-ゆずぽんず-

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2/2/2025, 1:42:11 AM

風邪をひき、一週間かかって治ったと思えば耳下腺が晴れて大変な思いを致しました。こんな状況にあって仕事は休めず、免許の更新も済ませなければならず、それはそれは怒涛の日々でございました。
毎朝四時二十五分に起床し、起きがけに着替えを行った後に丁寧に歯磨きや舌のクリーニングを行い、洗顔をしてスキンケアをこれまた丁寧に済ませる。スキンケア の間にケトルのスイッチを押し、スキンケアが終わればすぐに朝食を頂くことができるよう細やかな段取りも忘れない。そして、荷物を確認したらば五時十五分に家を出る。現在の職場(出張先)は部屋を出て二分で会社に着く。車に乗りこみ、正しくポジショニングを行い、エンジンを始動。ミラーを確認しライトを点灯させ出発。
これは私の単なるルーティンでしかないが、この一連の流れが崩れるとストレスを感じる。これ程まで早くに家を出るのだから遅刻をすることは、まず有り得ない。けれど、出発に十五分の遅れでもあれば頭の中では「まずい、いつもより到着が遅れる。自分的に遅刻だ」 、と焦燥感に駆られるのだ。
現場に到着すると、門を解放し現場を巡回する。その後は書類の用意を済ませたり、一日の段取りを考えては時間をまったりと過ごす。これはどこの現場に行っても変わらぬ事で、私の基本ルールの上に成り立っているストレス対策でもある行動パターンのひとつだ。

現在の現場は今月末で竣工するが、それと共に私もこの会社を後にする。方方から 「うちに入社してくれないか」、とありがたい声掛けを頂く。しかし、私の中でどこか自信がなく、腑に落ちないところがあるのか前向きには考えが及ばない。工期の長い別現場の内定は貰ってはいるが、そちらへ行く気にもならない。いま、私が見ている現場は管理だけでなく作業的なことも自由にできる。もちろん、施工管理を行う現場監督である以上、普通は作業を行うことは褒められることでは無い。
先程の、工期が長い現場はこの春から始まるが、中小企業ではないため作業的なことは一切を行ってはならない。職人上がりの私には、それはとても息苦しいことであると同時に、私が先方の求める人材として見合うのかという自信のなさが、私の足を止めている。
春からの、この現場に入ることになれば給料も跳ね上がる。そうなれば実家のためにこさえた借金も すぐに完済できる 。しかし、それ以上に私の心が負債を抱えていくような気がしてならない。残業なんてのはこの仕事は当たり前であり、私自身も好きなこともあり負担は一切感じない。国交相の工事であるため、土日祝は休工事となるだろう。そうなれば、それらの休みで試験対策も出来るし、趣味に 没頭 できるだろう。けれど、先方はレベルの高い人材を欲している。
聞くところによれば、コンサル各社から先方へ職員のエントリーがあったがすべて書類選考で落としている。面談まで漕ぎ着けたのは、この度の選考で私が第一号。本来であれば、社に持ち帰り審議をして採否が決まる。ところが、面談から半日と経たず内定の報せを受けたのだ。
もちろん、面談のなかで現時点で私ができること、できないこと、得手不得手、仕事への取り組み方や姿勢を伝えたうえでの決定。これ程嬉しいことは無いが、同時に私なんかでいいのかとプレッシャーに押しつぶされそうになっている。先方は私の得意なこと、分野で負担なく業務が行えるように配置をすると配慮をしてくれている。コンサルに身を置いて、大手は今回で二社目だが、前回の大手別会社の時とは話が違う。一人一人に求められる能力が高いのだ。私は即座に契約を解除されるのではと膝を抱えて震えている。


しかしながら、とりあえず先のことは考えるだけ無駄である。杞憂も不安に悩む時間も、心配事のほとんどは実際には起こらない。そして、人生はどのような局面においても「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」、と構えて振る舞うことが大切だ。
人間、生きていればそれだけで儲けもの。命あればとりあえずはいいのだ。命あればこの先の事などどうとでもなる、どうにでもできる。失敗をしようと、何かを失おうと、人の欺きや悪いに虐げられ貶められようと、生きていればどうということはない。

人生、過去を振り返り嘆くは易い。先見えぬ未来に、将来に、どれだけフォーカスを当てられるか。ピントを絞っていくことができるか。まさに今、何ができるか、なにをするのかが要だ。「言うは易し、行うは難し」、この言葉があるけれど私が思うに、これは「考えるだけ無駄である。思ったのならまずはやってみよ」というもの。
何も考えることが悪いことではなく、口にするだけが悪いことではない。いいからとりあえずトライしてみようよというのが、私のスタンス。そこで失敗しても挫けてもいい。とりあえず生きているじゃないか、心臓は動いているじゃないか。

