこまで追い詰めたのは一体なんだ。

「サトル、鉛筆貸して」

コーヒーにはすっかり飽きたのか、チカは僕の鉛筆とノートを引き寄せた。
チカの落書きが、僕の数式の上に広がっていく。僕が徹夜で解いた課題を添削するかのように、鉛筆の先がわずかに跳ねた。
僕の視線を逃れるように、チカは壁に寄りかかる。尚も鉛筆を大胆に走らせて、眉根を寄せた。

「迷い線多いけど、それらしく見えればいいんだよ。別に誰かのために描くわけじゃないし」

ノートを抱え込むチカは、なかなか背中を見せない。





no.4:星に願って

ばっかみたい。こんな曇りの日に星空なんか描いちゃってる。あたしは鉛筆をガリガリ言わせながら、サトルのノートを星で埋め尽くした。
純粋に数学に取り組んでるサトルが正直いって憎らしい。そして羨ましい。

「いいモチーフを見つけたら、出来あがるまで絶対人に見せない。昔から変わらないな」

そう。先生にだって簡単には見せたりしない。サトルは案外、あたしの性格をピンポイントで把握してる。
だからあたしが窓から出ようとしたことも、チカらしいの一言で済ませて、深く追求してこなかった。

「お湯沸かしてくるよ。次、紅茶にしようか?」

遠慮がちな視線を、肘でガードして受け流す。
サトルがコーヒーカップを取り上げる前に、ぐいっと飲み干した。
砂糖の甘さはやっぱりムカつく。でも、コーヒーの濃さは調度良かった。星のない夜みたいな色も気に入った。コーヒーカップの宇宙のなかで、サトルは困ったように笑っている。

2/10/2025, 4:30:59 PM