血の繋がりのない家族。親友。自分に一番近しい生命。
欲しかったすべてがあなたの形をしていた気がして、ふたりを彩る呼び名を送った。なのに私はひとりで駆け出してしまった。
ああ、置き去りにされたいのち、どんどん離れたいのちへ。全力の軌跡があなたの反面教師になればいい。たしかに願っていた。
「いやまったく残念だけど、そうはいかないんだよね。……ほら、いちばんのともだちだから」
薄く引き延ばされて千切れそうな情を辿り、先へ先へと向かう私の手を取る人。飛び込んできた眩さを押し潰しそうなほど抱きしめて、ふたりで奈落の先へ光り落ちる。
こっそり作った秘密基地みたいに幻の蝋の匂いが満ちた。踏み荒らされた純情の残骸、廃墟と草木でできたぬるい生死の中で。どこまで輝けるか試してみようよと、あなたはいたずらっぽく笑った。
人が死んだ後の話、お葬式の印象あり、苦手な方は避けてください。
手折った花を君の髪に編み込んで、そうして美しい死骸に仕立て上げる。青い匂いがしなやかに固い体躯に纏わりついた。「やだ、虫が寄ってきちゃうだろ」と起きて笑ってくれるのならそれが良かったけれど、君は死んだので、私の思うがままに彩られてゆく。柩の中に供花が咲いた。
「もし過去を変えられるとしたら、自分自身はどう変化すると思いますか?」
「そりゃあ、怠惰になるさ」
今だって怠惰だろうと思わせる風貌で笑われた。サングラスが目元を隠して、ちっとも感情は露わにならない。
「後からなんとでもできるからですか?」
いやあ、違う違う、と先輩は寝そべったままごろりと体躯を転がす。俺はパラソルの下でもサングラスを外さない理由を聞きたくなった。けれども答えが続いたのでじっと背中を見るにとどめる。
「この世の誰かが不平不満で変えてくれるンだから、俺ァ怠惰になるってもんよ」
雲がやってくる。今からお前たちを覆ってしまうぞと無音で迫りくる。夏の山、すでに多くを青く沈めて、まだまだだと私を覆いに駆けてくる。
車窓からスマホで撮った、たかだか一枚の写真にその想いが乗り移るとは思えない。まだ高い日差しまで届かず、しかしいまから、いまにも、襲いくる。右の端から左の端まで厚い雲。奥は鈍色で浮いた先は陽光に白く透けた、何度も山脈を覆う旅人の雲。
すべてが終わる日にこそふさわしい。
鮮やかな山の色と空の色を通り過ぎて雲の恩恵が降るとき、私のすべてが終わる。雨が上がったとき私たちは別の場所に着いて、そこで新しく生活が生まれる。
最後に、もう終わりにしようと泣いた親の顔を思い出した。
はやく終わらせにきてほしい。はやく私を覆い尽くして恩恵で流し尽くして新生活を祝福してほしい。
どれだけ願っても夏の雲は豊かに静かに過ぎゆくばかりだった。
例えば自転車の鍵の行方。それは永遠に見つからないと思わしめる、巨大な謎のひとつである。
それが埋もれているはずの一室は汚部屋と呼ばれるほどではない。そして物がなくなるほどではない、と思っていたかった。友人たちだって、「おっ! 案外きれいな部屋、では、ないな……」と濁すだけで汚いとは言わなかった。哀れんで、もしくは気を使って言わなかった場合はあるだろうが。
「ともかく、ゴミは混ざってないし!」
誰に聞かれたでもない言い訳と気合を兼ねて声を出す。汚いものは混ざってないのだ。汚部屋ではないし、触るのを躊躇うものはない。
最後に使ったのは数年前のリングロック用の小さな鍵なんて、一体いつになれば見つかるのか。不安でも取り掛からねばあるものも出てこないだろう。それから自転車のほこりを払ったり、メンテナンスもしなければならない。たぶん錆びてはいない。
過去の自分がキーホルダーか何かを付けていることを願いながら、まずは導線を確保しに動く。一歩出して踏み壊した洗濯バサミを怒りのままにゴミ箱に捨てて、それから服をたたみ、ダンボールを潰し、ぬいぐるみを愛でてから飾り、漫画を読んで、本棚に隙間を作り出し、片付けて、また小説を読み……。
さて。しまわれっぱなしで輝く鈍色鍵の居場所は、己の名誉のために記さないでおこう。
あれだ、つまりは神のみぞ知るってやつである。