服の端から出ていた赤い糸を引っ張ってみた。スルスルと続いて出てくる出てくる。ピンと張った糸の先に、いつのまにか親しい執事の指があった。彼は頬を染めながら、こちらを愛おしそうに見つめている。
目が覚めて夢だったのだと気づいた。
おはようございます。左側から声がしてそちらを見れば、思っていたより近い距離に執事の顔があってびっくりした。すみません。と執事は顔を引く。部屋を見回せばやりっぱなしの刺繍道具が放置されていた。どうやら刺繍をしていたところ、うとうと寝てしまい、それを執事がベッドに運んでくれたようだった。
お礼を言って体を起こす。右手を布団についたらチクリと痛みがした。みてみると、ついてきてしまったのか、刺繍の針が薬指の先に刺さっていた。執事は慌てて止血をしてくれた。そんなに血も出てないけど、温かい気持ちになった。止血するために触った血が、彼の指につく。先ほど見た赤い糸のようだった。
あれはいい夢だった。どんな夢だったっけ。忘れちゃったけどいい夢だった。
彼が手の処置をしてくれている間だけ、夢について考えていた
執事たちと花火がしたい。
唐突にそう思って、近くのスーパーの片隅に売り出されている花火セットを3つも買って指輪をはめた。
バケツや着火剤を持ってこなかったなと失敗したなと思ったけど、それくらいならこっちの世界にもあるだろう。目を開けるとそこはデビルズパレスの自室だ。持ってきた花火セットを開封している音が聞こえたのか、ドアをノックする音がした。どうぞと言えば今日の担当執事がにこやかに、おかえりなさい、主様。と挨拶をしてくれる。あらら、これは何ですか?すぐに主がいじっている花火に目を向けて質問をしてきた。花火はこちらの世界にはまだないのかもしれない。
これに火をつけて遊ぶんだよ。今日の夜、よかったら屋敷のみんなでやりたいな。みんなでできるようにいっぱい買ってきたんだ。そう言うと、それでは皆さんに伝えてきます。執事は部屋を後にしようとした。
その執事の服を掴み引き止める。もう少し一緒に、今感じているワクワクを共有してほしい。引き止められ、どうしたのかと振り返る執事の目を見て訴えると、ふふと笑って、火をつけてどんなふうに遊ぶ物なのですか?と聞いてくれた。
僕はまだ自分の思想と似た思想の人を見つけられていない。すごく動きにくい。真っ暗の中で1人で進んでいる感じがする。これを続けてどうなるんだろうか。
作品を作るたびに、足元が柔らかくなる。
これを作って何になるのか。誰が見てくれるのか。
カッコ良くもなく、きれいでもなく、繊細でも大胆でもない。見栄えのしないこの作品を誰が見てくれるのか。
それでも毎日毎日作品を作らないと気が済まない。これが他者ウケ最高だったらよかったのに。作品ができてから気持ちが落ちる。
飾らない作品が好きだ。他人が欲しがらないような、理解ができない静かな作品が好きだ。気持ちばかりが先行して、手が後からついてくる。作品を作るのは苦痛だ。強迫的に作っているから辛いに決まっている。でも、僕が求める美しい飾らない静かな作品はいっぱい欲しい。部屋が埋まってしまうほど欲しい。
今日は雨が降るらしい。そんなことを思いながら外に出た。数十メートル歩いて、傘を持っていないことに気づいた。まだ雨も降っていないし、遠くまで行かないし、いいか。傘を取りに行くのを諦めた。
帰り道、案の定降る雨を、かろうじて見つけた軒先の小さな屋根の下でしのいでいた。自分はいつもこうだ。そうやって責めていると、主様、と聞き慣れた声が雨音に紛れてした気がした。下を向いていた顔を上げると、手に閉じた傘を持って、なぜかずぶ濡れになっている執事の姿があった。
お迎えにあがりました。雨も降っていましたので。そう言う執事の濡れた服を慌てて引っ張って、屋根の下に入れる。びちょぬれじゃないかと伝えると、雨が降っていましたので、いても立ってもいられず傘もささずに走ってきてしまいました。と目を細めて微笑まれた。息も上がっていないのに、よく言う。この人はきっと、必死になって主に尽くす自分を評価されたいのだろうと思った。せっかく迎えに来てくれたのに、酷いことを考えてしまう。また俯いた。
下を見続ける主をみて、執事は心配しているようだった。どうされたのですか?お体が冷えてしまわれましたか?早く屋敷に戻りましょう。パッという音と、ボツボツという傘に雨が当たる音が聞こえた。どうぞこちらへ。と執事は肩に手を置き自分の方へ引き寄せた。雨に濡れてひんやりしている執事は冷たい。距離を取ろうとすると、離れた距離分寄ってきた。
雨が傘に当たる音と、執事の息の音が聞こえる。下を向いて執事に身を寄せて(寄せられて)ぎこちなく歩きながら顔が赤くなっているのがわかった。それに、体もだんだん暑くなってきた。だって、彼と傘の下で2人きりなんだよ。ひんやりしていた執事の服は、主の熱で温かくなっていた。
相合傘について
浮遊感と背中への衝撃。
背の高い本棚の、一番上の段の本が取りたかった。
台に立って、背伸びをしてぎゅうぎゅう詰めになっている本を思い切り引っ張ったら、後ろに倒れてしまったのだ。
でも背中は思ったより痛くない。
顔を上げると今日の担当執事のあごがあった。
主様、大丈夫ですか?と声をかけられて、彼との近さを実感した。
大丈夫だと言って離れる。すると、彼はこのようなことは執事である私を使ってくださいね。と言いながら、いまだに頭上に収納されたままの本を取ってくれた。
ありがとうと受け取ろうとすると手を取られ、主様が傷つくところは見たくありません。と言われた。
そう言われても、自分でできることは自分でやりたい。抗議の意思を持って彼の目を見つめると、目を細めて笑われた。
主様のペースで大丈夫ですよ。少しずつ、この生活に慣れていきましょう。
本のお供に紅茶はいかがですか?と言われてお願いした。彼の淹れてくれる紅茶は美味しい。紅茶が入るまで、夕陽の見えるあの暖かいソファーで待っていよう。
落下について