どうにでもなるが、どうにかしなければ、どうともならない。変化は変化させようという力による作用から始まる。ただ立ち尽くしていても、黙って見ていても何も起こらない、何も、始まらない。何も始まらないのだから、理想の先も、終わりもない。

法華経の教えに「還著於本人」という考え方がある。こらは、「還って本人に着きなん」というもので、善い行いは善いものとして、悪しき行いは悪しき事として巡ってくるというもの。人にやさしくしたならば、何かの時に誰かから優しく施しを受けることもあるし、人に不敬でもってぞんざいに振る舞えば、縁は絶え、信用は地に落ち、何かの時の助けなどなくなる。
また、この考え方というのは自身の言行の一つ一つが、自身の未来を分かつとも捉えることができる。自分の努力は、様々な宝として手元に残り続ける。


私はなやみ苦しんだ時、いつもこうして自分を律している。弱虫になることも、泣き虫になることもある。そんな時は私自身が、逃げ腰の私を慰め、背中を押してやる。


もしも、いま苦しいと、辛いと下を向く人がいるならば、まずはそんな自分自身を赦し受け入れてあげて欲しい。対話は相手の手を取るところから始まる。下を向いて、正面のものさえ視界に映らない自分自身に手を差し出そう。その手に自分自身が気がついたのなら、涙に濡れる頬を優しく拭って抱きしめよう。


そうしたら、次にやることはただ1つ。



泣いていた自分と、自分の弱音で自分を押さえつけていた弱虫で泣き虫な自分と、手を振ってバイバイだ。

さっきまで涙していた自分はもういない、手を繋いでブンブンと手を振りながら楽しそうに歩く姿が横にみえるだろう。

1/17/2025, 11:09:08 AM

ただいま鼻水と咳と喉の痛みに、満身創痍の只中にございます。

これが「風邪の悪戯」 でございます。

さてさて、本当に辛い状況にありながらもお仕事をお休みすることはできません。故に、身体に鞭打ってでも働かなければならない私でございまが、こちらでの執筆を何よりも楽しみにして過ごしております。
しかし、なかなか時間を取れず終いで現在に至るまで投稿ができておりません。心待ちにして下さっておられる方も、おられた方も私のことを忘れてしまったのではないかと一抹の不安を抱きながらも、執筆と投稿が出来ないなか仕事に励んでおりますれば、どうか今一度お時間を頂戴できますまいか。

インフルエンザと風邪に気をつけて!
だば、まんず今日はもう寝っペし!
へばまんず!

12/31/2024, 11:05:04 AM

お気に入りに登録下さった皆様、本年も私の作品(実話に基づく)にお目を通して頂き誠にありがとうございました。
拙い文章でありながら長文であるという点では、非常に読み難いものであると存じます。私の作品は平均して文字数が三千字ほどあるかと存じます(恐らく)が、あたたかく見守ってくださったこと、「また読みたい」とお気に入りに登録下さったこと感謝の念に絶えません。

私の本アプリにおける活動指針としまして、「極力正しい文章を書く」というところに力を置いており、そこに付随して読み易く、情景を思い浮かべることのできるものを書くことを念頭にしております。
段落や改行だけでなく、括弧の使い方、感嘆符や疑問符の用い方、注釈や補足など文章を書く上で必ず付いて回る必要な作文ルールについても学び直しをしながら執筆しております。心のどこかでは、たくさんの方々が投稿されております様に、小説やポエムのような文体や構成を取り入れて作品を生み出したいと考えているのですが、私のスタイルとして肌に合わないこと、私にそれだけの実力がないことから筆が進まない状況で御座います。
私の妹が二次創作作品のうち、小説を読んでいるのですが、私の作品を私が執筆したものと言及せず読んでもらったところ「長いし読み難い」 、そう指摘を受けました。然るに、私の文章はやはり読み続けるには読者の負担が大きいと言えます。或いは読者を選ぶ、そんな拙いものであると反省をしております。

しかしながら、やはり文章を書くことが好きであることや、スタンスや念頭にある指針を曲げることはできません。我儘ではありますが、どうか今後もお付き合い頂けますと幸いに存じます。


前回の執筆以降は新しい現場配置にて多忙につき、投稿が出来ていない状況で御座いました。しかし、現場も一段落ついたことで心の余裕も時間も確保できる様になりましたので、再び投稿を再開できたらと意気込んでおります。


