NISHIMOTO

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3/25/2023, 2:27:45 PM

やわらかい机。やわらかい椅子の足についたまるいボール。
「これなぁに」
「たぶん、こう、音が鳴らないようにするやつだよ」
セラちゃんが立ち上がって椅子をひきずった。悲鳴をあげるようなこともなく布がこすれる音がする。
「す、すごい!先生がやったの?かしこーい!」
「たぶん、たぶんね。たぶんだよ?」
「すごいねぇ!」
「たぶんだからね」
間違えるのが怖くて『たぶんねロボット』になっている。
わかったよ、もう。それよりも。
「あのさ、じゃあさ!ユリのツノにもこれしたらいいよね!」
自分のツノは珍しい形をしている。背中の真ん中の骨からびーんと伸びていて、寝返りもできないからハンモックで寝ているのだ。降りる時は先生に抱きかかえてもらわなきゃ降りられない。怖くて。
今だって背中が空いた服しか着られないから外で遊べなくて退屈。おまけに寒がりで冬は教室から出たくなかった。
「そしたら先っちょ尖ってても引っかけたりしないよ。やすりがけは、じいんとするから嫌いだし!」
「うん、いいね」
セラちゃんはロボットからツノノコに戻って笑う。それから、もそ、もそ、と自分の頭をかきわけてツノを見せてくれた。
「セラのこれもね、ユリちゃんのと違うけどね、ツンツンしてて嫌だから同じのしよ」
ずい、と押し出してきたのを押し戻す。
セラちゃんのツノは頭から生えてるけど面白い形なのだ。2組のオオガキくんは鬼のツノみたいに立派なので、いつもズルいって口を曲げている。
先生たちはツノを大事にしなさいって言うけど、ツノノコのツノは牛や羊のツノより早く成長するし、お手入れも必要で面倒なのだ。なければいいのに!ってみんな言う。
「職員室行こー!」
一緒によーいどんしたのに置いて行かれた。
普段はのんびりさんのくせに足はすごく速い。ユリからすればそれもなんだか可愛いしかっこよくてズルいと思うんだけど。
こういうの隣の芝生は青いって言うらしい。つまり、友達のツノは羨ましいってこと。
先に着いたセラちゃんが説明していたみたいで、遅れて部屋に入ると先生が真っ先に答えてくれた。
「先生はちょっと、反対だなぁ」
「えー!なんで!」
先生が言うには。成長の過程とやらがわかりにくいらしい。
ツノは先が一番新しいので、それを隠すのは反対って言っていた。
「それに、よく考えてみて」
難しい顔をして見せてから一度奥に戻って、腕に板を抱えて戻ってくる。姿見という大きい鏡だった。
セラちゃんの肩を押して姿見に写し、白衣の大きなポケットからボールを二つ取り出す。
先生のポケットってなんでもあるんだなぁ。
「ほら、どう思う?」
セラちゃんの頭に二つ、ボールをあてる。
すぐにセラちゃんが返事をした。
「だっさい!」
そんな!
「そんなことない!ないよ!野球のボールがダサいんじゃん!ちっちゃいボールで、たとえば、クマ!クマの耳みたいに塗ったら可愛いよ!」
先生の手からボールをむしり取った。こんなボール、ユリだって嫌だよ。
でも一緒に盛り上がった友人にもう熱はないみたいで、振り返って怒ったようにイーッ!と綺麗な歯並びを披露する。
「クマ好きじゃない!」
そんなぁ。

3/25/2023, 10:09:58 AM

傘を差し出すあなたを見た。
「よかったの?」
「え?……ああ、僕は近いし。遠出するやつが濡れたら大変だろ」
慈善、というよりは美徳を目指す人だ。「優しい人になりたい」だったか、いつか言っていた言葉を思い出す。
そう褒めたら笑ってくれるだろうか。
カニ歩きで一歩近づいて目だけで見上げる。
「優しいね」
すると、いっときこちらを見つめてそれから嬉しそうに鼻の下をこすった。
宿舎までは相当歩くのに相合傘とやらを申し出すには折り畳みは心許ない。ので、また一歩近づいて袖を引いた。
「よければ、一緒に踊りませんか」
「お、おどる?」
「そう、踊る」
そういう曲があったのを思い出して。先んじて歌うように告げて、袖から今度はするりと手を攫った。
「僕は踊るとか得意じゃないんだ。ボックスステップくらいで」
「いいじゃんそれで。行こう」
「いいのか」
「いいの、いいの」
向き合って反対の手も取る。
「濡れて踊ろう」
「それは、絶対に風邪を引く!やめよう!」
ふざけて背中側に倒れ込もうとしたのを支えてくれる、優しい人。握ったままの両手で支えるので拘束したまま抱きしめられてるみたいで。
通りすがりの生徒が口笛を吹いた気がする。
どう?私たち、お似合いかな?
「雨の中じゃないと曲からズレるもの」
「それは恋愛ソング?」
「うん、まあ」
すでに近い距離をさらに引き寄せられる。
「僕としては、僕らはじゅうぶん恋人だと思うんだが。完全に真似をしないと安心しないか?」
前髪がさらりと私に落ちて、額をくすぐる。
今回くらいは譲ってあげてもいいくらい、そういうところが好きだった。

