🌿皆さま、こんばんは🌿
さて、本日お届けを致しますのは「詩とどき」でございます。口語自由詩 (口語自由律)や散文詩の体裁に似てはいますが、本来の自由詩や存在詩のルールからそれておりますので「詩もどき」と読んでおります📖
さしずめ「ポエム」とでも言いましょうか。普段は詠むことのない、まったく別の方向性の作品になります。こちらは、昨年の夏頃に詠んだものでございますので、恐らくは今後は一生手をつけない分類のもの。
本日お届けをするのが最初で最後でございます。普段お届けしているものとは違いますので、皆様には負担なくお読み頂けると存じます🍀
ーーでは、どうぞ🍊
『感嘆という祈りは、誰のものでもない』
感動した。
ただ、それだけだった。
一文字に込めたのは、好意ではない。
尊敬、共鳴、そして…小さな賛辞。
それにに触れた瞬間、
静かな波が胸を打ち、
僕は迷いなく心の凸を押した。
それは、僕なりの敬礼だった。
けれど、
ある夜、誰かがこう呟いた。
あまりある感嘆は恐怖だと。
僕は思った。
じゃあ、どれくらいが「ちょうどいい」のか。
どれくらいなら、正しく感動していいのか、と。
この世界に「感じすぎた罰」があるなら、
それはあまりにも不条理で、
感性の墓場だ。
僕は、入れ物を愛したわけじゃない。
中身が好きだった。それだけだ。
でも、そんな言葉も届かない。
誰かの心は、過剰な幻を育てていた。
だから僕は、
感動し、感嘆し、賞賛することをやめない。
たとえ祈りが届かなくても。
たとえ勘違いが、静かに毒を撒いても。
感動を、疑うな。
言葉を、信じろ。
僕の心は、贈与であり、契約ではない。
しかし、暫しのあいだ、僕は扉を閉めよう。
自惚れと心得違いの醜い言葉に、
耳を突く声に、心が騒ぐからだ。
🌿皆さん、こんにちは🌿
さえ、本日お届けいたしますのは、引き続き現象一元型存在詩からの一遍でございます。あまり長たらしく語っても校長先生のようで皆さんの集中力を奪ってしまいます。そんな訳でして、早速お読みいただきたく思います📖
ーーでは、どうぞ🍊
『瑞光の層原』
天頂の陽
澄蒼にほどけ
薄綿 仄風に
羇旅の後影
推開 瑞光の温
層原に幽けきに
淡緑の山嶺
桃花に霞む
孤飛の翩翩
滲稜の木末に
影に落つ
街衢の幽聞
東風に連なりて
天翔け
恬淡に溶け干る
漸静のときのまに
余響の波紋
指呼の間に
燦然と華ぐ 多彩の瑞果
日向ひて
青長 蕭々として
降陽の燐光に
揺れ靡く
根に纏い
遠近に去来の
微生の繊熱
※
なかなか読解がこんなんかと思われますが、自由に感じ取って頂ければ嬉しく存じます🌱⋆。
X(旧Twitter)のフォロワー様の中には、コアなファンの方がおられまして、辞書を引いてまで読み取ろうとしてくださる方がいますが、そこまで根詰めてしまいますと非常に難儀ですから、なんとなくご想像頂けましたら幸いに存じます🍊
🌿皆さん、こんばんは🌿
本日は、以前に投稿し存在詩 (現象一元型存在詩) に続き同じ型からお届けいたします。「X(旧Twitter)」や「note」では水彩画と追わせて投稿していますが、こちらは文字だけです。それこそ読み手を選んでしまうところがありますが、どうか雰囲気だけでも何かひとつ感じ取って頂けましたら幸いです📖
ーーでは、どうぞ🍊
『東風の揺風』
東風の息 緩流の叢雲
蒼穹に揺動の翼影
峰巒の桃霞
穏流 水際の木末
沖つ方 軌波の余韻
泡沫 峻巌の磯辺
潤果 色霞の樹叢
浅緑 吹流の野分
光芒の揺らぎ
🌿皆さん、こんにちは🌿
しばらく投稿をお休みしておりました。いつも見てくださっている方、誠に申し訳ございません。休んでいた理由としましては、Xでの活動に注力しておりましたこと、私が得意としている詩をさらに研鑽するために、時間を割くことができませんでした͛.*🍃
私は、叙景詩や存在詩を主に詠んでおります。存在詩については、現象一元型存在詩というものを詠んでおりまして、どちらも一遍を詠むにあたり長くて数日を要します🌱
本年は、ふたつの媒体に叙景詩、現象一元型存在詩、位相型存在詩、人物詩(存在詩寄り)を応募してみようかと考えております。そして、応募をするにあたり、未発表作品でなければならないために、ストックを作る必要がありまして、これに時間を割いています🖊