それはそうと、インフルエンザが猛威を振るい、多くの地域で警報が発令されております。皆様に置かれましては周囲は如何な状況でしょうか。私の周囲では、やはり感染者が増えており多くの職人様が休養を取られております。
本年八月には私もコロナウイルス感染症を患い、長いあいだ苦しい時間を過ごしました。現在はインフルエンザに感染しない、感染させないよう自他ともに注意をしております。皆様もどうか、新年を気持ちよく迎えられますよう、来年一年を健康に過ごせますよう心よりお祈り申し上げます。


では、みなさま来年もどうぞ宜しくお願い致します。

10/18/2024, 10:36:07 AM

いつの頃からか四季を感じないという声を聞くことが増えたが、例えばその中でも秋が無くなったと感じる声が最も多い。専門家の中にさえ、春と秋がなくなって夏と冬のふたつしか感じられないという人もいる。

だけれど、秋を感じる瞬間はまだまだ沢山あると私は思っている。時折ふき抜ける風に冷りとしたものを感じたり、夕方はどこかもの寂しさを日暮れに感じたりする。そして、朝晩は確実に冷えてきたことも季節の移ろいを肌で感じる。

夏が終わった、とは思えない。日差しはまだまだ暑く影に逃げなければ汗が滲む。騒がしく声を上げ、命の灯火のゆらめきと共に必死に生きる蝉の気配も感じられなくなった。


ところで、セミといえばアブラゼミやツクツクボウシなどは皆知っていると思う。そして、セミは種類によってなく時間や感覚がそれぞれ異なる。そう思えば、ヒグラシなんてのはイメージがつき易いかもしれない。彼らは夕方に鳴くのだけど、あの鳴き方は何とも物寂しさを覚える。そして、ヒグラシに秋をイメージする人は少なくないが彼らは夏の夕方に鳴く蝉で、実の所は秋のイメージと差異がある。
今日の私の作品、といえるほど大したものでは無いのだけれど、この話にいくつかのワードが頻出している。それは、「さみしさ、さびしさ」で正に私の今の心の中のよう。
空を見上げれば、夏の雲の代わりに秋雲が悠々と渡っている。悩み葛藤し霧雨で霞む私の心とは裏腹に、目の前に広がるのは家路が恋しくなる秋晴れの広い空。優しく心地よい風と秋を知らせる青空は、私に気張れと声をかけているようだ。


今日の投稿は短文で失礼いたします。というのも、私の投稿する作品は長いもので四千字程になるものもあることから、読み手の負担となるのでは無いかと懸念しております。
私は、基本的には三千字以上の文章を意識的に、そして意欲的に書いています。ですが、お気に入りに登録してくださった方々、もっと読みたいと応援してくださる方々が、抵抗なく読み始めることの出来るものも作らなければと感じた次第で御座います。

私の、このアプリでの活動の目標や意義というのは、より多くの人が面白いと思ってくださる作品を投稿すること。そして、ほんの僅かでも参考に慣れるような作品を書くこと。
そして、最も重要なところですが、このアプリで百万字を達成することで御座います。現在、私が投稿した作品の文字数がどれほどのものか分かりません。少なくとも十万字に届いていればいいなと、期待しながら活動に専念しています。また、私にとっての「書く習慣」の場での執筆と投稿の意義は、国語力や作文力、文章力の向上と想像力の研鑽です。読み手がより想像し易く、話によっては没入感を味わうことの出来る作品をいつの日か書き上げて見せるという意欲もあります。

私は、なるべく正しい文章の書き方に気をつけています。改行や段落のみならず、句読点や感嘆符、そして疑問符や括弧の使い方と、使う際のルールについて心がけています。ですが、先日に検索サイトで当アプリを検索してみたところ、たくさんの方の投稿作品(の中の一部)を読むことの出来るサイトに辿り着きました。
サイト内で私の投稿を見かけたため目を通してみたところ、改行などが無効となっており非常に読み難いものとなっておりました。

「書く習慣」、この場で皆様が目にする私の作品が少しでも読みやすくあればと願ってやみません。こんなことを書き連ねておりましたら、また長文となってしまいますので、本日はこれにて。