3/23/2023, 1:53:39 PM

『出席します』着る服も覚悟もなく特別な人は思い出へと

前夜祭隣の君に「     」おめでとうすら震えるの情けない友

ドレスごと飾ってマネキンのふりをして祝えたらハレ、別れの日

知らない笑顔と言葉のムービーに自分だけの存在はない

20年近く前から知っている『幼馴染』が馴染みすぎたの

それで良いと決めた自分を裏切って欲張ればよかった最後まで

切り分けたケーキと昔の砂のしろどちらが良いか分かり切ってる

友情は終わらないけど恋情の捨てどきは今、苦しいから今

花の降る道を歩いて幸せになってください、とくべつなひと

3/22/2023, 2:18:53 PM

ひとつ、晒された首元から束をさらった。
艶々とした髪だ。広葉樹をくぐり抜けた強い陽に照らされているから、反射してキラキラしている。
これが深夜になると夜空に溶けて散らばるのがたまらない。
自分、夜行性なので。夜に紛れるのが、好きなので。
「センパイ、三つ編みほどけてる」
返事はない。木漏れ日が器用に目元を避けて安眠を与えていた。すやすや、ふわふわ、眠りこけているこの人が、情けない顔をしたのを思い出す。
呪われた薬品を被ったとか、曰く付きの骨董品を触っただとか。曖昧な噂を人伝に聞いて、「そんなバカみたいなことある?ま、あんたなら大丈夫でしょ」ってからかいに来たはずだった。
いっとき喋れないだけでなんて顔してるんすか、と笑い飛ばせたらよかったのに。
額に落ちた一本をどけてやる。するとセンパイは微かに眉根を寄せた。
「聞こえてるんすか?」
瞼は上がらない。
あのとき、この人が「何も言わない方がお似合いだろうよ」と、書き記して見せなければよかったのに。
手のひらからこぼれるまま、三つ編みを辿った。根元のほうはまだ形を保っていたけど、毛先は混ざって境目もない。パラパラと戻る先を知らない毛髪は直さないと不格好だ。
直してやってもいい。けど、それならば頼まれたい。
センパイがやれと言うから三つ編みが得意になったんだ。
意味も生き方も知らなかったけど、センパイの言葉でここまでついてきたんだ。
ただ寄り集まっても烏合の衆。独りになればみんな同じだと言ったのはあんたでしょ。
「早く起きてくださいよ」
あんたでもバカみたいなこと考えるんすねェ、って精一杯笑ってやる。
それから今夜は夜食を食べに出よう。美味しいもので腹を満たし、苦しいすべてが闇に溶けて、消えて、ただの一人になって。
あんたを縛るなにもかもがなくなってしまえ。
「いま起きねェと、昼飯なくなりますよ!」
いよいよ、手を出して体を揺すった。すると先ほどよりも眉間に皺が寄り、まつ毛が震える。唸るような声はなくとも、その口が小さく煩いと呟いた気がして、意気込んだ。
さあ、目を開けて。がんじがらめの夢想より、俺とくらい現実と理想を見てよ、センパイ。

3/21/2023, 3:05:13 PM

「来ないね」
「来ないね」
二人で顔を見合わせて、また前を見た。
「来てないねぇ、船」
波音ばかりが私たちを取り巻いて、潮風は虚しく顔をくすぐる。入江から海原を見渡す限り待ち望んだ姿はない。
揃ってため息を吐いたところで、隣の彼女は湿っぽい空気を振り切るようにうんと伸びをした。
「あのさ!もう仕方ないから!宿探そう!」
「……そうは言っても、だよ」
遠かった手を引いて体を寄せる。ぐっと近寄らなければ、その瞳の真意がわからなかった。
「真っ暗じゃん。ここ、無人島じゃん」
そう。真夜中、街灯もなく、廃れて久しい港町。星々だけが柔らかく微かに網膜を突いている。
この旅路を阻んだのは、なんとかして島を離れたい私たちの前に、予約した船が来ないという事態であった。
うげっ!と声に出してまで目を逸らした相棒に、ますます焦りが募って言い迫る。
「それに宿屋って、あるわけないよ。ここに来るにも人影なかったし」
「マァ、そうでしたね」
「携帯食料はあるけど、気候も安定してるけど、家屋なんかひとっつも見なかった」
「潰れた瓦礫だけだったねェ」
もう一度、しっかり顔を見合わせた。私たちは今からここで一晩か二晩は過ごさなければならない。
「雨風しのげる家、いや、贅沢は言わない、『基地』!」
彼女がその言葉に目を輝かせる。何度も見た輝きだった。
色もわかりにくい闇の中、向けられた笑顔は真上の星よりもクラクラと酔ってしまうほど。
「うん、『基地』、作ろう!」
厳しい状況ではあるが、まァ、なんとかなるだろう。なんといっても私たちは出会ってこの方二人ぼっちなのだから。
「星を見ようよ。星座の話をしよう。船旅を祝福する、船乗りを導く星座の話」
私の腕を引いて彼女は笑う。
昨日もした話である。私と君と、二人ぼっちを導く星座の形は何か。
崩れた屋根の下、歪な三角の中で秘密基地に寝そべって。星を見る彼女の横顔ばかり見つめて。そんな私が目に浮かぶ。
『私』を導く星は君なのだと口にしようか迷って、やめた。
「そうだね。星座の話をしよう!」
しるべに従うだけじゃない。月も知らない真っ暗な浮世で、ただ一つ君に寄り添う星でいたい。
そして散るのならば、君も道連れにするくらいのすぐそばに。二度と一人ぼっちにならないように。

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