NISHIMOTO

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ひとつ、晒された首元から束をさらった。
艶々とした髪だ。広葉樹をくぐり抜けた強い陽に照らされているから、反射してキラキラしている。
これが深夜になると夜空に溶けて散らばるのがたまらない。
自分、夜行性なので。夜に紛れるのが、好きなので。
「センパイ、三つ編みほどけてる」
返事はない。木漏れ日が器用に目元を避けて安眠を与えていた。すやすや、ふわふわ、眠りこけているこの人が、情けない顔をしたのを思い出す。
呪われた薬品を被ったとか、曰く付きの骨董品を触っただとか。曖昧な噂を人伝に聞いて、「そんなバカみたいなことある?ま、あんたなら大丈夫でしょ」ってからかいに来たはずだった。
いっとき喋れないだけでなんて顔してるんすか、と笑い飛ばせたらよかったのに。
額に落ちた一本をどけてやる。するとセンパイは微かに眉根を寄せた。
「聞こえてるんすか?」
瞼は上がらない。
あのとき、この人が「何も言わない方がお似合いだろうよ」と、書き記して見せなければよかったのに。
手のひらからこぼれるまま、三つ編みを辿った。根元のほうはまだ形を保っていたけど、毛先は混ざって境目もない。パラパラと戻る先を知らない毛髪は直さないと不格好だ。
直してやってもいい。けど、それならば頼まれたい。
センパイがやれと言うから三つ編みが得意になったんだ。
意味も生き方も知らなかったけど、センパイの言葉でここまでついてきたんだ。
ただ寄り集まっても烏合の衆。独りになればみんな同じだと言ったのはあんたでしょ。
「早く起きてくださいよ」
あんたでもバカみたいなこと考えるんすねェ、って精一杯笑ってやる。
それから今夜は夜食を食べに出よう。美味しいもので腹を満たし、苦しいすべてが闇に溶けて、消えて、ただの一人になって。
あんたを縛るなにもかもがなくなってしまえ。
「いま起きねェと、昼飯なくなりますよ!」
いよいよ、手を出して体を揺すった。すると先ほどよりも眉間に皺が寄り、まつ毛が震える。唸るような声はなくとも、その口が小さく煩いと呟いた気がして、意気込んだ。
さあ、目を開けて。がんじがらめの夢想より、俺とくらい現実と理想を見てよ、センパイ。

3/22/2023, 2:18:53 PM