明日は土曜日でございます。お休みの方はしっかり休養なさって、お休みを満喫してくださいませ。

お仕事の方、頑張りましょう。私も頑張りますので、お休みの日へ駆け足をしましょう。

お休みの方は、お疲れ様でした。
お仕事の方は、ご安全に。

10/17/2024, 11:15:56 AM

初めてレシピを参考にしながら料理に挑戦をしたのは小学3年生の夏休み、ホットプレートで炒め物か何かを作ったと記憶している。広島県の生まれだもんでモダン焼き(広島のお好み焼き、私の地元の呼称)なんかも作ったりしたもんだ。年の離れた父代わりのような姉のアドバイスを聞きながら、慣れないターナーの扱いに苦戦して完成したものは輝く宝石のように輝いて見えた。家族が口々に美味しいと感想を口にするもんでとても嬉しかった、そして飛び切り美味しさが増すのを感じた。
料理の楽しさ、食べたいものを自分で作ることの面白さ、作ったものを美味しいと食べてくれる喜びを知った私は、夏休みの間は毎日のように新しい料理を作っていた。失敗をして、形が崩れ、味が整わず悔し涙を流したことも嗚咽して姉の腕に抱かれたこともある。けれど、その失敗で挫けることなく姉と二人、時には妹と私の二人だけで甘味作りもしたりしては料理にのめり込んでいった。

小学6年生のいつだったか、母の夕飯作りを手伝っていた時のこと、白菜を刻んでいた時に指を深く切ってしまった。事故などは慣れぬうち、そして慣れ始めと慣れてしばらくすると発生する可能性が高くなる。ハインリッヒの法則を見れば直感的にわかる事だが、当時の私は怪我こそしないものの危うい場面が幾度と見られた。指を切ったのは、それ故のことだろう。慣れ初め、小さな危険因子に気が付かず、気づいても気にも留めず注意を払わなかった。
切った瞬間は何も感じなかった、ドクドクと脈打ち溢れ出る血を見た時に置かれた状況を理解して痛みを自覚した。左手親指の先は表皮も真皮も超えて深く切り込まれており、落ちたものは白菜と共に赤一色のまな板の上にあった。泣き叫ぶ私の状況を理解した兄が私の親指の根元を強く握って止血を試みて、母が張った氷水に私の手を無理やり押し込んだ。激痛に泣き叫び、喚き、大粒の涙を流し続ける私に兄が優しく励ましながら頭を撫でた。どれほどの時間が経ったのだろう、実際には数分だったのかもしれないと思うが私には何時間もそうしていたように思えた。
兄や母の処置が良かったのだろう、傷口は塞がり血が滲むことはもう無くなっていた。ズキズキと、それでいてしっかりと鼓動に併せて強く痛む指先に涙は枯れ果てても、私はいつもでもべそをかいていた。兄の膝の上で指から目を背ける私に、兄弟が慰めの声をかけ、兄と母は消毒や傷の保護と処置を続けてくれていた。ガーゼが指先に触れる時、包帯がガーゼに触れる時、テープを貼る時、何をする時にも激痛を伴う度に枯れたはずの涙が再び流れた。数日後に傷の状態を見ようと、ひとり包帯を解いてみたときには只々、途方に暮れてどうしたものかとあぐねいていた。滲出液とともにびっちりと一体化して固まってしまったガーゼや絆創膏は、私の傷口から離れそうにはなかった。
バケツにぬるま湯を張り、傷にしみないか不安な気持ちを抱えながらそっと指先をふやかしてみることにした。無理に剥がしたりしなかったことが幸いして、傷を悪化させることも、沁みることも、少しの痛みを感じることもなく綺麗になっていく指先に心を撫で下ろした。乾かして改めて消毒と傷の保護をして数日様子をみてみれば、傷は癒えて綺麗な指に戻っていた。失った部分は歪な形になっていたが、強く刺激しない限りは痛みを感じることは無くなっていた。