更新頻度が落ちているため、私のことを見ている人も少ないかもしれません。ですが、どうか今後もお付き合いを頂けましたら嬉しく存じます🍀
次投稿からは、Xで既に投稿しておりました作品を少しずつお届けしたいと思っておりますので、ぜひ楽しんでいただけましたら幸いに存じます𓂃🌿𓈒𓏸
私の詩の意味がよく分からない方は、コピーをしましてGoogleのAIモードや、GeminiやChatGPTで質問をして頂けますと、恐らくは説明を受けることができるかと思います͛.*🍃
ここまで呼んでくださって、誠にありがとうございます。
ーーでは、次の投稿でお会いしましょう🍊
🌿みなさん、こんばんは🌿
まずは、更新がなかなかできず申し訳ございません。そして、お久しぶりでございます✨
日中は暖かくなってまいりましたね。ですが、やはり朝晩や雨の日はまだまだ寒さが肌を冷たく撫で、身震いします。皆様は体調はいかがでしょうか。風邪をひいてはいないでしょうか。どうか、あたたかくしてお過ごしくださいね͛.*🍃
さてさて、立て続けにお届けしてきた詩は私が得意とする詩のひとつである「存在詩」です。本日も存在詩からひとつを皆様にお届けいたしますので、自由な解釈、自由な想像で森羅万象を描いて見てくださいませ🍊
ーーでは、どうぞ📖
(無題)
広げた白布に
抱かれ静む
寡黙な山巓
木小屋から昇る
燻しの残煙が
山風に揺れて
虚ろにとける
風道に吹かれて
朽ち進む縁台に
岳人が息ついて
山行のあわいに夢うつつ
錆色の木草が
淡くかすみ
深緑の指先は
土道に滲む
熏ぶる余韻は
尾根を流れて
山稜を舐める
※
私が得意とする詩は「叙景詩」「抒情詩」「心象詩」「存在詩」「融合詩」です。これらは、現代詩の中でも深い層にあるもので、SNSやnoteに投稿されている詩とはまるで異なるものであり、それを詠む詩人も多くはありません。そして、受けもよくありません。なぜなら、難しいからですね。
SNSやnote、或いはその他の媒体。そして、ここ「書く週間」においても例外はなく、言葉のインパクトや、分かりやすく読みやすい詩が好まれます。そして、コンテストなどでもそのような詩が評価されます。
読み易く分かりやすい言葉を選んでいるか。想像に難くなく、いかに感情移入しやすいか。その中で紡がれる言葉の重さや繊細さはどうか、などの評価の軸が、私が詠むような詩には合わないのです。そして、私もまたそれで良いと思っています。詩も時代と共に変わっていくのですから。私がやっていることは、言わば逆行。読者を選ぶ詩は受け入れがたく、感情の移入も簡単ではないため仕方がありません。
現在、多く評価される詩。そして、人の心を引きつける詩というのは「私」や「叫び」「こころ」などといった詩人の主観が重要です。現代人はそこに魅了され、惚れ、思いを馳せる。
しかし、私の詩には「私」は存在せず人の存在すらありません。全ては森羅万象の現象のひとつとして詠んでいることから、読み手が息詰まるのです。
恐らくは、私の作品を読んでくださる皆様も「もう少し分かりやすい詩を詠まないのかな」とお思いの方もおられると思います。そして、それは至って当然の感想なのです。ですが、これは私が信じ、敬い歩み続ける詩学であり詩道なのです。
詩や俳句、短歌はもともと祈りや願い、想いを詠むものであり、故に言葉が精錬され一つ一つがとても重要とされ、美しさにも繋がりました。現在、言葉がとても早い速度で消費されています。SNSやYouTubeなどの環境がその土台にあります。言葉の美しさや尊さが薄れゆくなか、私はこれを守り続けたいと思っているのです。
Xのフォロワー様の中には熱心な方がおられ、検索しながら読み解いてくださる方もいます。それでも分からないことは、私がそっとお伝えしているのですが、意味はわからなくても良いのです。
ただ、「自然が美しい」それを感じてくださるだけで私の詩が呼吸を続けるのですから。ですから、皆様もどうか、硬くならず肩の力を抜いて「こういうことかな?」程度に受け取って頂けたら嬉しく思います🍊