包丁が、料理が怖くなった私は随分と長いあいだ料理が出来ないでいた。21歳の冬、ルームシェアをしていた会社代表や同僚にご飯や弁当を作ることになった私は、昔の痛い記憶、そしてトラウマを振り払ってレシピサイトを眺めていた。代表が大量の加熱用のまぐろブロックを買ってきたものだから、その処理をどうしたものかと頭を抱えていた。
加熱用のまぐろは血合いの臭みが強いため、酒や生姜などで臭み抜きをして竜田揚げや煮物にしていった。冷凍庫や冷蔵庫に無秩序に、そして無作為に放り込まれている食材は全て料理をしてご馳走に変えていけば、再び料理の楽しさ面白さを感じることが出来ていた。私の作る料理を美味しいと言って喜んでくれる代表や同僚に、私は料理が、食事がもたらす幸せを実感した。それからは皆と現場で汗を流し、帰宅すれば全員の夕飯と翌日の朝食やお弁当の用意をするようになった。月に一万円の手当も貰えるようになった、食費などの経費の管理も任せて貰えるようになった。毎日の食事の用意は大変だったが、感謝されることが嬉しく、必要とされていると感じるとやる気も湧いた。事務作業も頼られるようになり、使い方も知らぬパソコンを独学で学び、オフィスソフトに悩まされた。負担は大いに感じていたが、大好きな料理と事務の手伝いで月々の手当は増えていき、喜ぶ姿もまた増えたことで活力に変わっていた。
代表たちのもとを離れ、ひとりアパートを借りて新しい職場と出会いと仕事に不安を抱えながらも料理をしている時だけは自分らしく、そして楽しく過ごすことができた。自分だけの空間で、自分の食べたいものだけを作ることのできる暮らしに料理好きは加速していった。フライパン、鍋、ターナー、菜箸にお玉など思い思いに好きなデザインやメーカーのものを揃えていけば新しいレシピも創作料理も増えた。
和食しか作って来なかったが、気がつけば中華料理にも興味を持ち始めていたころ、月々の支出はさらに増えていた。日本中華も好き、四川料理も好きと来ればさらに沼に嵌っていくのは必至だった。恋人にも料理を振舞っては二人で幸せを噛み締め、料理が人生にとって重要なものであるという実感と果てない高揚感や幸福感が私を包み込んだ。

いま私は恋人もいなければ、職場でのパワハラや病気の母のことなど不安や懸念、心痛で精神的に追い込まれている。けれど、料理のことを考えている時、YouTubeで料理系クリエイターの動画を観ているとき、そして料理している時には他では決して味わうことの出来ない満足感を噛み締めている。
ストレスのせいだろうか、さらに料理への意欲と関心が高くなった。だから料理に関連するものも
増えた。例えば中華なら、北京鍋と広東鍋があるし、ジャーレンと中華お玉は鉄とステンレス。その他に鉄フライパンが一つと、パンケーキ用の鉄フライパンが一つ。南部鉄器の玉板も増えて、私の家はこの子達で大所帯になっている。
南部鉄器の玉板は良い、フッ素加工のものでは味わえない美味しい卵焼きが焼けるし、程よい大きさから餃子や目玉焼きにも重宝する。活躍の幅は広く、適切な手入れさえしていれば真っ直ぐ育ってくれる。そして卵焼きを焼きあげる時間が早くなったことも、私の生活をさらに豊かにしてくれた。というのも、私は大量に作り置きをして冷凍するのだけれど卵焼きもその限りだ。何枚も焼いて、切り分けて包んで冷凍すればお弁当や朝ごはん、夕飯にだって頂けるのだ。
中華鍋は北京鍋と広東鍋で使い分けをするが、炒め物も揚げ物も、煮物も、料理なら大抵のものはあっという間に大量に、美味しく作り上げることができる。中華の調理道具たちというのは本当に万能で和食を作りたい時にも、その秘めた力を余すことなく発揮してくれる。そして、調理器具や道具ではないが中華は調味料も豊富であることから、これらの新顔も増えて、キッチンに収まりきらなくなってしまった。中華との出会いは、初めて料理をした時の感動を鮮明に思い出させてくれるほどに素敵なものだ。


いつまでも長ったらしく、そして私にしては珍しく言葉が乱れながらも書き連ねた今日の私は、いつになく素直に語ることが出来たのではないだろうか。私の投稿はいつも無駄に長い、いやいや長く書いている節もあるのだけれど付き合って読んでくださる方々への感謝は尽きない。昔から作文など自分の思いの丈を文字にして、文章に起こすことが好きで堪らない。文章を書くこと、活字を読むことは語彙力の向上に良いなんてことをたびたび耳目する。そんなことはどうでもいいし、私には語彙力など微塵もない。ただただ、好きなことを好きなだけ書き連ねている。それこそ無秩序である。

それでも、読んでくださる方々。応援してくださる方々の存在は私の活力と、継続力と幸せの大きな支えになっている。だからこそ、こうしてアプリを続けていられる。好きな文章を書いて、誰かが背中を押してくれる、それだけが私の生きていく糧になっている。

いま、精神的に弱っていることや不安定なこともあっていつに増して話がまとまらず、綺麗に締められない。けれど、ただ語りたかった。いま、これを読むあなたに甘えたかったのだ。


きっとこの先、このアプリでの活動とあなた達と紡いだ時間は忘れたくても忘れられない、尊い記憶として私の胸に光り続けるのだろう。

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